タカーニョ=ルブラムの憂鬱
紺屋灯探
第1話 私はタカーニョ=ルブラム
私はタカーニョ=ルブラム。旧王家直轄地イッタに続く商家テクトゥム=ルブラムの長男として生を受けた。おそらく、これを読む人には何のことかわからないであろう。私は何の因果であるかこの地に辿り着き、妻と子供たちが待っているだろう故郷へ帰る算段を探している最中である。
現在は、この地に住む商家の家長であるタカユキの恩情で彼の家の屋根を借りて夜露をしのぎ、糊口をしのいでいる。いや。糊口というのは失礼であり、その生活水準は私の故郷の暮らしよりもはるかに良い。望外の暮らしをさせてもらっている。
誰しもそうであるが、文化も環境も違う町で暮らすのは思った以上に大変である。それが従来よりも快適な生活であっても。タカユキ家での日常生活はずいぶん慣れたものの、言葉と文化の違いはいかんともしがたい。
言葉に関しては全く分からないのであるが、なぜか身を寄せているタカユキとの意思疎通だけは不便なくできている。お互い母語でしゃべっているのだが、なぜか私と彼の間だけは話が通じているようである。
お互いに育った環境や名前も似ているので、実はそれぞれの世界で生きていたものの、魂や縁など目に見えぬナニかで繋がっている奇異な存在ではないかと私は想像している。タカユキにそれを言ったら笑われたが。
タカユキからしたら、私が途方に暮れている様子がノンビリと暮らしているように見えるのか「暇だったらタカーニョのことや故郷のことを話してくれよ」と言われたので、乞われるがまま話をした。
その話の中では実家の家業を傾かせた父アウダークスの話がどうやらタカユキの父上と似ておりツボだったらしく、私が話し、それをタカユキが文字に起こしてみることにしたようだ。
私にとっては物心ついてから二十数年の取るに足らない話ではあるが、生活も風習も違うこの町の人々の、なにより身を寄せているタカユキの慰みになるのであればうれしく思う。
なにより今やこの身ひとつしかなく、なにも返せぬ不甲斐ない自分が、家主であるタカユキへの恩返しができる唯一の事であるし、この事実のみが、この町、この世界で自らの存在と我が命を今生につなぎ止める唯一の物であるように思えるのだ。
私は読み物を読むことは好きだが、書くものと言えば帳簿をつけることしかできず残念ながら文才はない。そもそも私の故郷では、本は贅沢品であり庶民が本を読む機会はほとんどない。見たことがあるのは近くの教会の絵本くらいである。それも我々が触ることは許されず司教様やシスターが、手に取り朗読するのを聞くだけであった。
ただ、そのような環境ながら我が家は商家だったこともあり、幾許かの本はあったが。くわえて、この町・この世界の読み物の形式など知らないので1人語りになってしまうのは申し訳ないところである。
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