第18話 一代男爵になりたい父アウダークス③

 秘書室長は明らかに警戒していた。クレクトの弟アパテナオスのやったことも、そしてクレクトの弟アパテナオスがクレクトの娘フラセとセーリクスが揉めていることも知っている。


 クレクトの娘フラセとセーリクスが男手を頼るためにフラセの娘、母トレランティアの夫である父アウダークスを王都から呼び寄せたこと。父アウダークスはフォレースの漁師の末子で王都では薬師の行商をしていたこと。テクトゥム=ルブラム家の家令ティモンが、本件の調査と賠償を求めてすでに一度申し立てをおこない却下されていること。


 そして、『今朝』テクトゥム=ルブラム家で一悶着あったことも。すべて承知しているので、金を持って現れたということは「再買収だろうか?」と疑ってかかったのである。


 しかし再買収は信義にもとる。先に買収した方は納得しないだろうし、それを中央でバラされなどすれば代官の罷免は確実である。しかも今回は金額が大きすぎて代官はいまだその金を隠し切れない状況であった。


 なによりクレクトの弟アパテナオスが組んでいたのが掛屋ウィリディスであるので、秘書室長はイッタの街で掛屋ウィリディスを裏切るのはまずいと思いを巡らせていた。


「俺を一代男爵にしてくれ」

「は? ………はぁ?」


 父アウダークスはそう言うと金貨の詰まった重そうな革袋をふたつ机に載せた。秘書室長はテクトゥム=ルブラム家の相続問題で泥沼になることを恐れていたので、想定外の一言で間抜けな声が漏れる。


「これは改めても?」

「もちろん。おおよそ2000枚はあるだろう」


 冷静さを取り戻した代官は秘書に目配せする。秘書が恭しく革袋の口を開けると2つの革袋にはまごうことなき王国小金貨が詰まっていた。秘書室長は「これはなにかの罠か?」とも思わずにはいられなかったが、目の前の男は調査によると凡庸な男であることは分かっていたので、純粋に「この金で一代男爵を買いたい」ということだろうと考えた。


 それならばなにも悩むことはないと代官室まで通すことに決めた。実際こういう話は年に何度もあるが、そういった陳情はたいてい認められた。しかも相場を知らないこの男は、相場の倍以上の王国金貨を持ってきたのだ。

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