二
仕事はすぐに見つかった。希望通り住みこみ。食用微生物培養槽のヘドロかき取りというひどいものだが仕事は仕事だ。それに働き手がいないので二人部屋を一人で使える。金属パイプのベッドしかない元原発職員寮の部屋は消毒薬がつんとくるので窓を開けっ放しにし、おなじく薬臭くて湿っぽいマットレスは外の壁に立てかけて干しておいた。
業務は手順を覚えてしまえば簡単で悪くなかったが退屈だった。安定期を過ぎた古い培養槽はすぐにヘドロがたまり、放っておくとパイプをつまらせてしまう。それをかき取るのだがうっかり息をしてしまうと吐きそうになる。けど、始業前と終業後には金気のあるぬるま湯とはいえシャワーがあびられるし、微生物スティックでよければ三食食べ放題だった。
とはいっても新鮮な青いものを食べたくなる時もある。「これ、着いたとこ?」
「昨日の便だよ」八百屋の店主は見慣れない顔にちょっと警戒しながら答えた。
あゆみはきゅうりとトマトをひとつずつ買った。決済情報を見た店主は警戒ランクを下げ、愛想よくなった。「ありがと。うちはいつでも新鮮だからね。またよろしく」
木にもたれてかじると舌と身体が喜んだ。酸味、甘み、青臭くてすっきりした水分。こういうのを食べ物と言うんだろうな、と思った。
食べ終わってシャツで汁を拭いていると、男が目の前に来た。
「台所仕事、興味あるか」
「いつ? 分け前は?」
「今夜。等分」
「乗った」
いつになったら懲りるのだろう。いや、分かっていてもどうしようもないのだろう。輸送パレットによる無人運送は被害を出しつつも続けられていた。
「おまえ、フォワードの経験は?」森に入ったところでショックガンを見せられたが首を振った。
「ない。いつも中継と分解」
「よし。じゃ、ここで隠れてろ。すんだら呼ぶ」地図に赤点が点滅した。あゆみは確かめて駆けていった。
いつもと変わらない。草いきれの残る茂みに伏せて、タップ信号を中継した。
いつもと違う。十分たっても連絡がない。十二分。十三分。まずい。
逃げようとした時だった。「止まりなさい。そのまま伏せていなさい」声に続いて半浮遊式オートマトンが木の間からあらわれた。いつも見かけるのより本体も気球も大きい。八百屋で見たざくろを思わせた。
あゆみは無視して走った。半浮遊式ならセンサーだけのはずだ。何があったかは知らないが、とにかくここにいないほうがいい。
つぎの瞬間、地面に転がされていた。顔が落ち葉に押しつけられる。「止まれと言っただろう」オートマトンのものではない太い声だった。だけど、この感触はなんだ? 毛?
「よし。ゆっくりと、寝たままで。抵抗はなし」
言うとおりにして力を抜くと、オートマトンが灯りをつけた。そっちを向く。
犬の顔が彼女を見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます