血
プログラムが進んでいく。吹奏楽部の演奏や放送部の朗読。書道部のパフォーマンス。生徒会の劇。バンドの演奏。
刻一刻と私たちの番が迫ってくる。
「そろそろ準備しにいこうか」
「そうだね」
バンドの演奏にみんなが盛り上がっている中、私たちは舞台裏に向かった。
胸がどきどきする。これまで私たちは舞台をみているだけだったけど、今度は私たちが舞台に立つのだ。こんな経験これまでほとんどなくて、緊張してしまう。しかも、そこで告白をするのだ。
普通なら二人っきりでするようなことを、大勢の前で。
しかももしもみんなが祝福してくれなかったら、私たちは離れ離れになってしまう。
さっきまでの楽観はどこへやら、体がガクガクと震える。不安にうつむいていると、千波がぎゅっと手を繋いでくれた。
「大丈夫だよ」
「……うん」
しばらくすると私と千波の番がやって来た。名前を呼ぶ放送委員の声は驚いた様子だった。
「なんとどうやらこの二人は両思いのようです。お互いがお互いの名前を書いています!」
私たちの名前が呼ばれた瞬間に、会場がざわめく。
「どういうことだよ?」
「なんで女同士で?」
「もしかしてあの写真、本当だったのか?」
私たちはマイクを手にする。
会場の排他的な空気を感じながら、舞台への階段を上っていく。
私の姿が現れると会場はブーイングに包まれた。それもそうだ。私は人気者の麗の死を喜ぶ発言をした。その真意はまだ伝わっていないのだ。
でもみんながみんなそうだというわけではなかった。クラスメイト達が声を張り上げて、応援してくれている。
「頑張れ!」
「頑張って! 紗香さん! 千波さん!」
私は舞台上から、会場を見渡す。沢山の人たちが、親も含めて私をみつめていた。果たして、お父さんとお母さんは何を思っているのだろう。私たちの関係は話していないから不安だった。
ブーイングは鳴りやまない。
気圧されて黙り込んでいると、声が聞こえてきた。
「紗香! 頑張るのよ!」
「頑張れ!」
お父さんとお母さんの声だった。
私は微笑んで千波に向き直る。千波はがちがちに緊張してしまっているようだった。足が物凄く震えている。私は近づいて、手を繋いだ。そして語り掛けるように、マイクへと告げる。
「私は、不良だった。本当にどうしようもないくらいの不良だったよ。人を妬んで、憎んで、麗が、大切な人がいなくなるまで、自分のやって来たことのどうしようもなさに気付けなくて。でも気付いてからも、私は変われなかった。
私には妹がいる。妹は自分が悪いのだと自分を責めていた。でもただの不良な私には憎しみの矛先を私に向けさせるくらいのことしかできなかった。「死んで清々した」なんて思ってもないことを告げて」
会場は騒めいていた。
「おいおいどういうことなんだ?」
「あいつの話は本当なのか?」
「全部妹のためだったの?」
私は続ける。
「私はそれでいいと思ってたんだ。私は麗じゃないから、麗みたいにすごい人じゃないから。でもそんなある日、千波に出会った。千波は私が虐められている所を助けてくれた。その時の私はどこからどうみてもただの悪人だったのに、千波だけは私を信じてくれていた。
最初はただそれだけのことだった。私が千波を好きになった理由は、たったそれだけ。でも一緒に過ごしていくうちに、どんどん好きになっていった。しっかり者を装っているくせに、実は甘えん坊なところとか……」
「ちょっと」
千波が私を小突くと会場に笑いが広がった。
「悪い奴じゃないのかもな。あいつ」
「というか羨ましいな。あんなにイチャイチャして。私たちも付き合う?」
そんな軽い声が飛んで聞こえてきた。
私も微笑んで続きを話す。
「とにかく、私は千波じゃないとだめな体になってしまったんです。だから千波。私と付き合ってくれませんか?」
ひゅーひゅーとお調子者たちが騒ぎ立てる。会場が沸き返った。最初は完全に私を敵にみていたけれど、みんな私を受け入れ始めてくれている。緊張が解けてきたのか、千波も微笑んでいた。
「分かったわ。私から告白できなかったのは残念だけど、付き合ってあげましょう」
千波が私の頬にキスをした。その瞬間みんな口々に私たちの幸せを祈ってくれる。「お幸せに!」とか「羨ましいぞこんちくしょう!」とかとにかくたくさんの声が私たちを祝福してくれた。
私たちは手を繋いで、微笑み合いながら舞台を降りていった。
〇 〇 〇 〇
「これできっとお父さんも認めてくれるはずだよね」
「そうね。あの人は嘘はつかないもの」
席に戻る途中、みんながニヤニヤしながら私たちに声をかけてくれる。
「勇気あるんだなぁ。見直したぞ」
「最高のカップルですね。応援してます」
席に帰ると楓が飛びついてきた。まるでいつも麗にしていたみたいに。
私は頭を撫でてあげる。本当に幸せだなと思った。
文化祭が終わってホールに出ると、そこには千波のお父さんがいた。
「約束は約束だ。転校はなかったことにしてやる」
「やった。千波」
「やったよ! 紗香」
私たちは手を取って喜びあった。
「でも約束してくれよ。絶対に幸せになると」
「「はい!」」
千波のお父さんは私たちを微笑みながらみつめている。
だけどその後ろから、歩いてくる姿が見えた。
千波のお母さんだった。今は春なのに分厚い服を着ていて、ポケットの中に手を突っ込んでいる。表情は魂が抜け落ちてしまったかのようで、それでも私たちの所へ、それも千波の所へと歩いてくる。
「あんたなんか、産まなきゃよかった。全部、全部、あんたのせいよ!」
その怒声を聞いた千波のお父さんは怒りに表情を歪めていた。
「自分の娘だぞ? 産まなきゃよかっただと!? いい加減にしろよ。お前」
だけどすぐに表情を歪めて、地面に倒れる。
「え……」
血の海が赤いカーペットの上に広がっていく。生徒達は叫び声をあげて逃げ出していた。そんな中、狂ったような笑みを浮かべて、千波の母は千波をみつめた。
「あなたも殺してあげるわ」
手には血まみれの包丁が握られていた。
あの日のように突っ込んでくる。でもあの日と違う点が二点だけあった。あまりにも距離が近いのだ。だから、逃げきれない。そしてなによりも、千波の母が狙っているのは千波だったということ。
私は気付けば、千波を突き飛ばして、お腹で包丁を受け止めていた。
感じたことのない激痛が走って、失神しそうになる。それでも今私が倒れたら、次に傷付けられるのは千波だ。私は突き刺さった包丁の柄を両手で掴んだ。千波の母はそれを引き抜こうとする。そのたび、刺された場所がひどい熱を持った。
意識が朦朧としてくる。
千波はしりもちをついたまま、恐怖のあまり動けないようだった。
安心させたくて、私は無理やりに微笑んだ。
「大丈夫、だよ」
だけど私はその瞬間、口から血を吐いてしまう。虚勢も張れなくなったその時、私のお父さんが鬼のような表情で走ってきて、千波の母を取り押さえた。私はお腹に突き刺さった包丁をみつめて、仰向けに倒れる。そして、意識を失った。
〇 〇 〇 〇
たくさんの人の泣き声が聞こえた。ぼんやりとした視界のなか、天井がスローモーションで流れていく。楓にお父さん、お母さん。宮城。そして千波。みんなが視界の端から私を見降ろしていた。
なんとなく、私は死ぬのだろうなと思った。もう、目を開ける気力も残っていない。世界が暗闇に包まれていく。薄れゆく意識のなか、私は思った。
ごめんね。みんな。でも私、少しは麗みたいになれたかな。
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