第6話 テクトゥム=ルブラム家の争続①
父アウダークスと母トレランティアが結婚してすぐの頃。およそ三十五年前、二代前のテクトゥム=ルブラムの当主クレクトは、長女の婿ピウスとともに戦争へと出征していった。
普通であれば爵位持ちとはいえ商家テクトゥム=ルブラム家からは戦争に出る者はいない。地盤の経済を回す方が大事だからだ。しかし、三十五年前の戦争は王国の存亡を左右する大きなもので、旧貴族は一代男爵も含めて剣やワンドを握りしめて戦場へと向かったのである。
クレクトはその戦争に一代男爵としてイッタ近郊の義勇兵をまとめた一個中隊ほどを率いてピウスとともに出征し、南方の海戦で散った。山の中の盆地で生きる人間が海戦をしなくてはいけない状況とは、いったいどんなものかと思うと私には想像できない。
しかしクレクトの義理の子ピウスは残存兵を上手くまとめて運よく帰投することができた。しかし、ピウスはその時に受けた傷がもとで病に伏せ、イッタに戻って間もなく病死している。
この時点で、商家テクトゥム=ルブラムを承継しうる男子はいなくなった。ピウスはクレクトの娘フラセと結婚していたけれども子はなかった。商家テクトゥム=ルブラムの血を引く者は、クレクトの娘でありピウスの妻フラセと、フラセの妹でクースーのシルワ家に嫁いでいたセーリクスの姉妹だけになってしまった。
そのとき、クレクトの弟アパテナオスは商家テクトゥム=ルブラムの乗っ取りに動いた。アパテナオスはクレクトの屋敷や店に乗り込んでくると、クレクトとピウスを失い失意に沈むフラセの前で、従業員が止める中、商売や土地の権利書をはじめ、下賜された剣や勲章、ほかにも家宝や様々な財産を運び出してしまった。
気の利く従業員が早馬を出し、クレクトの娘でありフラセの妹であるセーリクスに連絡を取った。セーリクスには二人の娘がおり、フラセの長女である私タカーニョの母トレランティアの夫である私の父アウダークスに交渉の白羽の矢を立てることになる。血縁に男子がいないための苦渋の選択であった。
母トレランティアと父アウダークスが10日ほどしてイッタに戻ったときには、クレクトの弟アパテナオスによる強奪はおおよそ済んでいた。というのも、クレクトの弟アパテナオスが乗り込んできた初日の午前中こそ家令ティモンが不在のためテクトゥム=ルブラム家は対応できなかったものの、その日のうちに家令ティモンは市の警備課への強盗犯罪の申し立てだけではなく、初日の夕刻には用心棒を雇い、自宅、店、蔵の警備を厳重にしたからであった。
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