紹介
「千波。勉強しに行こう」
放課後、私は千波に告げる。宮城も誘ったけど、一人で勉強するほうが性に合っているとのことだった。天才を自称するだけあって、勉強に対して独自の哲学を持っているのだろう。
「そうね。行きましょうか」
「文芸部の方は大丈夫?」
「とりあえずノルマさえ果たしてれば文句は言われないから大丈夫よ」
私はクラスメイト達に睨みつけられながら、千波と二人、図書室に向かった。
図書室に入ると町田と目が合う。その瞬間、町田はにやけ面をみせる。
「覚えてますよね?約束。私が一位を取ったら、あなたと宮城とかいう不良は絶交する」
町田はぼっちだ。性格がひねくれているからぼっちになったのか、ぼっちだからひねくれてしまったのか。
どちらでもいいけど、私はまた宮城と友達になった。だから絶交を回避するためにもなおさら頑張らなければならない。そう思って千波と一緒に席に着く。
すると町田は勉強もせずに、私を憎たらしい顔で睨みつけてきた。無視しようとするけど、気が散る。おまけに口の動きで、バカ、クズ、まぬけ、と乏しいボキャブラリで私と宮城への侮辱を示してくる。
それに気づいていたのか、千波はこんなことを囁いた。
「別の場所で勉強する?」
「でも別って言っても、ファミレスとかカフェとかは迷惑になりそうだし、図書館だって本を読む場所でしょ? ここは学校だから勉強してもいいってことになってるけど」
「……紗香って不良だった癖に妙に倫理観があるわね」
それは多分、麗のおかげなのだろう。麗は良いことをしたときには本気で褒めてくれたけど、悪いことをしたときには本気で叱ってくれた。その名残、だと思う。
千波はため息を吐きながら告げる。
「私の家は母がなんていうかわからないのよね。紗香の悪評が伝わってるから」
「……それなら、私の家に来る?」
「え?」
千波は目を見開いてとても驚いているようだった。
「どうしたの?」
「い、いや。誰かの家にお邪魔したこと一度もなかったから」
「意外だね。千波ならもっとばんばん誰かの家に上がり込んでるのかと思ってたけど」
「妙な言い方をしないでくれる? ……確かに私は、学校でこそそれなりに慕われているようには見えるかもしれないけど、学校終わりにまで遊ぶほど仲のいい友達はいなかったのよ」
「委員長だから?」
「委員長だから、というよりは性格のせいね。私は誰かに頼るのが苦手だから、どうにもみんな距離を感じるみたいで」
「自覚してるなら治せばいいのに」
「そんな簡単に言うけどね、今日までの十七年間培ってきた気質っていうのは、なかなか治せないものなのよ?」
「それもそうか。というか、千波ってもう誕生日来たんだ。早いね」
高校二年の春なら十六歳の人の方が多いはずだ。
「紗香はまだ?」
「来月の文化祭の後なんだけど、まぁ、祝ってはもらえないだろうね」
私がぼそりと告げると、千波は微笑んだ。
「……そっか。それなら私と宮城さんと三人でお祝いしない?」
その言葉に胸が温かくなる。かつて荒れていた私はみんながお祝いをしようとしてくれても、頑なに拒んでいた。麗がくれた誕生日プレゼントを手で叩き落して自室に戻ったり、本当にろくでもない奴だったのだ。
だからそのせいで、みんな私の誕生日を祝ってくれなくなった。
「ありがとう」
それは心からの言葉と微笑みだった。するとどうしてか千波は顔を赤くして視線をそらしていた。
「きゅ、急にどうしたのよ。友達として当たり前のことをしようとしてるまでよ」
そのとき、町田がとても苛立った顔で、机を叩いた。図書室の生徒達が町田に視線を集中させた。でも本性を現した町田は少しもそのことを気にしていないようだった。
「イチャイチャしやがって。このクズと凡人がっ!」
「い、イチャイチャって……」
千波はますます顔を赤くしている。
「あなた達付き合ってるんですか? へへっ。 流石不良。どこまでも「不良」なんですね。だけどまさか委員長まで「不良」だったとは思いませんでしたよ」
私は無言で、千波の手を引っ張って立ち上がった。委員長はそういうのじゃないと思う。でもそんなの関係なしに、差別をする奴と会話なんてする必要はない。
私はうつむく千波と一緒に図書室を出た。
〇 〇 〇 〇
校門を出たところで、千波は告げる。
「やっぱり、紗香の家にお邪魔するのはやめようかしら……」
「もしかして町田の言葉気にしてるの? あいつは最低な奴だよ。気にしなくていい」
私は千波と手を繋いで、家の方角へ歩いていく。だけど千波は途中で立ち止まったかと思うと、悩ましい表情を浮かべていた。
「でも私は……」
だけどすぐに首を横に振る。
「何でもないわ。勉強、頑張りましょうね」
千波は私から手を離して、いつも通りの態度で歩き始めた。私は千波のことが心配で問いかける。
「もしかして私といるのが嫌になったの?」
私が見ていないところでも、千波への風当たりは強くなっているはずだ。私みたいな不良と行動を共にしているのだから。
でもそう告げると千波は勢いよく振り返った。
「そんなわけないわ! むしろ……。嬉しいのよ。あなたが、また昔のように戻ろうとしてくれて。だから行きましょう。あなたの家に」
「うん」
千波と一緒に帰るのは小学生以来だ。
私は懐かしい気持ちに浸りながら、帰路についた。
〇 〇 〇 〇
「お、お邪魔します」
千波は顔をこわばらせて告げた。
「そんなに緊張しなくてもいいから。ただいま! 楓! 帰ったよ!」
すると、てとてとと足音が聞こえてくる。ピンクのパジャマ姿の楓が玄関までやって来てくれた。だけど千波の姿をみると、自分のパジャマを見下ろして顔を真っ赤にして隠れてしまう。角から顔だけ出していた。
「お、お姉ちゃん。友達連れて来るなら連れて来るって教えてよ」
「……もしかして、この方が楓さん? 可愛らしいわね。初めまして。私は千波。紗香の友達です。クラスでは委員長をやっています。よろしくお願いします」
千波は人当たりのいい笑顔を浮かべて、楓にお辞儀をしていた。その姿を見た楓は改まった態度で礼儀正しくお辞儀していた。
「よろしくお願いします。千波さん」
きっと私と楓の仲が悪いと聞いていたからなのだろう。千波は不思議そうな顔をしながら、楓をみつめていた。かと思えば私の表情を横目で見て、微笑んでいる。
「どうしたの?」
「いや、すっごく嬉しそうにしてるから楓さんのこと大好きなんだなって」
その言葉に一番反応したのは楓だった。
「私は別にお姉ちゃんのことなんて好きじゃないです!」
角から顔だけ見せて、頬を膨らませている。私の気持ちが少しでも伝わってくれたのか、柔和な態度を取るようになってくれている。それは本当にうれしいことだった。
「私は楓のこと、大切に思ってるよ。……信じられないかもだけど」
すると楓は角に引っ込んで声だけで告げた。
「結果で見せてくれるんでしょ?」
「うん。そのためにまずは次のテストで一位を取ろうと思う。私、頑張るからね!」
そう告げる私にどういう態度で接すればいいのか分からないのか、楓は何も話さず自分の部屋に戻っていった。私たちは靴を脱いで家に上がる。そして自分の部屋へと千波を案内した。
千波は緊張した面持ちで、私の部屋に入ってきた。そして見渡して一言。
「……なんていうか、女の子の部屋って感じだね」
「何言ってるの。千波だって女の子でしょ」
「私は母が少し厳しくて、必要最低限以外のものは買わないようにいいつけられてるんだ」
「……そうなんだ。それは大変だね」
私たちは部屋の中央のローテーブルを挟んで座った。
「ところで勉強を始める前になんだけど、明日、美月さんたちと遊びに行くことになってるわよね? 誤解を解く策とかちゃんと考えてるの?」
「誠実にコミュニケーションを取ってたら、あの人たちも分かってくれるんじゃないの?」
「攻撃的なこと言われても、ちゃんとコミュニケーションとるのよ?」
「分かってる」
「本当、お願いよ?」
「心配してくれてありがとう。ところでだけど、どうして千波はここまで私を気にしてくれるの?」
「えっ?」
「女子トイレでいじめられた時、私は麗が助けに来たのかとでも勘違いしそうになったよ。それくらい、あの時の千波は麗に似てた。でも勉強のことといい、私たちは姉妹でもなんでもないでしょ? 今は友達だけど、あの時はただのクラスメイトだった」
すると千波は黙り込んでしまう。そんなに答え辛い理由なのだろうか。空間が沈黙に支配されたその時、扉が開いて楓が飛び込んできた。私たちが困惑していると、楓はニヤニヤしながら告げる。
「千波さん。お姉ちゃんのこと、好きなんでしょ」
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