第12回「装う」:ある夫人の告白

 着飾ることに、いつまで経っても慣れなかった。あの人の手を取るに相応しい装い、相応しい振る舞い。

 隣に立つ立場は手に入れられても、それに適した言動までは一朝一夕には手に入らない。


「気にしなくていい。君は君らしくありさえすれば」


 あの人はそう笑ってくれるが、世間の目は許してくれない。


 せめて外側だけでも取り繕わないと。


 でも腰を絞り、踵の高い靴を履き、長い裾を翻して歩くことに抵抗があった。


 全て脱ぎ捨てて、故郷の草原を走り回れたら。家族同然だった動物たちの世話をできたなら、どんなに。



 たとえ愛する人と結ばれても満たされないことを知ってしまった。

 もうあの人の妻を装えなくなってきていることに気付いてしまったのだ。




【了】

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