第二部 悪魔とダンス
一
あゆみは草むらで伏せていた。意味があるのかわからないが、可視光のセンサーだけでもごまかしたかった。電磁波反射ブランケットは今の季節使えない。前の仕事の時に使った奴がいたが熱射病になって気を失った。
隠れた草むらでは、日はとっくに沈んだというのにまだ草いきれが臭う。夜になっても暑かった。海が熱をためこんでいるのだろう。太陽と原発の排熱だ。
来た、というタップ信号が着信した。あゆみもタップして送る。使っている機器がレジャー用の改造で近距離しか届かないため中継役がいる。あゆみはまだその程度の仕事しかまかされなかったし、自分でも本当の台所仕事は無理だとわかっていた。
今夜の目標は輸送パレットだった。故障した機器を積んで港に向かう。本土でしかできない修理らしい。
奪って、ばらして、売りさばく。この島はそういう仕事に向いている。監視センサーはあってもいたるところすき間だらけ。警備はそもそも人手がない。色々なチームがなわばりを主張し、上納金を取って『保護』しているがこれもザルだし、そもそも台所仕事をするチームもある。また、なんとかいうチームが自警団を作ろうとしているができっこない。
だから、ここではこの稼業が成り立つ。
輸送パレットの音がした。すこしだけ目をのぞかせて道を見る。意外と大きい。車線の幅いっぱいだ。荷台にカバーをかけて置いてあるのがターゲットだろう。無人のようだ。制御装置とバッテリーユニットがキノコのように不格好に生えている。後付けでバランス調整をしていないのでユニットがのせてある方の車輪だけ歪みがあった。
その旨をタップ信号で送るとあゆみは膝立ちになった。この様子ならそれほどセンサーを気にしなくてもいいだろう。
「よし、終わった。みんなごくろうさん。しゃべっていいぞ」
通信が入ったのは、あゆみが輸送パレットを見送って十分ほどしてからだった。
走って現場に行くと、制御装置から細く薄紫の煙を立ちのぼらせているパレットの横に男が二人いた。今夜の台所仲間だった。
「おう、ばらすの手伝ってくれ」
あゆみは無言で荷台の機器にとりつくとパーツを確認しながら分解した。管理番号や製造番号はその場で焼きつぶす。
解体は慣れているので、このくらいのものなら三十分もあればいい。あっというまに出所を追えない部品の山ができた。
「じゃ、いつものように送って今夜はおしまいにしよう。解散」
男のうち一人が制御装置を再起動させ、そのまま輸送パレットに乗って去っていった。
「じゃあな」もう一人が手を振った。パレットはカーブを曲がって消えた。
「姐さんはどうするんだい。これからひま?」
そいつはシャツをずらしてわきの汗を拭くあゆみをじろじろ見た。
「帰って寝る」
「一人で? どうだい、俺と」
「おまえ、ここに来たばっかりか?」
「ああ、おとついだけど」
「じゃ、知ってるよな。ここの空気のなかのシラミが何するか」
男は驚いた表情になった。
「ありゃただの噂だろ? 密航させないための」
「いや、ほんと。個人差はあるけど一週間はかからない。おとついならおまえだって明日かあさってにはたたなくなる」
「ウソだろ? ここの奴ら、みんなやらないのか、男も女も」
とまどい、あせる男に軽蔑を隠そうともせず、あゆみは言う。
「心の方は一か月ほどかかるけど、その気にならなくなる。だからそれまで一人でなんとかしな。じゃな」
男をほうって山に入った。環状道路を大回りするより丘を突っ切ったほうが早い。港町に出てそこらの日陰で寝るつもりだった。住みこみの仕事をさがしてもいいかもしれない。そろそろ屋根が欲しい。
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