十四
「坊っちゃん、いいかげんにしなよ。意地はってるだけじゃないか」
「そうだ。自警団はマザーが組織する。そこに『カクブンレツ』が協力チームとして加わる。それなら明日からだって活動できる。何が嫌なんだ?」
「やっぱり、キングになりたいのか」
三人にかこまれ、ぼくは疲れた。壁に投影されているエナジーアイランドにノイズが走った。パーツ取り換えなきゃ。
地図は現状を反映して数秒おきに更新されていく。ぼくは決めるために頭のなかを整理した。ここがどういう場所で、どうやってこのようになったか。
東京湾に作られた直径五キロメートルのほぼ円形の人工島。中央部に芯のように一千万キロワット級の原子力発電所とマザーが使う工場兼研究所。その周辺をドーナツのように管理者居住区が取り囲む。さらに海域も設定され、島外のノーマル人間は必要外の上空通過や通航を強く自粛している。
昔、原発の安全性を説明すると反対派から、なら東京湾にでも作れ、と揶揄されたらしいが、本気になって作ったのがここだ。
おかげで建設の主体となった東京都と関東の諸都市は国際的にみても強力な発言力を持つ都市群になった。電気に困らない都市は衰えを知らず、外部からのいかなる強制にも屈しない。
けれど、無限の予算は存在しない。安全対策は入札に入札を繰り返した安上がりなシステムで、放射性物質による汚染は常に懸念されるところだった。また、島在住の技術者の健康維持には経費がかかるし、管理の間違いがあってはならない。
なら人間はカットしよう。そうして第ゼロ世代にあたる管理人工知能が置かれた。今のインフィニティ・マザーだ。
一方で、やはり人間がいなきゃ不安だという要請もあった。人間にいてもらいつつ、健康被害は出ないようにする。そうやって出来たのが第一世代。放射線耐性をもたせた人造人間。人間のように周囲の環境を把握し、操作可能。大まかに人型だが個としての人格はほぼなく、生殖はできず、活動可能な耐用期間は一年あるかないか。親はいないしなれない。いるとすれば製造している人工知能だった。ゆえにいつしかインフィニティ・マザーと呼ばれるようになった。
管理の中心はマザーで、人造人間が手足、または便利な道具として見守る。そういう体制で妥協された。
そして、万が一の放射性物質の漏洩対策として島の各所でナノマシンが常時散布されはじめた。環境に気を使わなくていい人工島だからこそできる対策だ。本来は伝染病の空気・飛沫感染対策として開発されたものの転用だった。安全のため増殖力を持たず、短寿命で、制御命令が届く島内で数十分、届かない島外では数秒ほどしか動作しない。
これを人工的な熱や光などエネルギーが放出されているあたりを中心に偏在させておくと、放射能を帯びた細かな粒子をとらえて凝集、落下する。あとは専用のオートマトンが回収してまわる。
第一世代と入れ替わる形で登場した第二世代はもっと踏み込んだ改造を行い、管理区域内に散布されたナノマシンと共同して特殊作業ができるようになった。保護具なしで炉心に入れるほどだった。今の島民の大半だ。耐用期間は長くなり、判断力を持たせたので単純ながら人格があり個として暮らすが、白磁のような肌など、この世代もノーマル人間とは明らかに見た目が違うし、島外での生存は理論上不可能ではないが現実的には難しかった。
ナノマシンも改良され新型となった。吸入された体内で遺伝子をチェックし、有害な変異を起こした部分を修正できるようになった。この機能が加わってから島外のノーマル人間は島を避けるようになったし、輸送や商売で来るときは全身防護服を着るようになった。
第三世代は計画されて生みだされたものではない。第二世代とナノマシンの相互作用を研究して試験的に生み出されたごく少数の新世代だった。作業用の能力が極端な形で表れている。
それはナノマシンの存在下で専用の機器を用いてのみ発揮できる力であり独特な世代となったが、人型を大きくはずれ、島外どころかマザーの施設外での生存はほぼ不可能となった。
ウォーデ、ファーリー、ビクタはその独特な者たちのなかでも例外であり、傑出している。第三世代にも関わらず輪郭は人型で管理区域内であれば施設外活動も自由、かつ、ナノマシンの利用に専用の機器を必要としない特性を得たのだった。
ウォーデは訓練とちょっとした調整によって感覚を強化したり反応速度を増大したりできる。ほかにも全身に毛が生え、頭部は狼のようになった。牙と爪は趣味でいじっている。
ファーリーは電気エネルギーを胸部生体バッテリーに蓄えて利用できる上、機械の制御部をオーバーライドして操作できるし、対電磁波フィールドの展開を装備なしで行える。
ビクタは増強された培養筋を身体に負担なくあつかえ、皮膚の装甲化までできる。硬化すれば物体としての刃物や銃弾はほぼ通用しない。
年月は新世代を生んだだけではなく、本土と島を多くの面で切り離していった。第三世代が現れる頃には島民は独自の文化を持ち、ほぼ自治を行うようになっていた。
また、様々な理由で本土にいられなくなった者たちが、二度と戻れなくなるのを覚悟して渡ってくるようになった。かれらは長期滞在でナノマシンに肉体を改造され、放射線耐性は第一世代相当となり、かれらなりのやりかたで生きていくようになった。
日本と関東の都市群は黙認した。本土に厄介をかけず電気を安定して送ってくれるかぎり、面倒ごとはまかせておこう。それにあいつらには生殖能力はないし、と。
そして、ぼくは、ぼくにすぎない。三人の遺伝子を混ぜ、マザーが作った赤ん坊がこうなった。他の土地ではなく、なぜここにいるのだろう。
ゆらめく地図を見つめる。
ぼくは決断した。
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