十二

「つまり、五人の子供たちは死んでないってか」


 ぼくは努めて冷静になるようにした。みんなもそうだろう。これを判断するには氷の心でなくちゃならない。


「そうです。どんな科学的な定義に照らしても生きています。活動が止まっているだけなのです」

「発表はそうなっていないが」

「一般向けに情報に多少のひねりを加えたまでです。何もかも知らなくていいでしょう? みんな普段通りの日常をすごせばいい。ついでに権利も取り戻しました。法廷闘争というのは、特に密かに行うと、費用も時間もかかりますね。嫌な経験でした」

「ぼくらはもう『一般』じゃないのか」


 多脚オートマトンは操作碗を拡げて閉じた。肯定のジェスチャー?


「かれらの仕様はわかっています。情報の上書きが可能です」

「もういい。断る」

「でも、本土で人間として暮らせますよ」


「ファイブチルドレン。『カクブンレツ』はフォー」培養筋がうねるように動いている。落ち着けと合図した。


「わたしも行きますので、ちょうどですね」

「断るって言ったぞ」


「あなた方の耐用年数はあとどのくらいです? 三十年? 三十五年? それより先に活動限界が来ますよね。二十か二十五年か」

「そんなのは分かってるし、それだけあれば十分だ」

「子を持ちたくはないですか。ずっと未来に伝わっていく子孫という情報です。その始まりになれるのですよ」


 四人とも黙ってしまった。それが答えだった。マザーの提案はあまりにも魅力的だった。倫理、道徳、人としてのあらゆる規範を超えていた。


「『農場で休暇』の方の説明も聞きたい」

「ああ、忘れていました。かなり以前、『カクブンレツ』にデータを運んでもらいましたね。家畜のフルスキャンデータです。おかげでオートマトンの行動パターンを改良できました」

「仮想空間か」

「そうです。残りのデータを有効活用するためにわたしは自分のなかに仮想の農場をつくりました。そこにデータの家畜を放って育てています。のんびりしたものですよ。変化はなく、来る日も来る日も静かに過ぎていきます」

「そこに行くとどうなる?」

「どうもなりません。この農場の提案はバックアップとお考えください。あなたたち『カクブンレツ』の四人の情報を保存するのです」

「何のために? なぜぼくらなんだ」


 一瞬間が開いた。変な演技だった。いや、ちがうのか。本当に考えたのだろうか。


「何をうぬぼれているのですか。保存をあなたたちだけに限定するつもりはありませんよ。この島の人造人間すべて、それと世間が許すなら人間も保存します。いいビジネスになると思いませんか。情報を定期的にバックアップし、体を乗り換えていけば不老不死だって夢じゃなくなります。ま、ノーマル人間の場合は超えなきゃならないハードルがまだ高いのですが」

「じゃ、ぼくらで実験するのか」

「宣伝でもあります。あなた方が入った子供たちはよい広告塔になります」


「おまえは悪魔だな」

「その単語の正確な意味は分かりかねます。でも今のニュアンスだと褒めていただいているようですね」


「断ったらどうなる?」

 ウォーデが挑発的な口調で割り込んできた。気持ちはわかるが無駄だろう。

「どうもしません。ただ断った、というだけです。で、あなたは断るのですか」

 ウォーデは舌打ちしたが、表情は負けを認めていた。


「安全の保障は? 子供の姿で人間として本土で暮らすのはかなり危険だと思うけど」

 アイスのスプーンを折った。

「安全についてはまかせてください。わたしは現状でかなりの圧力をかけ得る立場にいます。現在日本の労働力の一割強、世界の三分弱はわたしが製造したか、ライセンス提供下の人造人間です。しかも核融合発電所建設に限っては六から七割を占めています。口は出させません。だからこそわたしも人に入るのです」


「本土でヒューマン、農場でデータ。ならウェアーアーウィーゴーイング?」

 張りつめた胸をどんと叩いた。

「そのままです。よって三つのバージョンが並行して存在する事になります。農場のバックアップについては定期的に上書き可能ですが、容量の関係上複数バージョンの保存は勘弁してください。ま、メモリ空間が安くなればそれもできるようになるでしょう」


 ぼくらのそれぞれをバージョンとしているけどいちいち咎めない。もう面倒だ。


「さっき上書きって言ったな。じゃあ子供たちの今の人格や記憶はどうなる?」

「消します。残しても利用価値がない。保護施設での六年分など無用です。メモリ空間はただではないのです」

「それは倫理的に殺人じゃないのか」

「かも知れません。ただ、プログラムやデータの書き換えと考えてください。それに、あの子たちは誰からも惜しまれません。わたしが作った人造人間ですから」


 多脚オートマトンは操作碗を拡げて閉じた。今はなんのジェスチャーか分かった。


 歓迎だった。

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