不良扱いされている私が妹を救うために悪役になったあと、理解者(女)が現れて救われるまでの百合

壊滅的な扇子

喪失

「んだよ。あの林の野郎。ちょっとスカート短くしただけなのにがみがみ言ってきやがって。成績がどうだとか素行がどうだとか、関係ねぇことまで長々と話しやがる。おかげでクラスの真面目ちゃんどもからは恨まれるし、いい加減にしてほしいわ。なぁ、紗香もそう思うだろ?」


 春になったばかりのほどよい空気の中、そんな風に長々と愚痴をこぼす女は同級生の宮城。


「そうだね」


 私は適当にスマホを触りながら相づちを打つ。校舎裏の人気のないベンチで適当に時間を潰す。それが私の昼休みのルーティンワークだった。


 だが今日はどうにも勝手が違うらしい。足音が近づいてくる。面倒だなと思いながら、顔を上げると、そこには忌々しい女がいた。我が家の誇る秀才、麗だ。宮城は麗を認めた瞬間、ガンを飛ばして告げた。


「品行方正成績優秀の野郎が何の用だよ」


 女も男も野郎でひとくくりにするのは悪い癖だと思う。でもそれ以外に言葉を知らないのだろう。私も知らない。麗は宮城の言葉を無視して私に告げた。


「紗香! あなた今日、日直でしょ? 何さぼってるの。元町さん、一人で大変そうにしてたよ? 山ほどある課題、一人で準備室まで運んで……」


 マシンガンのように言葉をはきだす。こうなった麗はもう止まらない。


「はいはい。分かってますよ。戻ればいいんでしょう。戻れば」


 私は乱暴にスマホをしまって、よろりとベンチから立ち上がった。すると宮城は相変わらず鋭く麗を睨みつけながら告げた。


「なんで学年の違う優等生の先輩サマが俺たちの事情に首突っ込んでくるんだよ!」


 宮城の一人称は「俺」だ。不良漫画かなにかに憧れているのだろうか。あるいは女性が普通は使わない一人称を使うことで、自分は他とは違うんだと思い込みたいのか。だとするなら、あまりにも浅はかだ。


 私はわきまえている。自分が特別だなんて思ったことは一度もない。なぜなら、三姉妹の長女である麗が誰よりも特別な存在だからだ。顔はいいし、頭はいいし、人柄はいいし、運動神経もいいし、気配りだってできる。同級生だけでなく、家族や身内からも愛される。そんな存在なのだ。


 私はそんな秀才の長女の影で育っただけはあって、陰気で、じめじめとした性格に育った。劣等感の塊。すぐに人を妬む。その癖に自分を変えようとはしない。


 麗は差し込む光を背景に私たちを見下す。その正義面が気にくわなくて、そばを通り過ぎる瞬間、つぶやいた。


「あんたなんか、死ねばいいのに」


「……っ」


 麗は表情を歪めていた。心優しい麗はきっと私のことをまだ家族だと思ってくれているのだろう。だから麗は傷つく。本当に馬鹿だ。中学に入ってから急激にぐれつつあった私を必死で更生させようとしたし、完全にぐれてからもごらんのとおり全く見捨てない。


 その優しい性格もあって、末っ子の楓にも酷くなつかれている。楓は私が視界に入ったら無反応どころか怯えたような表情を浮かべるのに、麗だとすぐに飛びついていくのだ。今は中学生なのに、小学生の頃と同じ反応。……まぁ、小学生の頃なら、私にも飛びついてきてたけど。


「本当は嫌なんでしょ? 自分のことが嫌いだから……」


 死を望まれてもなお、麗は私に向ける視線を変えなかった。憐れむような、忌々しい視線を。私がこれまで散々浴び続けた視線を。


「嫌いだって思ってるのはあんたでしょ? じゃなきゃ、そんな言葉出てこないよね。うざったい妹なんて見捨てて、可愛い可愛い楓とだけ触れあってればいいでしょ。あんたのその薄っぺらい正義感にはうんざりなんだよね」


 私はそれだけ告げて、立ち去った。


〇 〇 〇 〇


 私と麗は一歳差だ。年齢が近いからこそ、これまで何度も何度も比べられてきた。


「麗ちゃんは優秀なのに、どうして紗香はこんなこともできないのかしら」


 耳が痛くなるほど、繰り返されたその言葉。私は劣っていて、麗は優れている。そんなの分かってる。でも私だってこれでも努力をしてるんだ。だから言わないでくれ。


 どれだけ願ったことだろう。私だって、最初は麗と仲良くしたいって思っていた。でも同級生が、先生が、親が、親戚が、それを許してくれなかった。私と麗は徹底的に比べられた。テストの点数を、学年の順位を、告白された回数を。何でもかんでも比較されて、いつだって麗は尊敬の的で、私は嘲笑の的だった。


 そうなるのが嫌で、私は頑張った。血反吐を吐くほど頑張った。でも麗は私の努力をすまし顔で乗り越えて、周囲の称賛をかっさらってゆく。その笑顔はまるで、生まれ持った呪いのように私の網膜に刻まれていった。


 そして気付けば私は麗のことを嫌いになっていた。


〇 〇 〇 〇


 私が教室に入ると、非難するような視線が一気に集まってくる。頑張っても嘲笑の的、何もしなければ非難の的。だったらどっちを選ぶかなんて決まっている。


 机の上にはまだ山ほどの課題が積みあがっていた。曲がりなりにもここは進学校だ。週末の課題の量は尋常じゃない。それでも、みんな大真面目に自分の力で解いているのだろう。私は適当に答え写してるけど。


 そのせいか、私の成績は常に学年最下位付近を彷徨っている。そうでない教科は現代文くらいだろうか。授業だって真面目に聞いてない。どうせ頑張ってある程度の成績を取ったところで、麗と比べられるだけだから。


「紗香さん! あなたどこ行ってたの! 元町さん一人に押し付けて」


 委員長が睨みつけながら責めてくる。


「あなたに少しでも善意があるのなら、今すぐにでも運ぶのを手伝いなさい!」


「はいはい」


 私が気の抜けたような返事を返すと、委員長はこれ以上なく顔をしかめた。だけど取り合っても無駄だと気付いたのだろう。席について、単語帳を開いていた。


 私はうず高いノートの山の一つを抱えて教室を出ていく。廊下で不良たちとすれ違うと「お? 真面目ちゃんのふりか?」と怪訝な目線を向けられるから「そんなわけない。委員長にこき使われてるんだよ」と返す。


 すると不良たちは同じコミュニティのメンバーとして認めてくれたのだろう。「あいつか。マジでうざいよな」とそれぞれに悪口の応酬を繰り返し、すぐさま悪意でもって結束した。私はこの空気が嫌いだ。でもどこにも属さないのは怖い。だから「そうだね」と相づちをうっておく。


 孤独は一番怖い。


 ため息をつきながらノートの山を運んでいると、準備室から出てくる町田と目が合った。


 町田はみてはいけないものを見てしまったみたいに、すぐさま視線を逸らす。こいつは学年一位を取るほどの秀才だ。私みたいな底辺を這いつくばってる不良とは、目も合わせたくないということなのだろう。


 別に、どうでもいいけどさ。


〇 〇 〇 〇


 私は部活には入っていない。だから授業が終わるとすぐに宮城を含む不良仲間たちと帰路につく。だけど校門までやって来たところで、その脇に忌々しい姿があることに気付く。


「ちょっと待ちなさい。紗香」


 不良たちもうろたえるような美しい顔と美しい声。そして美しい心。私たちが汚い油なら麗は間違いなく綺麗な水だ。


「紗香。いこうぜ」


 不良たちは顔をしかめて、私の手を引っ張る。私もその言葉に従い、校門を去ろうとした。でもその時、麗は私を無理やり引き止めた。


「いいえ、今日は私と一緒に帰ってもらうわ」


 不良たちが私をじろりとみつめる。まるで私が「不良」に相応しいかどうか値踏みするような視線だった。私は麗の手を振り払って、不良たちの先頭に立つ。


「みんな、今日は何して遊ぶ?」


「ゲーセンでもいかね?」


「ちょっと! 紗香!」


 それでもなお麗は私を諦めてくれないらしい。一体何がそこまでさせるのだろう? 不良たちに見放されないことに必死な私は、はらわたが煮えくり返るような気分になっていた。


「いい加減にしろよ!」

 

 私は麗の胸元につかみかかった。


 すると不良仲間たちは大盛り上がりしている。


「いいぞいいぞ!」


「やっちまえ!」


「前々からうざいと思ってたんだよな」


 だけど結局私は麗よりもあらゆる面で劣る。麗は胸元を掴む手を一瞥したかと思うと、私に平手打ちをかましてきた。ぴしんと鋭い音がなって、ひりひりとした痛みを感じる。不良たちは静まり返った。


「いい加減にしなさい! あなた達、ごめんなさいね。今日は紗香を借りさせてもらいますね」


 有無を言わさぬその口調に圧倒されたのか、不良たちは背を向けて歩いていった。屈辱的だったし、私は本当に麗をぶん殴ってやろうかと思った。でも、拳に力を込めた瞬間に気付いてしまうのだ。私にはそんな度胸すらもないのだと。


「さぁ、一緒に帰るわよ」


 私はうつむいたまま、麗に引っ張られるようにして帰路につかされた。


「紗香。お昼、私になんて言ったか覚えてるでしょ。人の死なんて望んでも何にもいいことないのよ? もしも私が本当に死んだらどうするの?」


「……知るかよ」


「こら。紗香。私はあなたのためを思って言ってるのよ?私はあなたのこと、大切だと思ってる。心から大切な妹だと思っているのよ?」


 麗の表情は真剣そのものだった。


「あなたには自由に過ごしてほしい。自分が嫌だってこと、無理にしてほしくないの。私のことが嫌いなら嫌いでいい。でも自分のことまで嫌いにならないで」


 あぁ。そうだ。麗はこういう奴だった。いつだって誰かのためなのだ。純粋な善意ほど厄介なものはない。それが迷惑になっているなんて少しも思いもしないのだから。


 昔はそんな麗を尊敬していた。小学生のころ、麗はよくいじめられっ子を助けていた。勇気のない私はただ見ているだけだったから、ただ純粋にすごいなと思っていたのを覚えている。きっと麗なら車に轢かれそうな人ですら、迷いなく助けに行くのだろう。


「嫌いになるなって、このどうしようもない自分を、どうやって嫌いになるなって?」


「あなたはどうしようもなくないわ」


 麗は立ち止まり、私を抱きしめた。振り払おうとするけど、麗が悲しそうな顔をしているのをみて、動けなくなってしまう。なんで、そんな顔するんだよ。私はあんたのせいで、散々苦しんできたっていうのに、なんで。


「紗香は私の大切な妹よ」


 私だって、誰も妬みたくなんてなかった。誰も嫌いになりたくなんてなかった。ずっとずっと、麗の隣を歩いていたいと思っていた。でも、もう遅いんだよ。


「……私は、あんたのこと、姉だなんて思ってないから」


「……っ」


 また傷ついた表情。本当に、この人は。


「楓、迎えにいくんでしょ。きっと寂しがってるよ」


 私は麗の胸の中でそう告げる。すると麗は私を抱きしめるのをやめて、手を繋ごうとした。でも私はその手を振り払う。麗は悲しそうな顔をした。


 それから私たちは無言で、楓の通う中学校へと向かっていた。高校から家への帰り道の途中にあるから、部活や委員会のない日は毎日迎えにいっているらしい。部活といえば、麗は大会でもいい成績を残しているらしく、部員からももてはやされ、まさに主人公という感じの毎日を過ごしているみたいだ。


 すれ違う中学生に麗は何度も挨拶をされていた。一方私には誰も声をかけてこない。


 校門にたどり着くと、すぐに楓がやってきた。楓は麗の姿を見ると笑顔で駆け寄って来た。でも私と目が合った途端にネコに睨まれた鼠みたい顔になる。でも麗が微笑むとすぐにニコニコした。そうして私たちは帰路につく。


「麗お姉ちゃん。私、テストで十五位だったんだよ!」


 楓は前もみずにはしゃいでいた。交差点が近づいてくる。


「それでね、それでね、先生にも褒められたんだよ!」


 楓は前もみずに、先頭を歩いていく。そのとき、トラックが走ってくる音がした。私はスマホをいじっていた。ちらりと見ると、歩行者用信号は赤になっていた。


 あれ。もしかして、まずいんじゃないの?


 そう思ったとき、麗は叫んだ。楓は血の気の引いた表情で、麗の方を振り返っていた。気付いた瞬間には、吹き飛んでいた。血しぶきが私に吹きかかった。なにが起こったのか理解できなかった。


 トラックが通りすぎたあとには、もう、何も残ってなかった。


 ただ、血と肉片まみれの楓が見たこともない表情で、しりもちをついているだけだった。

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