体調にはなんの変化もなく一か月が過ぎ、二回目の面談となった。一回目とおなじような質問で、三十分ほどで終わったのもおなじだった。


「あなたはとても良い成績を収めています。更生しようとする意欲が感じられます。そこで労働奉仕期間を一か月短縮とします。つまり、今終わりました」


 あゆみは一瞬ぽかんとした。「あ、それはどうも」

 早く実験に入りたいだけだろ、と思ったが口には出さなかった。データのために普通の暮らしにもどすだけだ。でも、どっちにせよめんどくさいのが終わるのは歓迎だった。


 面談後、さっそく街に出た。ひさしぶりだがまったく変わっていない。夕日が何もかも赤く染めている。

 転がっていた木箱に腰を下ろし、沈む太陽をながめた。生暖かい風が木々をゆらしている。


 今の気分、マザーにも伝わってるんだろうか。リラックスした状態の化学物質の変化はモニターされ、記録されている。これをどう解釈しているのだろう。

 データ提供しているのだから分析結果もほしかったのだが、前に聞いたときに断られた。解析アルゴリズムやライブラリの類に利用条件があり、個別には公表できないのだと言う。論文を読んでくれと雑誌をいくつか教えてくれたが、色のなくなった総体の論を読む気はなかった。自分について知りたかっただけなのだ。


 背後に人の気配がした。「台所仕事。今夜いけるか」

 首を振った。離れていく気配がしたが、見なかった。ちょっとどきっとしたのも検知されただろう。いや、いちいち考えちゃいけない。化学的なプライバシーがない今の状況にもっと慣れなきゃ。


 また気配がした。背中に目をつけたほうがいいだろうか。


「トマト、食べたか」


 振り返ると男がざくろオートマトンを従えて立っていた。あの時のような白いシャツを着ていた。


「その顔だと覚えててくれたみたいだな。まじめにやってるか」木箱を引きずってきて隣に座った。

「まじめも何も、今刑期あけたとこ」

「刑期って言うな。それに、誘い断ったの見てたぞ。変わったな、あんた」

「ご用は? できれば夕日が沈んでくとこ眺めてたいんだけど」

「もう沈んだ。だから声かけたんだけど。落ち着いてるとこ邪魔しちゃ悪いから待ってた」


 白シャツは知ってるという顔をした。あゆみは白シャツが知ってるという事を知ったという顔で返した。


「で、ご用は?」

「過去について話をしたい」

「そりゃマザー相手に充分やった。断る」

「実を言うと記録は読んだ。自警団の協力者だから必要な情報には接触できる」

「ならいいじゃない」

「直接聞きたいし、いくつか確認もしたい」


 またか、とあきれる。お願いと言うがこれは命令だ。断っちゃいけないやつだ。


 でも。


「いやだ。もう囚人じゃない。何を言うか言わないかはこっちが決める」顔をそむけた。

「もともと囚人じゃない。労働奉仕は刑罰じゃない。教育だ」


 なんで話を続けてるんだろう。とっととこの箱をけっておいしいものを食べに行こう。


「チーバランドにいたな。花火師として」白シャツはあゆみの拒否を無視した。そんなものなかったかのように。

「それも話した」


「では、その花火の仕掛けについて教えてくれ。光と音のタップ信号にしたって?」


 あゆみはもう一度白シャツの顔をじっと見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る