ぼくは一歩前に出た。蟹オートマトンのセンサー集合部がこっちを向く。カメラの視野角からすればそんなふうに動かさなくても見えるはずなので、これは一種のジェスチャーなのだろう。


「わたしはインフィニティ・マザーです。今はこのオートマトンを用います」

 わかりきった事だった。返事はしない。何を言いたいのか分かるまでだまっているつもり。

「さきほど、『丘の巨人』に渡した案内・募集カードを回収しました。他にもこういうカードを配布していますね」

 蟹オートマトンは操作腕を振った。大げさな感じがした。お芝居だ。それともこれもジェスチャーのつもりだろうか。人工知能によるノンバーバルな情報伝達の試みは滑稽だった。


「問います。自警団を組織しようとしていますか」

「はい。しています」

「許可できません。そのアクションは中止し、以後決して行わないでください。また、自警団的活動も禁忌とします」


 うしろで三人が居心地悪そうにしているのがわかった。しかし言うべき事は言わなくてはならない。


「自警団員募集を含め、エナジーアイランドでわれわれがとる行動について、マザーには許認可権はありません。また、禁忌を定める権限もないはずです」

「それは本土の法律です。ここではわたしが支配者です。そのわたしが禁ずるのです。従いなさい」

「では治安はどのようにして維持されるのですか。その背の荷物だって奪われかけたのですよ」

 腕をのばし、蟹オートマトンの背中を指さした。こっちも芝居をする。大げさな身振りはそっちが始めたんだ。

「この島の治安がいささか不安定である点は認めます。それでも自警団はいけません」

「では誰が安心して道を歩けるようにしてくれるんです?」


 坊っちゃん、抑えて。とファーリーからのタップによるメッセージがゴーグルに表示された。


「あなたの仲間はいいアドバイスをしますね。抑えなさい、坊っちゃん」


 投影されたメッセージを向こう側から読み取ったのだろう。それとも瞳に写ったのかもしれない。このくらい近いとどっちもあり得る。


「さて、そんな皮肉めいた質問に答える義務はありませんが、この議論をわたしの優位に進めるために答えましょう」


 ちょっと間を開ける。


「通行の安全を保障するのはわたしです。この荷物により実現可能となりました。だからわたし以外による自警団的活動は不要になります。エナジーアイランドは住みよい島になるのです」

「それはうれしいですが、ぼくは何事もこの目で見、この手につかむまでは信用しません。実際に治安が良くなったと感じるまではやめませんよ」


 視覚センサーの眼柄がぼくの顔にくっつくくらい伸びてきた。はったりとわかっていてもいい気持ちはしない。しかしおじけづいていると思われたくないので意識して呼吸を整え、じっと見つめ返した。


「つまり治安が良くなったと感じたら自警団的活動はやめるのですね。合意条件の提示ありがとう」


 センサーユニットの中から自己清掃ブラシが出てきた。チューブ状の柄をまげて何かの形を作っている。


 笑う顔の線画だった。

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