第9話 テクトゥム=ルブラム家の争続④

 そういった事情で、テクトゥム=ルブラム家は総資産のおよそ6分の1をクレクトの弟アパテナオスに強奪されたのである。


 家令ティモンはこの強奪の裏に掛屋ウィリディスが絡んだのを知ってすぐに手を引くことを選んだ。いや、選ぼうとした。


 争えば幾許かの土地は取り戻せるだろう。しかし動産はもう売却されているという情報はもたらされていたし、土地に関してもテクトゥム=ルブラム家の印章を使われ「クレクトの弟アパテナオスに譲渡する」旨の契約書を作られていた。なにより、すでに代官が億単位の金で買収されていた。これをひっくり返すには買収の証拠を探すか、さらに高額の金で買収し返すか……しかない。


 しかし、証拠を探そうにも司直はすでに代官の手の内であるし、さらに高額で再買収を持ちかけても今回は金だけ奪われる可能性がある。なんといっても相手はイッタで有数の悪党掛屋ウィリディスである。正論と情けで商売をしてきたテクトゥム=ルブラム家が相応の実力を持つ当主なしに立ち向かえる相手ではなかった。


 しかし、これを是としない人物がいた。クレクトの娘フラセとセーリクス。そして父アウダークスである。ただし、手を引くことに反対した思惑は違う。テクトゥム=ルブラム家直系のクレクトの娘フラセとセーリクスは純粋に家督と遺産を継ぐ権利があった。


 奪われた物の中に思い出の品が、そして思い出の土地があった。それを取り返そうとした。そのためにあれほど嫌っていたフラセの娘である母トレランティアの夫である父アウダークスを立てたほどなのだから。


 家令ティモンは無駄だと思いつつも職責を全うすべく、正統な後継者であるクレクトの娘フラセとセーリクスの意思に従った。


 ダメもとでクレクトの娘フラセとセーリクスが執着を見せる父祖の勲章や下賜された物を追うが掛屋ウィリディスがクーメの商人に売り、その商人がイッタから北北西に六十キロメートルほど離れた港町ラートゥムで海を挟んだ隣国リンピオの貿易商に売ったところまで追えたが、ティモンをしてもそこまでだった。


 このリンピオの貿易商はすでにリンピオに向けてラートゥムの港を出港していたのだ。そのことを家令ティモンから聞いたクレクトの娘フラセとセーリクスは膝を折り、互いの肩を抱き合い三日三晩泣き明かしたという。


 クレクトの娘フラセとセーリクスはこの事実をもって、家令ティモンにこの件に囚われることなく通常の業務を継続するよう指示した。このため家令ティモンの差配によってテクトゥム=ルブラム家は立ち直るかに見えた。


 しかし、この件をこれで納得しなかった父アウダークスが声を上げる。「直系男子がいないならば孫娘の娘婿である自分がテクトゥム=ルブラム家の当主である。当主として盗っ人に1アウルムたりともやるわけにはいかない。争って全部取り戻すべきだ」と。父アウダークス28歳の時であった。

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