十三

 蟹オートマトン一機、ふわふわが二機やって来た。そして、その迎え自体が周囲への威圧となり、インフィニティ・マザーのもとに着くまでトラブルはなかった。


 前に荷を受け渡したところが会談の場所だった。野外だが、座れるような石が環状に配置してあった。腰掛けたのを見て迎えの蟹とふわふわがどこかへ行くと、別のふわふわが漂ってきた。


「なんかクォーキー」

「そう、だいぶ変」

「半浮遊タイプっぽいけど、音がちがうな」


 その半浮遊式オートマトンはウォーデほどの体長があり、脚は三本あった。それにセンサーなどを収めている本体がふつうのふわふわよりひとまわり大きい。そのせいだろうか、気球部も大きかった。見た目より重いのかもしれない。本体も気球もどことなくざくろを思わせた。


「こんばんは。急にお呼びしてすみません」

 ざくろオートマトンは環の中央に浮かんだ。バレエの型のようにつま先を地面にちょっとだけつけている。ぼくは軽く頭を下げるだけにして返事はしなかった。どう出てくるか分かるまで様子を見るつもりだった。

「あなたがた、チーム『カクブンレツ』にとって良い話です」

 ちいさく首をかしげる。

「良い話なのです」繰り返した。「良い話」


「あなたたちに運んでいただいた荷物。あれのおかげで新型オートマトンの製造が可能になりました。これもそのひとつです」自分を指した。


「本題はどうなりました? なわばりはあまり空けておけません」

 こいつは上手に話す。ぼくは相手の話し方に合わせた。


 ざくろオートマトンはセンサー部だけをぐるりと回した。見回す動作をまねたのだろうか。


「自警団結成の計画ですが、『カクブンレツ』の皆さんにもご協力いただきたいのです」

「断ります。自警団はわれわれが主体となって組織します」

「だれも参加しないのに? あの募集カードのせいで、あなたたちのチームは弱気と見られています」

「もうそうは思われていません」

「最近の出来事なんてすぐ忘れられます。今だけです」


 腹の立つ事に、ファーリーの目は同意していた。ウォーデもそう思ってるらしい。ビクタは退屈してきた表情だった。


「そんな人間心理を一番よくわかっているのはあなたですよね。そういうふうに作りました。ちょっとした表情の変化、かすかな身振り、声の抑揚、すべてを観察して分析できる能力をもたせました。その『坊っちゃん』なら島民を組織するなんて無理だと分かっているはずです」

 インフィニティ・マザーはわざと声の調子のなかに複数の感情と意図を忍ばせている。嘲笑、怒り、悲しみ、そして懇願。

「何を提供できるのですか」

「犬と猫です」

「説明願います」

「あの荷物には家畜のフルスキャンデータが仮想空間で動作する状態で収められていました。数千万年におよぶ進化の傑作です。そのなかからこの島で働くのに適した種を選び出しました。それが犬と猫です。そしてオートマトンの制御用知能として組み込みました」


 試験映像が送られてきた。これまでのに比べ、新型は状況に対する判断と行動が早かった。常に熟慮して最善策を取ろうとするのが今のだとすれば、新型は次善でもすばやい行動を優先させた。そういう割り切りが生き物っぽかった。


「なるほど、おもちゃとしてはすごいと思いますが」

「きびしい評価ですが、本気ではありませんね」

「検討させてほしい」

「もちろんです。必要な資料はお渡しします。しかし、考えるまでもないと思いますが? このエナジーアイランドの島民すべてに畏怖されているのはわたしだけです。そのわたしには協力すべきです」

「協力が必要な理由はなんでしょう?」

「わたしは独裁者ではありませんし、独裁は管理方法としてあまり良いとはいえませんが、この原子力発電用人工島は稼働しつづけなければなりません。それが東京都民や関東の人々の願いです。日本国民といってもいい。それにはどんな小さな懸念点もつぶしておくべきです。だからあなたがたのような優秀なチームの協力が必要です。お願いです」

「そうですか。とにかく考えさせてください。今夜はもうよろしいですか」


 ざくろオートマトンはちょっとだけ沈み、また浮いた。お辞儀のつもりだろうか。


 ぼくたちは来た時とおなじようにオートマトンに送ってもらい、なわばりに帰った。みんな歩きながら資料を読んでいた。むだ話をする奴はいなかった。

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