九
翌日、マザーはエナジーアイランドの管理海域に五十機の高速飛行オートマトンを展開した。さらに次の日に五十機、また五十機と増やしていった。
「ようやく本土も気づいたね」公開された抗議と公開質問状をファーリーが読み上げる。
「そんなお役所文はいいよ。で、マザーはどう?」耳が寝ている。
「ほれ、オフィシャルのインフォメーション出た」
この公開情報が正しいなら本土は顔に泥を塗られたようなものだった。高速飛行オートマトンは浮遊タイプとは異なるし、有人の船や航空機をオートマトン操縦させるのとは複雑化のレベルが違う。軍や警察などの政府機関が醸成し、長年維持してきたオートマトン合意をまったく無視している。はっきり言ってミサイルと取られても仕方がない。
太陽光をエネルギー源とし、十分なバッテリーを搭載し、飛行しながらでもマシンによって簡単な整備が可能。各種の監視用センサー装備。外殻は硬質樹脂で一部が鋼鉄。
「スチール?」
「体当たりだろ。あの速さで突っ込んで来たらふつうの船なら沈められる」
「殴り合いか」
ウォーデの耳が立った。「坊っちゃん。マザー止めなきゃ」
「どうやって? もう数百機が展開してる」
「返事だ。抗議と質問状は無視してる。要求全部飲めってさ。マザーは妥協知らないみたい」
「終わったな」「これでジ・エンド」ウォーデとビクタが芝居がかったしぐさで天井を見上げた。
ぼくもうっすら笑った。「さ、後片付けはじめようか。今までまあまあ楽しかったな」
だけど、思ったよりどちらもおとなしかった。奇妙な緊張状態が二、三日続いた。
それをマザーが破った。迷い込んだ漁船を攻撃した。乗組員は怪我ひとつなく無事だったが、船は上層部をめちゃめちゃに破壊され、やっとの事で本土に帰れたのだった。
しかし、本土に動きはなく、そのまま週が明けた。ずっとマザーに呼び掛け続けたが答えどころかなんの反応もなかった。
月曜日の朝いちばん、政府はインフィニティ・マザーに以下の提案を行った。
・エナジーアイランド全島の治安維持に限定し、自治を認める。
・よって、エナジーアイランド自警団について、活動地域を島に限定した警察活動を認める。
・上記に伴い、エナジーアイランド原子力発電所管理人工知能(通称:インフィニティ・マザー)をエナジーアイランド全島の管理人工知能として認める。
・さらに、この警察活動においてのみ、エナジーアイランドを府中刑務所の支所とする。これは遡及的に適用され、現在現地に滞在する受刑者は刑期を過ごしている、または過ごしたものとみなされる。
・なお、以上の認可はエナジーアイランドからの電気供給が安定して行われる事を条件とする。
・また、同様に、回収した胚とそれを生育させた人造人間五体について、エナジーアイランド原子力発電所管理人工知能は今後調査を行わず、財産権などすべての権利を自主的に放棄するものとする。
「提案?」ファーリーがあきれている。
「もう話ついてるな」あくびをしたのはウォーデだった。
「ほら」報道によると、マザーは全項をそのまま飲む旨返事した。それから数十分でアルゴスの表示から高速飛行オートマトンが消えた。マザーの工場兼研究所に帰り、部品や原材料にばらされるのだろう。
「殴りあうと思ってたんだけどな」ウォーデは耳を寝かせてほっとしたようだった。
「いや、殴りあったんだろ。電子の世界で」ファーリーの言葉にみんなそうだなとうなずいた。
「でもマザー、サイレントのまま」
ビクタが端末をたんたんタップしている。呼びかけはずっと片道だった。
「そろそろ指示が来るはずだけどな。自治も自警団も正式に認められたし」
「何? 坊っちゃん、そのやる気なさそうな言い方」
「だって、これで何かしようって気になれる?」ぼくはファーリーにクッションを放り投げた。
ウォーデが鼻にしわを寄せつつ笑うように口を開ける。苦笑いらしい。「枕投げ大会でもやるか」
それをきっかけに、家中の枕とクッションが投げられ、たたきつけられ、中身をぶちまけられた。いい大人が奇声をあげて暴れた。その日は島中どこでもそうだったんじゃないだろうか。
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