第17話 4−3−1 悪意の暴発

 ギルフォード達がダンジョン攻略のために動き出した頃。


 地上では、学園では午後最初の授業が終わっていた。リリアーヌももちろん授業を受けていたが、この授業の時は珍しいことがあり第二王子の従者であるパーサー・フラングトンが初めて授業に遅刻した。


 それはもちろん、ギルフォードを迷宮に叩き落としたから物理的に間に合わなかったのだ。これでも風魔法で移動速度を上げてきたのだが、旧校舎と本校舎は距離があった。


 だが、彼はご満悦だった。自らが仕える主と未来の妻である聖女リナの道行を邪魔する得体の知れない男を排除できたのだから。


 パーサーの調べたところ、あの旧校舎の迷宮はこの学園が創設されて以降、見付かってから百五十年ほど経っているが誰も突破したことのないまさしく難攻不落の迷宮だという。


 複数人のパーティーや、王国騎士団の先鋭たちが挑んでも帰って来ることはなかったと記録された天然か人工かもわからない未知のダンジョン。奈落の底とも呼称できる場所へギルフォードを叩き落としたのだ。


 このダンジョンの存在を知っているのは王族と、それに仕える一部の人間だけ。学園にダンジョンが存在するのはこの迷宮の存在を隠すための偽装工作。そして表で罰せない罪人を秘密裏に処理するための処刑場。


 今回ギルフォードは、王族に仇なす者としてパーサーの独断でこの私刑が実施されていた。こういうことを遥か昔からやっている国でもある。全ては王族が清廉完璧であるために、仕える者が陰日向にサポートしているのだ。


 パーサーも王族のために、第二王子であるガルシャのためにこうして手を血で染める時が来るのだと理解していた。準備をしていた。


 そして実行する時が来たのだ。


 こうして今、一人の人間を闇に葬って、パーサーはどう思っているのか。


 満足に決まっている。これで主を邪魔する者は消えたのだから。そして影の者として一仕事終えて、従者としての仕事を全うできた喜びが支配していた。


 パーサーにとってギルフォードはありえない存在だった。


 王族と国賓が同時に転入してきて、しかも第二王子なんて本来の学年から一つ下げて学園に通い出した。その二人は運命的な出会いをした上に異性同士だ。それはもう、関係性を察するべきである。


 だというのに、ギルフォードは聖女リナに誘われたからといって二人きりになることが多かった。聖女はまだこの世界に来て日が浅いのでその辺りの常識は目を瞑る必要があるが、この世界の人間であるギルフォードは断らなければならない。


 それがこの世界に生きる者としての当たり前。貴族としての生き方。


 だが、それを守らない不吉の象徴たる黒髪の男。パーサーは生理的にも受け付けられなかった。


 経歴を調べれば調べるほど、聖女の側に近寄らせたくない人間だった。禍罪までは調べられなかったが、貴族としては失格なくせに学力だけならそこらの貴族を超越していて、怪しい動きも多いときた。


 そんな不可解なギルフォードを排除できて、仕事への達成感から満面の笑みを浮かべてしまった。授業に遅刻しておいてそんな表情だったので、それを見てしまったリリアーヌとレインは訝しんでいた。


 リリアーヌはなんとも言えない不安が襲ってきたが、ひとまずは次の授業の準備をしなければならない。何かおかしなことがなかったか、放課後にでもギルフォードとイーユに聞こうと考えていた。


(……学校の様子はいつも通り。フェニちゃん、何かおかしなことはありましたか?)


(あったと言えばある。さっき遅刻してきた男が迷宮の扉を開いた)


(迷宮の、扉?……まさか⁉︎)


(誰も見向きしなくなった、太古の試練場。迷宮踏破しても何も得られない、過去の産物だよ)


 リリアーヌはフェニクスと声に出さない念話と呼ばれる使い魔との契約の副産物で内緒の会話をしていた。使い魔と意思疎通のために、契約のラインが繋がっていれば誰でもできるのだが、明確に言語を話せる使い魔は少ないので無用の長者となっている技術だ。


 フェニクスが使い魔だと気付いている者がおらず、誰もが奇妙なペットだと思っているので念話をしているなどと微塵も思わない。一応学校にはフェニクスだということを隠して使い魔登録はしているが、授業中も真面目に講義を受けているリリアーヌがまさかことあるごとに念話で授業中に話しているなんて教師は気付けなかった。


 それだけリリアーヌの授業中の態度は模範的な生徒そのものだったために。


 授業の内容を堂々と右から左に聞き流していることは脇に置いて。リリアーヌはフェニクスに質問を重ねる。


(ずっと側にいたのに、何で遠くのことがわかるの?)


(迷宮の扉は特殊な魔力で封印されてる。……本来、特別な鍵が必要なんだけど。鍵じゃなくて魔力でこじ開けてたから感知できた)


(いいえ、その事じゃなくて……。いえ、その事実をフェニちゃんが知っていることにも驚きですが。パーサーが、迷宮をこじ開けたとして……。開けた人が帰ってきてますよ?凄く嫌な予感がするのですが……)


(その予感、当たってる。誰かを閉じ込めたんだよ。……リリアーヌ、お客さん)


 フェニクスが教室の出入り口を向くと、そこにはリリアーヌがこの学校で数少ない交遊のある人物。イーユと、その後ろにルサールカが控えていた。


 だがこの二人、本人たちが派遣した分身である。術者と全く同じ思考をした、もう一人の自分。それを産み出す魔法で、人類は知らない上級魔法の一つだ。


 リリアーヌを含む教室内の人間が、本人ではないと知らず聖女とは異なるもう一人の国賓の登場に息を飲む。イーユは基本的に他のクラスの人間へ干渉しない。クラスの人間とは関わっても、放課後も寮へすぐに帰ってしまっていると思っているので接点がある者が多い。


 だからこそ、どんな用事があって訪れたのか、そもそも誰に会いに来たのかすら予想ができなかった。国賓であるため、ガルシャ王子が立ち上がったがイーユは教室へ入ることなく従者のルサールカを送る。


 そのルサールカも、立ち上がって近づいてきた王子へ軽くカーテーシをしただけで、本題ではないように横をすり抜ける。ルサールカは王族だとわかっていたため頭を下げただけで、彼のために訪れた訳ではないと知って誰もが再び驚愕した。


 そのままルサールカはリリアーヌの元へ辿り着き、ガルシャ王子よりも深く礼をする。目的の人物はあなたであると周りに証明するために。


 リリアーヌはこのクラスの中で知り合いは自分しかいないとわかっていたために来ることは察していたが、こうも表向きで訪ねてくるとは思わなかった。放課後の関係は秘密の間柄だ。だから前段階の時点で驚いてしまったが、ルサールカが来るまでに平静を取り戻していた。


「リリアーヌ・ケイン・ヌ・ヒュラッセイン様。我が主人が公爵家に用があるとのことでお呼びです」


「……わたくしではなくても、四学年にお姉様がいらっしゃいますわ。公爵家に用となれば次女のわたくしではなく、お姉様を伺うべきかと」


「申し訳ありません。緊急事態です。他学年を訪ねている時間はありません」


「失礼いたしました。すぐにお伺いいたします」


 一応体裁だけは整えた会話を繰り広げる。そして公爵家としての義務を果たした後は王族に従う者として振る舞った。


 リリアーヌはすぐにルサールカに付いていく。レインも付き従い、このまま最後の授業はサボることとする。向かう場所はもちろん第三校舎の角部屋だ。用務員も四人が授業をサボっている事実など知らないとばかりに、鍵を渡す。


 向かい合って一言、イーユは事実を告げた。


「リリアーヌさん。ギルフォードさんが第二王子の側近、パーサーによって迷宮に閉じ込められました。わたしは彼の友人として、彼を救いたいと思います。ですがここはわたしの国ではありません。できることはとても少ないのです。協力していただけますか?」


「フェニちゃんから迷宮のことは聞いていましたが……。公爵家にも伝聞が残っています。テセウスの迷宮ですか……」


「ご存知なのですか?ルサールカに調査させたところ、閉じられた扉を開けることはできなかったそうですが」


「王家と公爵家。この二つで管理する特殊な鍵か魔法でのみ、開くことができます。パーサーは王家の物を使ったのでしょうが……。同じ場所から捜索した場合、わたくしたちが迷宮に呑まれる可能性がありますわ。なにせ難攻不落の、立ち入りを禁止された迷宮ですから」


 この辺りは公爵家としてリリアーヌはしっかりと知識として得ていた。テセウスの迷宮の危険性も、鍵を管理する家の者としてかなり詳細な情報を知っていた。


 そしてパーサーの教室での表情も納得する。つまりは王族による私刑が実行されたということだ。王家に叛意を抱いている者を王家の絶対的権利で裁くことができる。王家を断続させないための措置だが、私刑が無秩序にならないように突発的な場合を除いて王族全体で慎重に検討して実行に移すはずだ。


 しかもテセウスの迷宮を使うとなれば更にヒュラッセイン公爵家にも確認を取らなければならない。しかし、公爵家に身を置く者としてそんな話をリリアーヌは聞いたことがなかった。スペアとはいえ、それほどの大事、大罪人ならばリリアーヌにも話が来る。


 だが、リリアーヌが知らないとなると王家の独断、最悪の場合パーサーの独断だ。独断で封印された扉を開かれたら、それこそ無秩序になる。


 もしもこれが本当にただの私刑であれば。リリアーヌはパーサーを許せそうにない。


「お姉様やお父様に確認を取ってみます。あの迷宮が使われたとなれば、王家にも問い合わせなければなりません」


「お願いします。それにしてもテセウスの迷宮ですか……。わたしも本国に戻って調べてみます。本国になら何か情報があるかもしれません。それこそ、あの扉以外の入り口とか」


「クリフォト国よりも歴史の長い国ですから。お願いいたしますわ。それにしてもエルフの国に帰るとなれば凄く長い期間になるのでは……?」


「時間は大丈夫です。こことエルフの国を転移魔法の移動地点として登録してありますから。調査をしても三日ほどで帰ってこられると思います」


 これは方便ではあったが、実際にイーユとルサールカであればできる。魔法という意味では比較にならないほど上を行っているエルフたちに、リリアーヌは乾いた笑みも浮かべられなかった。


「この後すぐに戻ります。こちらのことはお願いしますね?」


「わかりました。わたくしもすぐに動きますわ。……ローゼンエッタ家には伝えるべきでしょうか?」


「ええ。ご当主はギルフォードさんのことを大切に思っていますから。きっと援助してくださります」


 という訳で、イーユたちはその場で転移を。リリアーヌは姉に事の説明を。


 ギルフォード救出作戦が始まった。

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