和解
「俺があんたの姉さんを嫌ってたのはそういうわけ。ただ存在しているだけで、人を挫折させる存在ってのが、世の中にはいるんだよ。俺はそういう連中を心から憎んでる。過去の俺自身も含めてな」
宮城が立ち止まっているのは、もしかして怖いからなのだろうか。また凛みたいな人を生み出してしまう可能性が。私を裏切り者と呼んだのも、私が誰かを挫折させる側にまわろうとしていたから。
気付けば私は無意識につぶやいていた。
「思い上がりもはなはだしい」
「えっ?」
「要するに宮城は今も変わらず自分が天才だって思ってるってことでしょ? そうじゃなきゃそんなこと口にできないもんね?」
「実際俺は天才だったよ。今はどうか知らないけどな」
宮城は自嘲的に笑う。私は思った。誰かのために生きるのはきっと悪いことじゃない。でも誰かのために自分を押さえつけるのは、きっと誰の幸せにもつながらない。そう考えたとき、私は教室を立ち去るときの千波の叫び声を思い出していた。
「紗香の馬鹿! 大馬鹿野郎!」
今では後悔している。きっと千波は私のことを思ってくれていたのに、私は誰も救えない、自分自身さえ苦しめる偽物の善意で、その大切な気持ちを踏みにじってしまった。自分に嘘をつくことの苦しみが分かるからこそ、宮城にはそんな気持ちに囚われて欲しくなんてない。
私は宮城をみつめて告げる。
「やっぱり宮城も私と一緒に勉強しようよ」
「冗談じゃない。俺はもう、誰の上にも立ちたくないんだ」
「だったら私が宮城以上の天才になってあげる」
「えっ?」
私が笑顔で告げると、宮城はぽかんとした表情を浮かべていた。
「私、町田と約束をしたんだ。もしも私が一位を取ったら、町田は私と宮城に敬意を示す。でももしも町田が一位を取ったら、私と宮城は絶交する」
「はぁ!? なに勝手に人との友情を賭けに使ってるんだよ!」
「……ごめん。でも我慢できなかったんだ。町田、宮城のこと馬鹿にしたから」
そう告げると、宮城は怒りをすぼませた。
「紗香ってやっぱり優しいよな。俺みたいなのと一緒にいてくれる時点で、気付いてたことではあったけど」
「それは私のセリフだよ。私なんかと一緒にいてくれてありがとう」
「なんだよ急に改まって」
宮城は顔を赤らめてため息をついていた。だけどすぐに真剣な表情になる。
「それより、俺以上の天才になるっていうのは、本気か?」
「宮城のためだけじゃない。私は家族をまた元通りにするためにも、麗みたいにならないといけないんだ。私じゃダメだから、麗みたいにならないと」
「別にお前のままでもいいと思うけどなぁ」
「だめだよ。私じゃ」
「……まぁ、人の考えにああだこうだ言うつもりはない。でも俺を動かしたいのなら、約束してくれ。絶対に一位になると。そして、絶対に諦めないと」
きっと宮城は凜を思い出しているのだろう。自分の才能に挫折させられてしまった、かつてのライバルを。私は折れるつもりなんてない。どれだけの苦労が待っていようとも、頑張るつもりだ。
私は笑顔で宮城の手を掴んだ。
「誓うよ。私は絶対に諦めない。宮城の才能になんか屈しないから」
そよ風が吹いて宮城の髪の毛が舞い上がる。宮城はぽろぽろと涙を流していた。それに気づいたらしい宮城は、慌てて目元を拭う。
「あれ、なんで、なんで止まってくれないんだよ」
私は宮城を抱きしめた。あの日、女子トイレで千波がそうしてくれたように。
やがて宮城は嗚咽を漏らして、泣き声をあげ始めた。これまでずっと過去に囚われていたのだろう。だから宮城は自分の才能を隠してしまった。でもこれからはそんなことはしないで欲しい。私が絶対にそうさせないから。
〇 〇 〇 〇
私は教室に戻った。千波は私と視線をそらして、目も合わそうとしてくれない。
「ねぇ、千波」
「なによ馬鹿」
私の名前はいつの間にか「馬鹿」になってしまっていた。
「馬鹿でもなんでもいいよ。でもごめんね? 私、間違ってた。千波は本気で私のこと心配してくれてたのに、あんな風に踏みにじって、ごめんね」
謝ると千波は微笑んでくれる。
「許してあげる。でもあなたはコミュニケーション能力も壊滅的ね。だから今度の休日、つまり明日、私と一緒に遊びに行きましょう」
「えっ?」
「それで鍛えるのよ人と話す力を。勉強はもちろん大切よ。でもそれ以上に人と関わる力はもっと大切。麗さんだって、そうだったでしょう?」
確かに。麗はどんな人ともすぐに仲良くなっていた。私が麗みたいになるためにはコミュニケーション能力も必要だろう。
「ということで、さっき私たちを取り囲んだクラスメイト達も遊びに誘ってきなさい」
私が振り返ると、そのクラスメイト達が一か所に集まったまま私を睨みつけていた。
「本気で?」
「本気よ。ずっと孤軍奮闘で進むつもり? いい加減誤解を解きなさい」
「……分かった」
私ははため息をつきながら、クラスメイト達の所に向かった。
「ちょっと! なんでまた委員長に話しかけてるの?」
「あなた達は私のことよく知ってるの?」
「はぁ? 知るわけないじゃないの」
「なのにずっと批判してたんだ?」
「それは噂が……」
「本当に自分の耳で聞いたわけでもないのに? 私が『死んで清々した』っていう瞬間を」
私が告げると、クラスメイトたちは顔を見合わせていた。
「なにが言いたいの?」
「よく知りもしないのに批判するなんて、あなた達も嫌でしょ。だから私はこんな提案をしてあげる。明日、私と千波と一緒に遊びにいかない? あ、もちろん断ってもいいよ。でも断り続ける限り、あなた達は私のことを知ることができない。つまり、根拠もなしに私を批判し続ける、思い込みの激しい人のままだよ」
クラスメイト達は私を睨みつける。だけど一理あると思ったのだろう。こんなことを告げる。
「まぁ、あなたに関する認識は変わらないと思うけど、そんなに挑発してくるなら乗ってあげる。遊ぼうじゃない。明日」
私の視線とクラスメイト達の視線が交差する。びりびりという効果音でも聞こえてきそうな、白熱具合だ。千波はやれやれといった風に肩をすくめていた。
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