第13話 4−1 悪意の暴発
それはやはりというか、起きて当然の出来事だった。
休み時間。いつものようにイーユと話していると、クラスの男子が三人ほど近寄って来た。珍しいことでも、いつかはこの二人で話すという空間も壊れてしまうのだと予感していた。
「イーユ様、申し訳ありません。ギルフォードと話したいことがあるのですが、御前よろしいでしょうか?」
「一々わたしの許可を取らなくていいですよ。わたしたちはクラスメートなのですから。わたしが離れましょうか?」
「いえ、そのような手間を取らせるわけにはいきません。ギルフォード、こちらへ来てくれ」
イーユの迷惑にならないように頷いて男子三人についていく。俺という邪魔者がいなくなったことでイーユの周りにはすぐに人集りができていた。俺のせいでまともに話したことがなかったからだろうけど凄い人気だなぁ。
そんな現実逃避をしながら男子三人についていく。名前は、わからない。家柄もだ。そこまで上位の貴族はウチのクラスにはいなかったはず。俺を隔離するために田舎の貴族とか、庶民で無理矢理クラスを作ったらしい。やったのは我が父親だが。
それを考慮すると、クラスに有力な家の子供はいないはずだ。俺がどんな立場だろうとローゼンエッタ家ということで突っかかってくる相手はいないと思いたかった。
それは、虚しい願望に過ぎない。
連れていかれた場所は講堂の裏。近くには林があって物影になっている場所だ。後ろ暗いことをするには相応しいと言える。
「こんな所に連れてきて、話って?これでは授業に遅れてしまう」
「調子に乗るなよ。妾の子のくせに」
こちらから尋ねると、苛立たしい声色で侮蔑の言葉が返ってくる。もう知れ渡ったか。三週間、よく保った方だと思わなければ。
妾だとわかったら侯爵家の三男でも強い言葉を使えるのか。相手がどれくらいの家の者なのかわからないけど、強く言えるのは同じ侯爵家の者か、リリアーヌ嬢のような公爵家。あとはイーユのような王族だけだ。
侯爵家についても調べてきて、この学年にいなかったことは確認済み。つまり立場は下の人間に侮られているというわけだ。
彼の僅かながらのマナが荒ぶっている。周りの二人も同じく、マナに感情が乗り移っている。
教室の時点でそれだったから、どんな用事かわかっていたけど。
「ローゼンエッタを名乗る資格もないくせに、貴様何様のつもりだ!」
「その家柄を利用してイーユ様を誑かしているんだろう!この汚物が!」
「それとも妾の子ということを話して、同情を買ったのか?イーユ様はお優しいからな!」
あ、そういう切り口。これは斬新なパターンだ。
誰かを傷付けた、悪魔。事象のなすりつけ。それらから発生する罵倒なら覚えがあったが、誰かを困らせているからと罵られるのは初めてだ。
俺の行いで誰かを困らせることは基本ない。下手に出なければ立場が危うかった。なるべく影を薄くして存在感を消し、どこかの隅でじっとしていることが多い俺のことだ。俺の行動で迷惑をかけるようなことはしたことがない。
こいつら、イーユに惚れているのだろうか。あの美貌なら仕方がない気もするけど、無謀だと思う。
彼女、誰か一人の異性を優先するようには見えない。結婚願望もないみたいだし。
「何とか言ってみたらどうなんだ、エェ⁉︎」
「何とか」
「……ッ!バカにしているのか!」
言えってそっちが言ったくせに。
「じゃあ聞くが、そっちはどうすれば納得するんだ?」
「これ以上イーユ様に近付くな!」
「机も椅子も、全くイーユ様に寄せていないが?」
「そういう話じゃない!お前、会話もまともにできないのか⁉︎」
する気がない奴が良く言う。こっちが何を言っても気に喰わないくせに。
俺という存在が気に喰わない相手は、皆こんな目をしてくる。焦点が合っていない。瞳の中に混沌を住まわせている。
今回はイーユを理由にされたが、彼女は悪くない。彼女はいるだけだ。その場にいて魅了されたかのように注目されて、実際行動に移させてしまう影響力は驚くが、彼女がこれを引き起こそうと思ってしていることではない。
行動しているのは彼らだ。彼らがどんな心の変わり様を以ってして動いたとしても、その根幹にイーユがいたとしても彼女が責任を負う事柄ではない。
悪いのは、俺だろう。
いつもいつも、この瞳と髪の色に付随した俺の力が誰かに恨みを買う。今回はただ、イーユに近付く不届き者という攻撃しやすい状況証拠があっただけ。
俺と彼女は、ただのクラスメートなのに。
「彼女と話がしたいのなら、話しかければいいじゃないか」
「お前と話をしているのに、邪魔をしろと⁉︎お前が話を切ればいいだろう!」
「そうだそうだ!彼女を不快にさせるつもりか!」
「彼女の女神の如き優しさを不意にするとは、お前は悪魔だ!」
相手の言い分を聞くのも飽きてきた。
とても自分本位な言い掛かり。そして責任を全てイーユに押し付ける悪辣さ。
言葉の上だけは自分たちが気に喰わないと主張すべきだった。そうすれば体面だけは保てたのに、それを失った愚か者たち。
彼らの次の行動が手に取ってわかる。マナの昂りが目に痛い。
「悪魔はこの手で誅伐する!『確かなる熱を持って其を焼き尽くせ!──ファイアボール』!」
「『風の暴威を知り給え!──ウインドブレス』!」
「『神の恩名の元に、粛正を!──ホーリーアロー』!」
男子生徒たちの掌から火球が、風が回転して圧縮された塊が、矢の形をした光が放たれる。それは俺に一直線に飛び──そのまま吹っ飛ばされた。
防御が間に合わなかったのではなく、受け入れただけだ。
服に火が付く。それは地面に擦り付けることで鎮火させたが、風の塊は腹に受けたし、光の矢は左肩に突き刺さった。
痛いが、叫び声を出さない。そういう声を出してしまったら相手の嗜虐心を刺激して更に過激になるから。それを今までの経験で理解していた。
このまま、相手が納得するまでやり過ごすのが無難だ。特に無気力を装えば反応がなくなってつまらなくなったと飽きて、見逃されるのが早くなる。
「ハハハハハ!お前、本当にここの生徒かよ⁉︎魔法の発動の兆候を見ても何もできねえなんて!」
「無能は無能ってことだな!」
「この学校にも家のコネで入ったんじゃねえの⁉︎」
うるさいなあ。むしろ入学については家の力なんて何も使っていない。偽名で入学しようとして受かった後に父親にバレて本名で通うことになったんだから。
魔法の兆候として詠唱に入るためにその場で立ち止まったり、掌を相手に向けるという動作がある。それを見てから回避行動を取るというのが魔法が使える相手と戦うセオリーだが、俺はそれの感知についてはもっと速い。
マナが見えるから、魔法を使おうと意識した時点で読み取れる。
ブラフかどうかもわかるから、魔法での勝負ではイーユの次にできると自負している。リリアーヌ嬢の様に圧倒的な質量で潰されない限り負けることはないと思う。
この目の前の三人はレイン殿よりもマナの顕在量が低い。マナを貯めてから詠唱して発動するまでが遅すぎるし、実力はお粗末だ。やろうと思えばすぐに蹴散らせる。
けどここで反抗してしまえば俺に悪い噂が流れて、この学校を辞めなくてはならなくなる。そうしたらこの先生きていける保証がない。だから痛い思いをしてでも耐えなくては。
禍罪の俺が生きていくには、この程度の悪意は我慢しなければ。
所詮子供の癇癪だと。大人の悪意に比べれば生易しいから。
それからも魔法が放たれて、地面に血が滴って。
それでも無抵抗で攻撃を受けてぐったりとしていると、マナを使いすぎたのか肩で息をしながら俺を見て顔を青ざめさせていた。
「お、おい……。殺してねえよな?」
「……大丈夫だ。胸が上下に動いてる。意識はある。ただこれ以上は……」
「フン!聞こえているか知らないが、これに懲りたらイーユ様との接し方を鑑みろ!」
そんな捨て台詞をリーダー格の男子が吐いて三人は急いで逃げていく。この場を見たら一方的に俺を攻撃したと誰もが思うからだろう。
この講堂の裏は、そんなに人気がない場所だったのか。まさかやられている間誰も来ないとは思わなかった。授業中だからだろうか。
「あーあ、授業サボっちゃった……。母上に怒られそうだ。せめて初めての学校生活くらいは、まともに過ごそうって決めてたのに」
受けた傷の痛さとか、こうやってやられたことではなくて。
母上との約束を守れなかったことに涙が出てきそうだ。
そんな独り言を呟いた後に、ガサリと物音が聞こえた。誰か居たのだろうかと思って身体は動かさないまま目線だけ向けると、そこに居たのはイーユだった。
その形相は、オーガを彷彿させるほど恐ろしいものだった。思わず背筋を震わせる。
ルサールカがいないことが、余計に怖い。
「……ギルフォード。あなたならあの三人程度、返り討ちにできたでしょう?どうしてやられるがままだったのですか?」
「イーユさん。サボりはいけないな。君は学ぶためにこの国へ来たのだろう?折角の学びの機会をフイにするのはダメだと思う」
「──なるほど。そうやって煙に巻くのがあなたの処世術ですか。これまでのあなたの人生経験から、そうすることが手っ取り早いと蓄積してしまった。……ダメですよ。あなたが特別な人間でも、その解決方法は間違っています」
俺の冗談も聞き入れず、彼女は詠唱もしないまま黄緑色の光を俺の身体に当てる。
治癒術だ。彼女は本当に、色々できる。
「完全に治してしまったらあいつらが怪しむ。やめてくれ」
「表面に傷は残るように、内部は治します。身体に穴が空いたままを、あなたのお母様が許しますか?」
「……許されない、だろうなぁ」
憶測でしかないけど。実際に話をしたわけでもない。
イーユは宣言通り、空いた穴は塞ぎつつもその穴があった傷痕自体は残したまま、他の切り傷や火傷痕も残したくせに、身体の内部には痛みがないほどまで治療してしまった。
敬虔なイズミャーユ教の幹部などでも、無詠唱の魔法でここまでできる人間は限られてくる。誰かが見ていたらいくらエルフだとしても、問い質されることをしでかしていた。
「……ありがとう、ございます」
「……仕返しはできないのに、どうしてお礼を言えるような精神性は育まれているのですか……。──お礼は、受け取りません。わたしが勝手に治しただけです。それにここでお礼を受け取ってしまえば、あなたはまた同じように解決して、またわたしに治してもらうことになるでしょう?」
「そうは、ならないんじゃないかな。治してなんて、お願いしないよ」
「……こんな状態を見たら、わたしは勝手に治してしまいます」
優しいなあ。見ず知らずの他人、ただのクラスメート、放課後に同じ部屋で話すだけの相手なのに。
傷を治してもらったので起き上がろうとしたが、イーユに頭を掴まれて太腿に載せられた。
何をされているのか理解した俺はすぐに退こうとしたが、頭を掴んで離さない。意外に力が強くて引き剥がせなかった。
「……誰かに見られたらマズイと思うんだけど。特にルサールカさん」
「大丈夫です。彼女にもわからないような隠蔽魔法をこの辺り一帯に使用しています」
「……恥ずかしいし、王族の方のお召し物を汚したとなると死罪も考えられると思う」
「この国の法は物騒ですね。汚れを落とすための清潔魔法もあるので、誰にもバレません」
「……ああ、空が青いなあ」
「そうですね。綺麗な空です。ずっと、このような晴れやかな、穏やかな時代が続けばいいのに。勇者様がそれを願ったように」
彼女には何を言っても無駄だと理解して、この状況を受け入れた。
雲はいくらかあるけど、いい昼下がりだ。もうすぐ授業も終わって昼休みになる時間帯。太陽がちょうど空の天辺に来る頃合い。
本当に誰にも邪魔をされない、緩やかな空間だった。
「……授業を抜け出して大丈夫?」
「ふふ、大丈夫じゃありません。一応魔法で分身を置いてきましたが、ルサールカにはバレているでしょう。この後彼女に怒られます。他の方々にはバレないと思いますので、わたしは授業をサボらずに真面目に受講しているように評価されますよ」
「狡いなぁ。そういえばそんな便利な魔法もあったなぁ」
「でもギルフォードは呼び出されてしまったので、多くの人が教室を出るのを目撃しています。呼び出した彼らも教室に戻っていないので、分身が教室に来たら誰かしらが訝しむと思いますよ?それこそさっきの三人が授業に出ていたギルフォードの話を聞けば、分身に気付かれるでしょう」
「呼び出された時点でダメか」
授業の内容なんてどうでもいいけど、普通の子供として学校の決まりごとくらいは守って生活を送りたかった。それもこんな初めの時期でつまづくなんて。
学校側には事情はあるけど真面目な生徒だと認識されたかった。サボった時点でそれもダメ。
『普通の生活』って、難しいな。
「……何で俺のこと追っかけて来たの?」
「彼らが何をするか、マナを見てわかりました。あなたが心配だったのです。もしくは彼らが」
「あの解決方法に、そんな怒る?」
「怒りますよ。無抵抗だなんて。まだ彼らを再起不能にした方が良かった。虎の尾を踏んだと知れば他の人も同じようなことはしなくなりますから。あなたの場合、自己犠牲ではないのでしょう。庇う相手が居ませんから。……いいようにさせるのは、そんなに楽ですか?」
「ラクですよ。ああいうのは自分の思い通りにいかないことをぶつけたいだけ。ぶつけて満足した後に、俺が付与した魔法で地獄を見るんです。どういう地獄を見るかはわかりませんけど、彼らは今『幸運』というものが完全になくなっています。些細なことから盛大なものまで、何が起こるかわからないんです。それで俺の復讐は終わり。やったらやり返されるという事実も知らないまま無様な末路を迎えるんだから」
こっちを甚振ることに夢中で、倒れた後に小声で詠唱をしていたことを誰も気付かない。やられることに俺が慣れてしまったために詠唱の途中で攻撃を受けても詠唱は途切れない。
俺が見える形でやり返したら俺のせいだけど、俺の知らないところでくたばるなら俺のせいじゃない。それが重なりすぎて俺のせいだと言われても、禍罪なんだからと俺も周囲も納得してしまえばそれまでだ。
そうして俺に悪意を直接向けてくる者がいなくなれば、完璧な世界の出来上がりだ。
仕返しでつけた魔法にかかった者は、財布を落としたり鳥の糞を頭に受ける程度だったり、いきなり道路が陥没して足を骨折したり、何故か魔物が現れて襲われたり、魔法の制御を誤って暴発させて大きな被害を出したりと様々だが、俺のいないところでそれは起こる。
俺やイーユのようにマナが見えない限り、そんな魔法が付けられたなんて誰も気付かないだろう。それにそんな不運になるという効果の魔法が存在することを人類はおそらく知らない。
俺は不思議がられて、終わりだ。追求されても俺は何もしていないと言えばいい。誰も魔法なんて感知できないんだから。
そんなことを考えていると、イーユに抱き寄せられた。顔に何やら柔らかい感触があって、そんなことをされたのは初めてで、顔が赤くなっているのがわかる。
「あの、イーユ?」
「──そんな風に
「……難しいことを、言うなぁ」
「別に、悪魔種の魔法を使うことは止めません。でも心まで悪魔にならないで。あなたが人間のままでいることを願った人が、いるでしょう?」
「………………難しいことだらけだ。『普通の生活』も、学校生活も、目上の方との接し方も。──約束を守ることも」
「それが人生ですよ?」
微笑んでいるのはわかるんだけど、好い加減離してほしい。誰かに見られる危険性はないんだろうけど、恥ずかしいし息苦しい。
それに、イーユの服を濡らしてしまうことも、忍びない。
しばらくそうしたままで、結局ルサールカに全部バレて、二人して説教を喰らった。
「ルサールカ。どうしてあそこにいるとわかったのですか?」
「学校内の敷地から出ていないと推測して、全域を調べました。そして違和感がなさすぎる場所は隠れることに適していると考えてマナを全開にしてこじ開けました」
「ああ、敏感だからこそですね。失念していました。同じ手段は取らないようにしましょう。うっかりうっかり」
「次からは私に何も言わずに隠れることをお控えくださいッ!」
従者のルサールカが主人に物申すほどキレていたのは正直驚いた。まあでも、怒りたくなる気持ちはわかる。イーユは好き勝手しすぎだ。
「ギルフォード。あなたの仮面のことはわたしだけの秘密です。ありのままのあなたも、素直で可愛いですよ?」
「……男に可愛いはやめてほしい。結構凹む」
「イーユ様!異性に耳打ちなどはしたないからやめてください!」
「はーい」
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