第16話 4−2−3 悪意の暴発
迷宮を攻略する前に、話をしようということでルサールカが物質創造の魔法を使って椅子を二脚用意する。イーユの椅子は豪華絢爛でとても大きな物だったが、俺の椅子は素朴な普通サイズの物だった。
俺を差別しているんじゃなくて、これが彼女にとっての普通の価値観なのだろう。
というか、物質創造の魔法って分類は超級なんだが。もう彼女は隠す気がないんだろう。俺が決定的な単語を言ってしまったがばかりに。
俺とイーユが座り、ルサールカはイーユの椅子の隣に控える。俺が何かした際対処するために後ろではなく横に控えているんだろう。
「さて、お茶はありませんが話し合いといきましょう。ギルフォードもごめんなさい。こんな場所で足止めさせてしまって」
「いいえ。それこそ迷宮なんて秘密の会合にうってつけでしょう?」
「それもそうですね。それじゃあ直球で聞きます。どうしてわたしが魔王だとわかったのですか?」
回りくどいことを言わず、本題にすぐさま入った。ルサールカはすぐにでも問い質したいようだ。イーユはバレてしまっては仕方がないとでも言うようにのほほんとしていたが。
俺としてもバレバレだったことに今更口を紡いだりしない。それにどうやら本当のことを言っても殺されることはないようだ。
イーユが魔王だとわかってからも、あまりにも友好的すぎてこちらを害することがないだろうとわかったからカミングアウトした。いや、ルサールカはブチギレ寸前だな。イーユのマナは穏やかなままだけど、ルサールカの方はマナに憤怒の感情が籠っている。まるで今まで俺を害してきた人たちのようだ。
ルサールカは怖いけど彼女もイーユの命令なしに、衝動的に俺を殺そうとしないだろう。そこまで短絡的でも、イーユへの忠誠が甘いわけでもないはずだ。
「まず怪しんだ理由ですが、ルサールカです」
「……私の所作に問題があったのでしょうか?メイドとしても一流だと自負しておりますが」
ルサールカは何が問題だったのかと問うが、俺からすると一目瞭然だった。だから彼女の検討違いな問いには、彼女の思考回路が伺えるものだった。
彼女たちのような絶対者からすると、人間にバレるはずがないという自信からくる驕り。いや事実、俺以外にはバレていないのだから彼女たちの認識も間違っていないのだろう。メイドとしても一流なのは事実だろうから。
侯爵家の人間として認める。彼女は従者としては完璧に過ぎる。老齢な使用人よりもよほど洗練された技術を身に付けている。
そしてそこらのメイドよりもよっぽど貴族社会に精通している。エルフの国から出たことのない二人が人間のことを知りすぎていることも疑問点だったが、これは言わなくていいだろう。誰も指摘していないし、どうとでも言い繕える事柄だ。
だから、俺だけが気付いた真実だけを口にする。
「すみません。俺はハーフエルフのルサールカさんの姿を
その言葉にルサールカの擬態に罅が入り。
イーユは小さくパチパチと拍手をする。
「──素晴らしい。あなたの眼は超級魔法による認識阻害と幻術も見破ってしまうのですね。では他に気が付いたことは?」
「イーユさんが隠している、と思う膝の上の黒猫。誰も指摘しないけど、ずっと側に居るよね」
「クロのことも見えていますか。ええ、この子はわたしの使い魔です」
イーユが初めて、俺の前で黒猫を撫でる。ずっとイーユに、リリアーヌさんの不死鳥のようにくっ付いているのに誰も何も言わないから見えていないんだなと判断した。
しかし、あの黒猫に内包されているマナの量も尋常じゃない。使い魔なのに俺以上のマナを持っているなんて。魔王って凄いなぁ。
「でも、ルサールカが悪魔で、この子を隠しているだけでわたしが魔王だって繋がりますか?例えばわたしが悪魔と契約した人間かもしれないでしょう?」
「そこはルサールカさんの態度から主従が逆はあり得ないと判断したよ。それにイーユさんのマナもおかしい量だ。その性質も。エルフの中でも特殊なのか判断できなかったけど、最上位悪魔を連れてるなんて魔王としか考えつかなかったからさ」
「──ルサールカの前なのに、仮面が外れていますよ?ギルフォード」
答え合わせをしていく内に、イーユが笑顔で指摘をする。
今を生きている人間の中で、彼女にしか見せていない仮面の内側。それを見せてしまっていた。
別に今更かと、思ってしまう。いつか誰かに知られてしまうこと。それにイーユが知っていれば、部下のルサールカを始め魔王軍には知られてしまうだろうから。
この弱い自分を出しても、彼女たちは人間の枠組みにいない。人間社会を生き抜くための仮面は必要ないのだから。
「本性を見せたところで、とって喰われるわけでもないですし。……食べないですよね?」
「さあ?どうしましょうか」
「イーユ様⁉︎」
「すみません。ギルフォードの怯えた目が可愛くてつい。……でもわたしとしては。その弱った姿を別の女の子には見せないで欲しかったなあと思います」
そんなこと言われても。そもそも俺はルサールカを女性として見ていないのに。女悪魔だということはわかっていても、その種族が最上位悪魔で、しかも実力は向こうの方が上だと推測できる。
何かしたら殺されるかもしれないという恐怖を抱きながら女性扱いなんてできない。特にイーユ関連で怒らせていそうだし。
彼女に至っては人間じゃないと視覚が訴えてくるために心の中では敬称を付けることはできなかった。関連してイーユの正体も結び付いて、彼女も心の中で敬えなくなった。
「俺の仮面なんて、そんなに大事?」
「わたしは知っているので特には。でも異性としては、ダメだなぁと思います」
「異性なんて周りにほぼいないんだけど……?いや、同性も全然いないけどさ」
「わかりましたか?ルサールカ。ギルフォードのダメなところ」
「えぇ……。人間社会に疎い私でもわかりました。この男はダメです。イーユ様のそばにいることを尚更認可できません」
「あら、藪蛇でしたか?」
二人は何か通じ合ったのか、溜息を二人してついたり、やれやれとでも言いたげに首を横に振ったり。
俺の何がダメなんだろう。特に異性にとってはダメな部分が多いらしい。
とはいえ俺が関わってきた女性なんて母さんと妹、あとは一部の使用人だけで、それ以外となると関わったことを思い出したくないレベルの関係だったか、この学園に入ってからできた関係だ。
そこまで濃密に関わっていないせいで、正しい人間との交流がわからない。経験値が足りな過ぎる。
目の前の二人と比べたら、人生経験が圧倒的に足らなくて見ていられないと感じるのかもしれない。
「まあ、ギルフォードのダメな部分は今後の改善点ということで。ダメな部分がある方が、ヒトとして愛おしいですし」
「……そういう発言が、イーユを魔王だって確信させたんだけど?」
「え?……今のはギルフォードしかいないから隠そうとしていませんでしたけど、そんなに疑うような発言が多かったですか?」
「まあ、割と。リリアーヌさんたちは気付いてなさそうだったけど」
「御身から漏れ出る、隠しきれない王気で御座います。流石は我らが王。この人間もそれを感じ取るとは、見所があるという証左でしょう」
イーユは隠しきれていなかったことにショックを受けていたが、ルサールカはそんなイーユに一層の忠義を捧げるかのように恭しく右手を胸に当てて礼をしていた。
ルサールカはそれでいいのか。俺のこと嫌ってた割には評価してきたけど。
でも、ルサールカさんに同意できるというか。イーユは王というか統率者に相応しい品格がある。言葉も確かに上に立つ者の目線に即したものだとは思った。無意識からそんなオーラと言葉が出ているのなら、産まれながらの絶対者なんだろうな。
「雰囲気とか、そこらの貴族や王族にも勝るほど神秘的だからわかる人はわかるかも。……でもまさか、エルフのイーユが魔王だとは思わなかったよ」
「ぇ?」
「この場合エルフが魔物を統一したのかな?それとも魔王軍というのがそもそもエルフの軍隊の名称だったり?その辺りの実態ってどうなってるの?」
「……ギルフォード、いきなり遠慮がなくなってきましたね。まあ、わたしとルサールカの前だけにしてくれるとありがたいですけど。ギルフォードも背中から刺されたくないでしょう?」
「刃物どころか殺傷性のある魔法で狙われるけど?」
「そうでした……。ギルフォードにとって危ないことは日常茶飯事なんですね……」
どこかイーユが呆れたような声を出す。疲れてるっぽい。
けど仕方がないじゃないか。俺は産まれからして危ないことは決まってたんだから。今更刃物で刺されるくらいなんてことない。
いや、実際やられたら怪我をするけど。回復魔法は使えないから面倒なことになる。でも経験済みなことを今更警戒するのもなあ。
「……わたしは、初めから魔王ですよ。エルフであることはおまけです」
「へー。エルフの国での扱いは、やっぱり王族なの?」
「特別外部顧問、という立ち位置ですね。内政にも口を出せますが、基本は部外者です。王族の肩書きだけ借りて、こうしてここに来ていますが。エルフの国が魔王軍の属国扱いなので結構好き勝手させてもらっています」
「王族じゃなかったのか……。あ、でも魔王だから王には変わらない?」
どっちにしろ王だ。
それにしても興味深い話ばかりだ。魔王軍がまるで一つの国のように形成されていてエルフの国を属国にしているとか。イーユが色々エルフの国に口を出せるようだから実質王族より偉そうだとか。
「エルフの王族を選ぶ話ってやけに具体的だったけど本当の話?」
「ええ、本当ですよ。だから皆さん、わたしを王に担ぎ上げようとしてきて……。物理的に無理なんですよ、二つの国の王なんて。書類仕事で忙殺されちゃいます。今も魔王軍の書類関係だけでヒィヒィ言ってるんですよ?」
「しかしエルフの言い分もわかります。イーユ様以上の方などいないのであなたに統べて頂くことこそ至上の喜びだということは、我ら魔王軍一同も同じですので」
「ルサールカまで……。あなたは小さい頃からあなたのお父さんに洗脳教育のようにわたしの素晴らしさとかを詰め込まれていたでしょう?その弊害で過剰に思っているだけですよ」
「そんなことはありません。むしろ素晴らしい教育かと。全ての知的生物に普及すべきことかと進言いたします」
「やっぱり親子だぁ……」
ルサールカの忠誠にゲンナリするイーユ。王は王で大変そうだな。
俺はこの国の王族しか知らないから単純な比較なんてできないけど。この国の王族も政治を取り仕切るから大変なんだろう。第二王子を見てると学校生活楽しんでるだけで全然大変そうに見えないから不思議だ。
なんかなぁ。学校でも第二王子のあまり良くない噂が流れ始めている。俺と同じで、今は俺と第二王子、聖女とイーユ、あとはリリアーヌのことでこの学校の話題は埋め尽くされている。他にも話題になりそうな先輩とかいるのに、ほぼ一学年で話題を掻っ攫うとか。
「話題が大分脱線してしまいましたが、結局わたしを魔王だと確信した決定打は何だったのですか?」
「ああ、聖女降臨の儀ですよ。あの時に確信しました」
「それは、何故?」
「あの場で聖女を召喚した何者か。それを食い殺した三つ首の獣があなたの背後に控えているからです」
ルサールカの何度目かの驚きの表情。諦めたかのようなイーユの溜息。膝の上の猫の鳴き声が一つ。
イーユが柏手を打つと、背後から三つ首の犬が出てきた。体長は俺たち人間の十数倍はありそうだ。こんな巨大な魔物が透明化できるんだから、それだけで魔王軍の凄さがわかる。透明化は簡単な魔法なら中級魔法だけど、音から匂いから全てを認識させないとなると超級魔法だ。
それかあの個体の特殊能力か。魔法が全てじゃないだろうし。
こんな巨体が学園の庭で寝っ転がってるんだから、気付かないって幸せだよなあ。
「そうですか。あの天使を殺した時にローちゃんを見られていましたか。あなたなら聖女を呼び出した者が第二王子ではないとわかっていたでしょうけど、本当に末恐ろしいですね」
「時々嫌になるよ?こんな眼を持って産まれなければ良かった、なんて。母にとても迷惑をかけた」
「特別を嫌うことはよくあります。だからこそ、わたしはあの夜あなたには言えなかった言葉を言いましょう。──わたしたちの元へ来ませんか?ギルフォード。こちらならあなたを特別扱いしません。環境はちょっと特殊でしょうけど、あなたを害する存在はいませんよ」
突然のイーユの勧誘。
あの夜とは聖女降臨の儀の日のこと。父上からの手紙で、中で何があったのかある程度は把握している。お前は学校でイーユに何をしたんだ的なことが書かれていたけど、返信を出していないな。
向こうも返事を待ってるわけじゃないだろうし、別にいいか。
イーユの申し出について真剣に考える。
エルフの国や魔王軍についてはわからないことが多い。それにこちらでできた繋がりもある。それを全て放棄して行くというのは不義理じゃないかと思う。
だから──。
「保留、ってできないかな?人間に嫌気が差したら喜んでそっちに行くよ」
「貴様ッ!見直したと思ったらそんな軟弱な答えを出すのか!」
「ルサールカ、落ち着きなさい。……わたしが知っている限り、かなり待遇は悪いと思いますが。それでも離れられない理由があるのですか?」
「……まだ幼い妹が、心配でして」
「まあ。……妹さんも一緒にどうぞ、と言いたいところですが。それは妹さんにも聞いてみないとわかりませんね」
そういうことだと、頷いた。妹はこのまま侯爵家の娘として何不自由なく生きていける。それでも心配だった。
父上を除いて、今を生きている人間の中で唯一の家族と呼んでいいのは彼女だけだから。
「わかりました。もし限界だと感じたらいつでも言ってください。それとそろそろ迷宮を攻略しましょうか」
「そうだね。こんな薄暗いところは長居したくない」
イーユが立ち上がったのを見て、俺も立つ。もう必要ないと思ったのかルサールカが椅子を消した。
それにしても迷宮攻略とは言え過剰戦力じゃないだろうか。
最上位悪魔のルサールカに超級魔法を使えるであろう身体能力お化けの三つ首の獣。それにイーユ。俺もそこそこ魔法が使えるから、こんなに充実したパーティーで攻略するのは物語の英雄譚以上じゃないだろうか。
いや、俺も禍罪だし、イーユは魔王だから英雄譚というよりは悪の軍団が視察に来ただけのような。
なんて締まらない迷宮攻略だ。
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