第12話 父アウダークス襲来③

「それともお前らは強盗が入れば、テクトゥム=ルブラムの……

 俺の資産を『ハイどうぞ』と差し出すのか! バカか! テクトゥム=ルブラムにはバカしかいないのか?

 それじゃ、お前らがあいつら強盗の手先じゃないか! それとも裏で繋がって乗っ取る気か?」


 なぜ悪党である掛屋ウィリディスが今ものうのうと市の顔役のような地位にいるか。なぜテクトゥム=ルブラム家に長年仕え賢明な家令であるティモンが諦めたのか。なぜ市の調停課は動かないのか。司直の手は動かないのか。父アウダークスには分からなかった。


 商家でいながら貴族の待遇を受けるテクトゥム=ルブラム家の資産も名誉もすべて自分のモノであると思っているバラ色の未来以外のことは父アウダークスには分からなかった。特に現状を分析する力と他人の気持ちや立場・思惑への想像力が決定的に欠けていたのである。


「家令ティモンさまは・・・」


「うるさい! だまれ! 平民が口答えをするな!」


 家令ティモン直属で一番の古株の番頭が堪らず声を上げるが、父アウダークスは机の上で山積みとなった書類を番頭の方に手で払いのける。番頭は家令ティモンを見ると、家令ティモンは力なく首を横に振った。


 番頭は父アウダークスと家令ティモンの間に入ろうと上げかけた手を宙で止め、呆然と眼を見開き停止する。それを従属の意思と見た父アウダークスは続ける。


「今までは甘い当主の下で、甘ちゃんな仕事してればよかったかもしれんがな!

 俺が当主になったから、今までみたいにそんな甘いことは許さんからな!

 1ラウルムたりともテクトゥム=ルブラム家が、俺が損することは許さん。

 それがイヤなら出て行け! 俺の前に姿を見せるな!」


 事務所は静まり返り、野次馬のひそひそ声と外の喧騒だけが聞こえてくる。父アウダークスは事務所をぐるりと半眼で見回すと、居合わせた従業員と小作人の怯えた眼の色に満足したのか、新しい煙草をくわえる。


「おい! 女! お前なんでボーっと突っ立ってんだ!」


 机の上にあった高価なガラスの灰皿をつかって机をバンバンと叩くと何度目かで灰皿が割れる。手に残った一片を目に付いた従業員に投げつけると足に当たったその従業員はしゃがみ込む。押さえた手の端から血がにじんでいた。

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