第23話 一代男爵になりたい父アウダークス⑧
「俺にも時間がないんだ。だからこうやって来ている」
「もういいでしょう。このままでは話は平行線です。
我々も公務がありますので時間はないのです。
なにかあればすぐに市民から給料泥棒と言われますからな。
私どもは『この金額』ではすぐに『爵位をくれ』と言われて・・・」
「『すぐに』ではない。今日くれと言っているのだ・・・・・・」
「それは・・・。なんともはや・・・。
でしたら、なおさらそのようなことを言われましても市民になったばかりで、この市の重鎮に知己もいない。そして貢献した実績もないあなたに『爵位を差し上げる』ような対応はできかねます。と、そう言っておるのです」
両の拳をギュっと握りしめ、血走った眼で自分を睨みつける父アウダークスを前にして、代官アスカールは「そろそろ潮時だ」と思った。父アウダークスに最後通牒を突き付ける。
「さぁ。その革袋をもってお帰りなさい。
テクトゥム=ルブラム家の『家令は非常に優秀』な男です。このようなことに店の金を出さないでしょう。おおかたそのお金は義母フラセさんとその妹セーリクスさんあたりのお金ではないでしょうかな? それともあなたの妻である母トレランティアさんのでしょうか?」
「これは俺の金だ!」
「あ。そうでしたか。いやいや。他人の金の出所を詮索するなどこれは大変失礼いたしました」
「ただね……」と代官は続ける。
「その金が誰の金であれ、自分の『爵位を買うのに他人の金を使い』なさんな。返しておあげなさい。その額はつい先日まで『平民』の『薬師付きの薬売り』だった三十ソコソコの人間が稼げる金額じゃない。
あなたがその金を自分の金だと言い張るならそれでもいいでしょう。ただね、どうやって用立てたのかわからない、そのような大金を市庁舎に持ち込んで、『爵位』や『貴族』というものがどういうものかわからないまま金を出して買おうとする。
それは商家の者としても爵位を持とうとする者としても『ふさわしくない』。そうふさわしくないのですよ。うん。全くもってふさわしくない。全くもってスマートなやり方ではない。
それだけの大金を動かすには私にそう言わせるだけ『経験も実績も足りない』のですよ。あなたは。そのような大金、『今のあなたには分不相応』ではありませんかな」
父アウダークスは代官アスカールの言葉を最後まで聞かずに、顔を真っ赤にして憤怒の表情で立ち上がると革袋をもって退出していった。さしもの父アウダークスでも、ここで代官を罵倒したらどうなるのか、そしてこれ以上の悪印象を与えると目標を達しえないことくらいは分かっていたようである。
すでに印象は最悪ではあるが。代官と秘書たちは肩をすくめて政務に戻っていったのだった。
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タカーニョ=ルブラムの憂鬱 紺屋灯探 @ilpalazzo
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