挫折
学校に着くと、校門の先生に私は挨拶をした。
先生は意外そうにしていたけど、笑顔で「おはよう」と返してくれた。そんな私の様子をみていた生徒たちは「気味が悪い」と口々に言い合っていた。
教室に入ると相変わらず、みんな敵意丸出しの視線で私をみつめてくる。私は「おはよう」とあいさつをした。すると千波が挨拶を返してくれる。それ以外はみんな、怪訝な顔つきで私をみつめていた。
窓際の自分の席に座ると、千波がやって来た。
「頑張ってるのね。紗香さん」
「呼び捨てでいいよ。千波がどう思ってるか分からないけど、私は友達だと思ってるから」
「私も思ってるわ。あなたのことを友達だと」
千波は笑顔でそう告げる。その発言を聞いたらしい周囲の生徒達は、敵意を孕んだ目線を千波にも向けていたような気がした。でも、多分気のせいだろう。私と関わったからって、千波という人間が変わったわけじゃない。
そんなことも分からないほど、みんな馬鹿じゃない。
だけどその考えは間違っていたらしい。
昼休み、教室で千波と昼食を取っていると、同じクラスの生徒達が私たちを囲んだ。
「委員長さん。なんでこんなひどい人と関わってるんですか? もしも勘違いされたくないなら関わらないほうがいいと思います」
「勘違い? なんのことかしら?」
千波は委員長らしい真面目な態度で問いかけていた。
「あなたが不良の肩を持ってるんじゃないかってことですよ。こんな、家族の死を喜ぶような人ですよ? 委員長には相応しくありませんよ」
「そうですよ。クラスの皆のことを気遣ってくれる委員長が、こんな奴と関わるのは納得いきません」
私は立ち上がった。元はと言えば、私はただ千波の善意に甘えていただけなのだ。なのに迷惑までかけるとなれば、千波には頼れない。でも立ち去ろうとすると、千波に腕を掴まれる。
「紗香さんは酷い人ではないし、今はもう不良でもないです。あなた方はただ表面だけを見て誤解しているだけなのよ。それに私がどんな相手と付き合っても、私は私よ」
委員長がそう告げると、私たちを囲んだクラスメイト達は気の毒そうな顔をした。
「やっぱり懐柔されてしまった、というのは真実だったようですね」
「懐柔?」
「学年一位の町田さんが言ってました。あなたはこいつに騙されているのだと。なんでも麗さんみたいになろうとしているんだとか。でもこんな奴がそんなに高い志を持てるわけないじゃないですか。ましてや「死んで清々した」なんて言った相手を目指すなんてありえません」
「だからその言葉は……」
千波は私を守ってくれるつもりらしい。
でもこのままだと千波まで不遇な扱いを受けかねない。私は告げた。
「千波さんって馬鹿だね。なんでそこまで私のこと信じられるの? 全部嘘だよ。馬鹿馬鹿しい。なにが麗みたいになりたいだよ。私なんかがなれるわけないだろ。仲間に引き入れたら便利そうだからそうしただけ」
「……ちょっと、何言ってるのよ。紗香! さっき、友達だって思ってるって……」
「嘘だよ。全部嘘。私は悪人だからさ、平気で人を傷つけるような嘘も付けるんだよ」
「ようやく本性を現したね。これですよ。これがこいつの本性なんですよ。委員長! 正気に戻ってください!」
大根役者だから、きっと千波は気づいている。でもこうでもしないと私はまた誰かを傷付けてしまう。そんなの、嫌なんだ。麗も楓もお父さんもお母さんも千波も、私はもう、誰も傷つけたくなんてない。
私は今度こそ、立ち去ろうとする。
すると教室を出る直前で、千波は叫んだ。
「紗香の馬鹿! 大馬鹿野郎!」
女相手でも野郎という言葉を使うのを聞いて、私は宮城を思い出した。でも宮城はもう友達ではない。これからは孤独な戦いになる。でも一人でもやらないといけない。私があの日、もしも麗の代わりに飛び出せていたのなら、こんな事にはならなかったのだから。
私があらゆる責任を負うべきなのだ。
〇 〇 〇 〇
私は食事をとれる場所を探して、廊下を歩く。でも学校の中はどこも人がいて、まともな場所では食べられそうにはなかった。だから私は仕方なく、例の場所に向かう。校舎裏のベンチ。いつも宮城と食事をとるときは、ここにいた。
でも宮城はもういないだろう。私みたいな裏切り者のことなんて、思い出したくないだろうし。
でもそこには、宮城がいた。目が合った瞬間、私は立ち去ろうとする。でも宮城に呼び止められる。
「どうしたんだよ。紗香。ここに座って食べろよ」
宮城はいつもと変わらない調子にみえる。
まさか私は都合のいい幻覚でもみているのだろうか?
「お前は裏切り者だけど、別に一緒にご飯を食べられないわけじゃないだろ」
どうやら幻覚ではないみたいだった。私は宮城の隣に座った。
「でも、また一人で行動してるってことは、お前も裏切られたのか?」
「違う。私と一緒にいると千波にも飛び火しそうだったから……」
すると宮城は、はぁ、と大きなため息をついた。
「なんでお前は自分を犠牲にしよう、犠牲にしようとするんだよ。「死んで清々した」ってのも本当は妹のためだったんだろ? 自分を犠牲にする。そんなこと、あんたの姉さんは望んでねえと思うけどなぁ」
私は麗のことを思い出す。麗はいつだって私が正しい道に戻ることを望んでいた。私が将来苦しまないようにと嫌われることもいとわず、必死で必死で私に手を差し出してくれた。でも私はその手をたったの一度も、掴まなかった。
「確かに麗が、自己犠牲の塊みたいな麗が、私の犠牲を望むなんて到底思えない。でも、それでも、私にできることなんてそれくらいだから」
「そうか。やっぱり俺、あんたの姉、嫌いだわ」
宮城は腕組みをしながら告げる。風に吹かれた木々がざわざわと揺れていた。
「結局はそいつが優秀でなければ、お前だってここまで歪まなかったんだろ?」
「……宮城になにが分かるんだよ」
私はイライラしながら告げた。
「分かる。全部分かる。俺は昔、あんたの姉みたいな人間だったからな」
「えっ?」
今の宮城は完全な不良だ。勉強も適当で人付き合いも除け者にされた人とばかり。そんな宮城がかつては麗みたいだった……? 信じられない。表情に出ていたのだろうか。宮城は笑いながら告げる。
「中学は名門私立だったんだぜ? 東大よりも入るのが難しい、って言われるくらいのな」
東大よりも難しい。そのキャッチコピーは聞いたことがある。麗が受験しようか迷っていたところだ。でも結局、麗は公立校を選んだ。その理由は、私や楓と離れたくないから。
でもまさか宮城がそんなところの出身だったなんて。
「俺、今はではこんなだけど、あの頃は天才だって言われてたんだ。 誰も俺には張り合ってくれないくらいの天才。塾でもそう呼ばれてた。だけどだった一人、張り合ってくれる人がいた」
そうして宮城は昔のことを語り始めた。
〇 〇 〇 〇
凛という名の少女が、小学生の宮城の一番のライバルだったらしい。塾の全国模試で一位を取れるほどの才能をもっていた宮城は、凛にある日、宣戦布告された。
「中学に入ったら、今度こそ絶対に宮城に勝つからね!」
宮城はその才能ゆえに、周囲から距離を置かれていた。友達がいないことはなかったけど、いつだってみんなどこか他人行儀だったらしい。だから凛の存在はありがたかった。
二人は切磋琢磨しながら、名門私立を目指していた。凛の成長は目覚ましく、最初は遠く離れていた名門私立も射程圏内に入るほどの成長を遂げていた。
だけど凜は中学受験を失敗した。合格したのは宮城だけだった。
凜は合格発表の場で泣きながら告げる。
「今回は無理だったけど、次は絶対に宮城に勝つからねっ! 私は東大を目指す。だから宮城も怠けたらだめだよ!」
宮城は泣きながら凛を抱擁した。
進学先が別々になってからも、宮城は努力を欠かさなかった。名門中学内でも十位以内に入るほどの努力を重ねていた。そんなある日、宮城は街で凜と出会う。
宮城は喜びも隠さず凜に話しかけた。そして勉強の話をした。十位以内に入れるくらい頑張っているということを。
宮城は期待していた。
「私も頑張ってるよ! 一緒に東大入ろうね」という返事を。
でも帰ってきたのは、こんな言葉だった。
「もう、諦めたよ。私じゃ宮城みたいな天才には勝てないって気づいたから」
凜は小学生時代のクラスメイトのようなよそよそしさで、宮城を突き放した。
その瞬間に、宮城は勉強をする理由を失ってしまった。宮城が頑張っていたのは、凛のライバルとして相応しい人間であるだめだったのだ。なのに、自分の才能が原因で、凜を挫折させてしまった。
宮城はもう、勉強を頑張れなかった。
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