六
体調にはなんの変化もなく一か月が過ぎ、二回目の面談となった。一回目とおなじような質問で、三十分ほどで終わったのもおなじだった。
「あなたはとても良い成績を収めています。更生しようとする意欲が感じられます。そこで労働奉仕期間を一か月短縮とします。つまり、今終わりました」
あゆみは一瞬ぽかんとした。「あ、それはどうも」
早く実験に入りたいだけだろ、と思ったが口には出さなかった。データのために普通の暮らしにもどすだけだ。でも、どっちにせよめんどくさいのが終わるのは歓迎だった。
面談後、さっそく街に出た。ひさしぶりだがまったく変わっていない。夕日が何もかも赤く染めている。
転がっていた木箱に腰を下ろし、沈む太陽をながめた。生暖かい風が木々をゆらしている。
今の気分、マザーにも伝わってるんだろうか。リラックスした状態の化学物質の変化はモニターされ、記録されている。これをどう解釈しているのだろう。
データ提供しているのだから分析結果もほしかったのだが、前に聞いたときに断られた。解析アルゴリズムやライブラリの類に利用条件があり、個別には公表できないのだと言う。論文を読んでくれと雑誌をいくつか教えてくれたが、色のなくなった総体の論を読む気はなかった。自分について知りたかっただけなのだ。
背後に人の気配がした。「台所仕事。今夜いけるか」
首を振った。離れていく気配がしたが、見なかった。ちょっとどきっとしたのも検知されただろう。いや、いちいち考えちゃいけない。化学的なプライバシーがない今の状況にもっと慣れなきゃ。
また気配がした。背中に目をつけたほうがいいだろうか。
「トマト、食べたか」
振り返ると男がざくろオートマトンを従えて立っていた。あの時のような白いシャツを着ていた。
「その顔だと覚えててくれたみたいだな。まじめにやってるか」木箱を引きずってきて隣に座った。
「まじめも何も、今刑期あけたとこ」
「刑期って言うな。それに、誘い断ったの見てたぞ。変わったな、あんた」
「ご用は? できれば夕日が沈んでくとこ眺めてたいんだけど」
「もう沈んだ。だから声かけたんだけど。落ち着いてるとこ邪魔しちゃ悪いから待ってた」
白シャツは知ってるという顔をした。あゆみは白シャツが知ってるという事を知ったという顔で返した。
「で、ご用は?」
「過去について話をしたい」
「そりゃマザー相手に充分やった。断る」
「実を言うと記録は読んだ。自警団の協力者だから必要な情報には接触できる」
「ならいいじゃない」
「直接聞きたいし、いくつか確認もしたい」
またか、とあきれる。お願いと言うがこれは命令だ。断っちゃいけないやつだ。
でも。
「いやだ。もう囚人じゃない。何を言うか言わないかはこっちが決める」顔をそむけた。
「もともと囚人じゃない。労働奉仕は刑罰じゃない。教育だ」
なんで話を続けてるんだろう。とっととこの箱をけっておいしいものを食べに行こう。
「チーバランドにいたな。花火師として」白シャツはあゆみの拒否を無視した。そんなものなかったかのように。
「それも話した」
「では、その花火の仕掛けについて教えてくれ。光と音のタップ信号にしたって?」
あゆみはもう一度白シャツの顔をじっと見た。
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