前進

 放課後、廊下では宮城とその不良仲間が私のことを待っていた。教室を出ようとすると、委員長に引き止められる。


「なに?」


「まさか、遊びに行くつもり? 周りからどんな風にみられるのか分からないわけではないでしょう?」


「分かってるよ。でも委員長の案は現実的じゃない」


 それだけ告げて、私は宮城たちの元に向かおうとする。でもまた腕を掴まれた。


「ちょっと、邪魔しないで」


「おいおい。紗香。その委員長サンとどういう関係なんだよ。俺たちよりもそいつを優先するつもりなのか?」


「いや、今すぐに行くから」


 私は少し焦っていた。もしも今、宮城たちから見放されたら私は一人になってしまう。それだけは避けたかった。なのに委員長は私の手をどうしても離してくれない。


「本当にそれでいいの? 憎まれたままでいいの? 楓さんと仲直りしたいって思わないの?」


 仲直りしたいに決まってる。でももう手遅れだ。 私は完全に楓に嫌われてしまっている。葬式場では殴られた。死ねばいいのにって言われた。


「委員長はできるって思うの? 私みたいな不良が、本当に麗みたいになれるって本気で思ってるわけ?」


 委員長は極めて真剣な顔で告げた。


「思ってるわ。私、昔のあなたを知っているもの。何事にもひたむきで、必死で頑張っていた頃のあなたを」


 その力強い言葉を聞いて、私は昔のことを思い出していた。


 まだ小学生だったころ。私は麗のことが好きだった。麗みたいになりたいと純粋に憧れていた。麗のやることはなんでも真似をしてみた。何でもかんでもがむしゃらに頑張っていた時期が、私にもあった。


「だから私は信じてる。またあの頃に戻れるって」


「おいおい。委員長サンよ。あの頃に戻れる戻れるって、今の俺たちがどうしようもないクズみたいな言い方するのはやめてくれよ。俺たちだって頑張って生きてるんだぜ?」


 宮城を筆頭とした不良たちはけらけらと笑っていた。


「そういう意味じゃなくて……」


 真面目な委員長は不良たちのからかいを真正面から真に受けていた。本当に、この人は麗に似ている。麗だってそうだった。私の言葉を真正面から受け止めて、馬鹿真面目に対応していた。


「もしも私が、昔のように戻るって決意したら、委員長は責任取ってくれるの?」


「……そんなもの、取れるわけないでしょ。あなたのことだもの」


 誠実だが気弱な委員長の態度をみて、不良たちはにやけていた。だけど委員長はすぐにいつものしっかり者らしい硬い表情を浮かべる。


「でも、協力はするわ。私が言い出したことだもの。もしもあなたがもう一度頑張るのなら、できる限りは助ける」


「できる限り? そんな曖昧な言葉、信じていいわけないよなぁ。みんな」


 不良たちは「流石委員長、まるで政治家みたいだな」とけたけたと笑っていた。


 でも私は委員長の手を握った。


「紗香さん?」


 そして無言で教室の外まで歩いていく。


「お、おい。紗香。どうしたんだよ。俺を見捨てるつもりか?」


「見捨てるんじゃないよ。私はただ前に進むだけ」


 本当は麗と仲良くしたかった。でも麗はもういない。そのせいで、楓はたった一人、孤独になってしまった。部屋に引きこもって、ただ私を憎むだけの毎日。そんな状況が、私には本当の救いだとは思えない。


 だけど私にはそんな楓をどうにかする力もない。だからこれでいいのだと、ずっとそう思っていた。でもそんなとき、委員長だけは私を信じてくれた。誰からも嫌われる私に手を差し伸べてくれた。その手は、私がずっと掴めなかった麗の手に似ていた。


「なんでだよ。紗香。お前は俺の友達じゃなかったのか? なんで一人だけ先に進もうとするんだよ。なんで……」


「だったら宮城も一緒に来る?」

 

 私は宮城に手を差し出した。でも宮城はその手を、握ってくれなかった。


「……お前も俺を裏切るんだな」


 冷たい表情でそれだけ告げて、宮城は私たちの前から姿を消した。 

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