第15話 4−2−2 悪意の暴発
結局、俺はまたイチャモンを受ける立場になった。それも仕方ない、と受け入れるのは簡単だ。要するに今まで通りということだから。
「おい、ギルフォード。ちょっと来い」
昼休みに呼ばれるのは初めてだった。今度は見た覚えのない男子生徒。同じクラスの人間ではなかった。イーユに断って彼らについていく。同じ学年かも怪しい生徒だが、呼ばれたら応じなければならない。
それが一応でも侯爵家に属する人間の務めだ。それもこの五年で終わりだと思えば乗り越えられる。三人の生徒に連れられて人目が残る中、移動中は無言でただついていく。
俺を見る周りの目は、怪訝なものだ。俺が妾の子であり、侯爵家でも疎まれているとわかって良い目線をくれる者は皆無。その上イーユや聖女様から話しかけられ、そんな綺麗所を手篭めにしているのではないかという不名誉な噂も流れている。
聖女様は異世界の人間だからともかく、イーユが貞淑ではないという噂が流れるのは忍びない。彼女が俺に話しかける理由のほとんどは魔法に関すること。実利的な話ばかりだし、周りは俺たちの魔法理論の内容についてこれない。
そんな、学業にも密接する内容を話しているだけなのに要らぬ誤解を招くのは心苦しい。そもそもルサールカがいるのだからそんな事態にはならないと何故気が付かない。彼女たちの怖さがまだ浸透していないんだろう。
あとは、そう。俺を虐めていた人間がことごとく妙な目に遭い、その内三人ほどが退学した。
今回のように、こうして目立つように手を下すような者は久しぶりだ。
校舎から出て、敷地内でも林の多い方へ向かう。林の奥は魔法の演習場があるだけだと思ったが、そこへ連れていかれるのだろうか。そこで魔法の的になれとか、そんなところだろうか。直接手を出してくるつもりなら、また『不運』の魔法を使うだけだ。
だが、彼らは演習場を無視して更に奥へ向かう。この先には何があっただろうか。学校の中をそこまで散策したことがないから、入学案内に書かれていた施設のことくらいしかわからない。
放課後に解散した後は深夜まで出掛けていて、帰ってきたら寮の部屋で寝るだけだからな。学校は卒業認定さえくれれば良いと思って、そこまで施設とか重要視していない。
林の奥へ、奥へ。これ、物理的にも午後の授業に間に合わないんじゃないだろうか。
そして辿り着いたのは、いかにも使っていませんという見た目の、ボロボロの洋館。三階建ての古臭い建築様式で、なぜこんな場所が敷地内に残っているのか不思議に思うほど老朽化が進んでいる。
「入れ」
ギシギシと鳴る扉を開いた男子生徒がそう促す。閉じ込める気だろうか。物理的に閉じ込められるだけなら魔法でどうにでもできる。
だから無警戒に、俺は中に入っていく。
中に入ると予想通り扉を閉められた。だけど意外なことは、連れてきた三人も中に入ったことだ。ただ閉じ込めて終わり、ではないらしい。
「埃だらけだ。こんな場所に連れてきて、何の用だろうか」
「この色情魔が。どんな魔法を使って彼女たちを誑かした?国賓たるイーユ様とナルセ様がお前なぞに声をかけるはずがないんだ。お前は、悪魔で人間に化けているんだろう?」
「またそんな内容か。誰も彼も同じことしか想像できないなんて、いっそ君たちの脳を覗いてみたい。どうすればそんな共通認識が産まれるのだろうか」
「お前が女性に好かれる人間だと思っているのか⁉︎お前の人間性に問題があれば、お前が人外だと考えるのは当然の帰結だ!」
なるほど。
確かに俺は女性に好かれるような人間じゃない。身分も正しいものじゃなく、こうやって目も隠している。それにクンティスも認める禍罪だ。こんな疫病神としか思われない子供を好く人間なんていないだろう。
イーユとリリアーヌ嬢は純粋に知識を求めて。聖女様は、おそらく自分の故郷にいた人間に近しいからという好奇心と、塗り替えられたその性格から。
それ以外の女性は俺を疎んでいるだろうから、彼の言も正しい。
そうすると、俺が彼女たちに何かしたのだと誰もが思うという。
いや、してないけど。
魅了の魔法も知っているが、使ったことがない。クンティスがくれた魔導書は正しくこの世界の魔法全てが記されていて、できないことを探す方が難しい。俺にも適性があるから何でもできるわけじゃないが、悪魔種の魔法は何故か適性があったので使える。
まあ、この眼といい人間っぽくないんだろう。
ただ人間もそこまで公正寛大ではないと知っている。彼らがこれからやろうとしていることを考えたら人間じゃないと言われても別に傷付かない。
「なるほどなるほど。ちなみに俺のことを色情魔と呼んだが、数々の淑女を口説こうとする貴族の者も色情魔になるのだろうか?」
「貴族の華を愛でるのは男として当然だろう!貴族たる者、優秀な後継を残さなければならない。相応しい女性を探す行為と、貴様のソレを同一に語るな!そもそも貴様は、断じて貴族ではない!」
なるほど、身分の問題だったか。
そして貴族ならばそのような行いも許されると。むしろ推奨しているような言い分だ。彼らがどのような立場の人間か知らないが。
彼らは随分良い身分らしい。
しかし俺は口説いていないのに色情魔で、口説いている貴族の男は家のための当然の義務ときた。
人間の心は、考えは。複雑怪奇だ。
「そうやって理由を考えなければ弱者を攻撃するキッカケも掴めないと。素直に言えばどうだい?家柄だけの、正統な血統ではない者が見目麗しい姫君と仲睦まじく会話に華を咲かせていることが気に喰わないと。自分にできないことをしていることが気に喰わなくてこのような短慮な、とても高貴なる者が行うとは思えない愚行を犯すと。──貴族と嘯って見せても、所詮は獣畜生か」
「貴様ッ⁉︎青き血を引く我々を、事を欠いて獣畜生だと!本性を著したな、この下種が!」
この程度で逆上する。そんな自称青い血の持ち主たちは掌をこちらに向けて怒りを込めたマナを魔法式に注ぎ込んで、放つ。
中級魔法、ロックランスとウィンドショット、アシッドスプレッドが前方から放たれる。岩石でできた人の腕より太い槍が。螺旋を描きながら貫通力を高めた風の暴威が。酸でできた水流が飛んでくる。
そして
中級魔法は人間を簡単に殺せる威力の魔法区分だ。それを四つも受けたら流石に死ぬ。だから咄嗟に分解魔法を小声で唱えて四つの魔法を身体の表面で消し去り、魔法が当たったかのように適当に吹っ飛んだフリをした。
マナを隠せない人間が隠れていたところで、俺には丸わかりだ。奇襲をしたかったらマナを偽るか消す術を身に付けてからにしろ。
それにしても今回はだいぶ殺意が高い。今までは流石に殺したらマズイと本能がセーブをかけていたようで初級魔法で襲われるだけだったが、今回は死んでしまっても構わないという魔法の使い方だ。
襲撃が成功したと思ったのか、後ろからカツカツと靴音を鳴らして近付いてくる誰か。俺に息がある事を確認して舌打ちをしていた。
「バケモノめ……。中級魔法四つ受けて生きているとは。これまでも執拗な辱めを受けながら生きた耐久力だけは常軌を逸している」
この声を聞いて、首謀者がわかった。いや、派閥が、と言うべきか。
この男が主犯なだけで、そのトップがこの事態を起こしたかどうかまではわからない。自白してくれる事を願って聞き耳を立てよう。
後ろから近づいてきた男──第二王子の護衛を務めるパーサー・フラングトンが忌々しげにこちらを睨んでいた。
俺を連れ出した三人は第二王子派閥でも替えが利く程度の立場だということ。今回の聖女降臨の後から支援をし始めた弱小貴族か、長年勤めてきたが落目になってきている家の子供だろう。
「聖女様に近寄るゴミムシが。おい、こいつを縄で縛れ。迷宮へ突き落とす」
「はい」
王子殿下の非公式婚約者と接触していたのが悪かったのか。そんなに独占したかったなら学園に編入なんてさせずに王城で飼っていれば良かったのに。学園内でも首輪でもして所有権を誇示するか、指輪でも送っておけ。
公表もされていない婚約者が暴走しているのを、俺のせいにするな。俺からは何もしてないんだから。
俺の手足に縄がかけられて雁字搦めにされる。迷宮、なんて全く聞かない名詞だ。そんなもの遥か前に廃れたと思ってたけど、その残りがこんな廃墟と繋がっているのだろうか。
俺はそのまま汚い物でも触るように乱雑に担がれて、この洋館の地下へ繋がっていると思われる長い階段を降っていき、見事な意匠が彫られた扉を開け放たれた先の暗闇へ、投げ飛ばされた。
「そこで迷宮と共に朽ち果てろ。我が敬愛する殿下を穢す害虫め」
パーサーのその言葉と共に、扉が閉められる。
あの敬愛というか、忠節はむしろ常軌を逸していないだろうか。
そんな事を思いながら、俺の視界は黒に支配された──。
とはいえ、解決方法はあるんだけど。
「『我等を等しく照らしたまえ──フラッシュライト』」
初級の光魔法だ。これくらいならすぐできる。光の攻撃魔法は熱心なイズミャーユ教じゃなければ使えないが、攻撃魔法じゃなければ使える者も多い。まあ、やはり個々人の適性次第ではあるんだけど。
俺の適性はそこそこオールラウンダーらしい。悪魔種の魔法にまで適性があるのは幅広すぎないかと思ってしまうが。
俺の周囲に浮く光球がランプの代わりになって辺りを照らしてくれる。投げ飛ばされたせいで身体が痛かったが、それは床が石畳だったからだ。
無詠唱で風の魔法を使って縄を引きちぎる。そのまま出入り口の扉に近付いて開けようとするがこちらからはうんともすんとも言わない。向こうから施錠されたんだろうか。
なら進んでどこかに出る事を祈らないといけないんだが、なにせ迷宮だ。迷うための場所でどんな危険が待っているかわからない。
魔物もいるんだろうか。地上にもいるのなら、この迷宮にもいそうだ。そんな危険な場所が学校の敷地内にあるなんて不可思議だけど。
「……問題は食料かな?どれだけ広いかわからないし、水は不味いけど魔法で我慢するとして、とにかく早いうちに出ないと」
問題点はその一点だけだ。魔物も多分大丈夫だと思う。
俺を襲ってきた三人には例の如く『不運』の魔法をつけておいた。後はさっきのこと以外の彼らの日頃の行い次第だろう。どんな末路を迎えてくれることやら。ああ、愉しみだ。
……おっと。こうやって嗤うのはイーユに禁止されてたな。無意識に愉しくなっちゃうのは我慢しないとまた怒られる。それに彼女の悲しそうな顔は見たくない。
この扉以外の脱出経路を探すために歩き出そうとする前に、俺の眼がある者を捉える。
その方角へ向くと、俺にとって特別なものはこの眼だけではないのだと理解した。
『まさかこのような迷宮がこの国にあるなんて……』
『ルサールカが産まれる前にわたしが攻略しましたからね。別に大したことがなかったのであなたのお父様も報告しなかったのでしょう。わたしも学園と繋がっていることなんて知りませんでしたから』
ちょっと不鮮明だが、聞き覚えのある声が聞こえた。何でここにいるんだ。
そう思って声がした方向と、マナが見える方角へ歩く。
「……イーユさん。ルサールカさん。こんなところで何をしてるんだ?」
『莫迦なっ⁉︎完全不可視化と静寂の魔法は機能しているはず!特殊とはいえ、人間にこれが見破れるはずが……⁉︎』
『あー、ルサールカ?もしかして彼の特異性はマナに関することなら全て見破れるのでは?』
「悪い、二人とも。声もバッチリ聞こえてる。姿ははっきりしないけど、マナのおかげでどこにいるかはわかる」
俺が言うと、観念したのかイーユとルサールカが出てくる。魔法を解除したようでバレたことが悔しかったのかルサールカは目線を逸らしながら舌打ちし、イーユは悪戯がバレたようにタハハと笑っていた。
「ごめんなさい、ギルフォード。第二王子の側近が動いていると聞いて居ても立っても居られなくて。……また無抵抗で、しかも今度は迷宮へ投棄ですか」
「投棄とは言い得て妙です。ここで朽ちることを望まれたんでしょう。失踪とかになれば彼らは自分の身分を気にしなくて済む。それに俺には捜索届けなど出されないでしょうから」
「わたしやリリアーヌさんなら出しますよ?わたしたちを嘗めないでください」
「……ありがとうございます。こうして直接来ていただいたので、その言葉は疑っていません。リリアーヌさんも、何かしら動きそうなのは容易に想像できます」
リリアーヌさんは多分、初めてできた友達らしいから言動をセーブできないんだろう。だから過剰に俺たちを気にするんだろう。俺も初めての友達だから距離感とか上手く掴めないけど、リリアーヌさんよりは冷静に動いてると思う。
「イーユさん。この迷宮を攻略したことがあるって言ってましたけど、出口はちゃんとあるんですね?」
「ありますよ。魔物の強さも外とあまり変わりません。ちょっと迷いやすいくらいで、別段難しいダンジョンではないですよ。……わたしが攻略したことを疑っていないんですか?」
「疑うわけないじゃないか。だってイーユ、
俺が確信を持って言った言葉に。
ルサールカはこれまでにないくらい目を見開いて。
当の本人であるイーユは女神としか思えない笑みを浮かべて、頷いていた。
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