第14話 4−2−1 悪意の暴発
イーユに助けられてしまってから数日。それからも男女問わず俺に何かをしてくる生徒は多かった。
例えば。
「イーユ様だけに飽き足らず、聖女のナルセ様にも声をかけているようだな?侯爵家の力を使えばそれくらい簡単なわけだ?あーあ、羨ましい。妾の子でもそこまでできるのなら、俺も侯爵家に産まれたかったよ」
そんなことを言う男子がいた。イーユについては弱味を見せてしまったので何も反論できなかったが、聖女についてはあちらから突っかかってくるだけ。彼女の心境を考えると学校生活くらいは手助けしようかなと思ってしまったのが失敗の始まり。
聖女の事実を知っているのは、人間では俺とイーユだけ。もう一人のイーユは彼女を助けるどころか排除しようとさえしている。となると、彼女の歪さを知っていてなんとかできるのは俺だけになる。
イーユと聖女が争うようなことになるのは勘弁だったので二人が会わないようにどうにかしようと思っていたのだが。いかんせん聖女が思っていたよりもノータリンだったというか。
授業を抜け出して第二王子を振り切って学校を探索しているなんてこともあった。それはマズイと思って彼女へ意識誘導の魔法を使って第二王子の元へ送り届けたら聖女が昼休みに俺のところへ突撃していつぞやのように手を引いて相談事という名の愚痴を零してきたのだ。
それは不特定多数に見られていて、また俺が攻撃されるような材料になっていた。
「聖女様を傷物にしてないだろうな!この陰険野郎!」
「殿下の相手と二人っきりで密会をしているとか、貴様何様のつもりだ⁉︎」
密会どころか完全にオープンで会っている上に、逆に手を出していない証拠として人目のあるカフェテラスや中庭のベンチで話を聞いている。そうすれば殿下がすぐにやってくるからだ。
それに傷物だなんて発想をすることそれ自体が気色悪い。まるで俺が誰彼構わず手を出すような最低男みたいじゃないか。女の子とそんな関係になったことは一度もないのに。
あと。まだ公的には聖女が第二王子の婚約者となったわけでもない。この学校では既に暗黙の了解のようになっているが。
そうして俺はまた、魔法を受ける。仕返しはもちろん、した。
またある時には女子生徒が言いがかりをつけてくる。
「あなた、汚らわしい身で淑女と話していると周りに見せ付けない方がよろしくてよ?あなたが妾の子だと既に学園中の淑女が知っております。しかも相手は国賓のイーユ様や聖女様とくれば男女問わずいい顔はしません。……まあ、聖女様の場合は彼女こそが尻軽ではないかと我々も訝しんでいますが。あなただって王族は敵に回したくないでしょう?」
「……ご忠告、痛み入ります」
「それと有力貴族の間ではあなたこそが今年の首席入学者だと知れ渡っています。今のあなたの境遇を考えますと、自ら公表しない方がよろしいかと。優秀であることと身分は比例しません。それが貴族社会です。あなたは社交場に来ないからわからないかもしれませんが」
そんな忠言をしてくれた先輩と思われる女性三人組もいた。忠告してくれた理由も、彼女たちの家がわかったためにすぐ察することができた。
その女性三人ともすごく仲が良さそうで、どうやったらそこまで仲が良いままでいられるのだろうとわりかし疑問だった。
そんなこと聞けないし、長居をさせてしまってまた変な噂が双方に流れるのはマズイと考えて質問したりはしなかった。
そんなことがあったりした放課後。この時間だけが唯一の安らかな時間だった。
第三校舎ともなれば学校のつまはじき者ばかりが集まる場所だとされ、貴族は基本集まらない。ここを利用している者は例え国賓のエルフの少女を見ようが、公爵家の娘を見ようがここを利用していることを告げ口しようものなら学校での立場を失うような弱い者ばかりなので誰もが口を閉ざした。
その結果、角部屋だけが癒しだった。最近は寮の部屋も危ない。
「ギルフォード、大丈夫ですか?その、最近何処と無く元気がないようですが」
「大丈夫です、リリアーヌさん。学内で流れている俺の噂が洒落にならないなと思って、精神的に疲れているだけですから」
「全然大丈夫じゃないわ。レイン。そういうのに効くお茶を淹れてあげて」
「かしこまりました」
俺が誤魔化すとそれを信じてくれたのかリリアーヌ嬢がレイン殿に命じて精神を落ち着かせる紅茶を淹れてくれる。
リリアーヌ嬢の対面に座っているイーユは悲しそうな顔を俺に向けてくるが、何も言わなかった。ある意味秘密を共有しているから、この角部屋でも二人だけの秘密は言わないでいてくれるらしい。
口当たりのいい、レイン殿の淹れてくれた紅茶を飲んでいると頬杖をつきながらリリアーヌ嬢が溜息をついていた。
「ギルフォードの悪い噂はここのところ急に増え始めましたわ。おそらく原因は聖女様でしょうが」
「そうですねぇ……。あの方は昼休みになると我がクラスにやってきてギルフォードさんを連れて行ってしまいますから。第二王子と婚約関係にあるとされる女性が殿方を手で引っ張って連れて行くなんて、この国でも淑女のすることではないのでしょう?」
「それはどこの国でも共通だと思いますわ。イーユさん」
リリアーヌ嬢とイーユが零した内容だが、半分当たりで半分外れ。確かに半分は聖女のことで、もう半分はイーユ関連。
男子は味方などいないと分かり切っていたが、女子はまだマシかもしれないと今日わかって安心した。イーユのことはどうしようもないが、聖女関係ではむしろ俺が被害者のような認識を持っていることがわかったからだ。
「結局昼休みはレインとここで食事ですわ。お三方がここにいらしてくれないのだもの」
「ごめんなさい、リリアーヌさん。わたしもルサールカも、クラスの方が解放してくださらなくて」
「実力行使をすれば突破も可能ですが、学友を暴力でどうにかするわけにはいきませんから。ええ、仮にも学友ですので」
「人の食事を邪魔するような方を学友なんて呼びたくありませんが、それ以外に相応しい言葉がありませんから」
またイーユとルサールカが無意識に人間に冷たく当たっている。ルサールカに至っては人間なんてゴミクズとしか思ってないんじゃないだろうか。それぐらいどうでもいいと言葉に無価値を乗せている。
「俺も、さすがに聖女様は引き剥がせないので。できるだけ第二王子が迎えに来られるような場所で話しているので回収は早く来てくれるのですが……」
「まるで第二王子をこき下ろしているようだと、女子生徒に評判が良くないですからね」
そんなことになってるのか。リリアーヌ嬢から聞いた噂で、俺の学校生活はボロボロだ。いや、心身も結構ボロボロだけど。何かあるたびにイーユに治してもらってるから表面上はなんともないけど、痛いものは痛いし、疲れる。
服なら直せる修復魔法というのがあるけど、俺は回復魔法が使えない。熱心なイズミャーユ教じゃないから、仕組みは知っていても使えない。それと同じ理由で光の攻撃魔法と結界魔法は使えない。
イーユが使える方がおかしいと思うんだけど。エルフだからその辺りは例外的な抜け道があるんだろうか。
「評判は諦めましたよ。妾の子とバレた時点でどうしようもありません」
「貴族社会のどうしようもないところですわね。身分をどうしても重要視しますから。……お姉様も嘆いていらっしゃいましたわ。最近学園内の空気が良くないと」
「お姉様?リリアーヌさんのお姉様がこの学園にいらっしゃるのですか?」
「はい。四学年にいますわ。第一王子の婚約者で、この学園を卒業と同時に結婚なさる予定です」
凄く心当たりがある。イーユは知らなかったようだけど、リリアーヌ嬢のお姉さんの話をするのは初めてかもしれない。
第一王子と婚約している、この国の国母になることが確定していた公爵家の長女。王位継承位は第一王子の方が高いので、何もなければ国母になる女性。第二王子が擁立しない限りは安泰の人だけど、その第二王子が誰もやったことのない聖女降臨なんてものを成功させたためにどうなるかわからなくなってしまった。
問題はその第二王子の一派が今混迷していること。予想以上に聖女が暴走していて手綱を握れていないために求心力がこの学園内で落ちている。
この学園に通う子供から親に連絡が行ってどっちの王子を擁立するか悩んでいる貴族の家も多いだろう。推薦した王子がそのまま王になれば家の発言力も上がるが、推薦した方が王になれなかった場合時勢を読めない家として力をなくす。
政争とは面倒なものだと、心から思う。
「やはり公爵家の女性だと、王家に嫁ぐのですね。……リリアーヌさんも該当しそうですが?」
「私は無能の誹りを受けましたから。幼少期に第二王子との婚約は破棄されています」
「あら」
「ですがお姉様は魔法の技量も、その美貌も執務能力も完璧です。まさしく国母になるべくして産まれた自慢のお姉様ですわ」
リリアーヌ嬢の自慢話も頷ける噂しかない。確かこの学園に首席入学して、ほぼずっと一位の成績を残している。魔法の実力も初級から超級まで扱うことができる最強の女性の名を持つ方だ。
マナも、リリアーヌ嬢の姉ということでリリアーヌ嬢と寸分違わない量を内包していた。その上で魔法の制御技術も完璧となれば、誰もが国母となることを認めるだろう。
むしろそのお姉さんが初級魔法も完全に制御していたためにリリアーヌ嬢も続けとばかりに初級魔法に拘って、その結果が無能と呼ばれてしまったことに繋がると思う。
出来すぎた上を持つ苦労とかもあったんじゃないだろうか。
俺は兄が二人いるけど、兄とはロクに絡んだことがないからどんな人か知らないけど。
「ギルフォード。もし辛ければすぐに言ってくださいね。私もお姉様も、出来る限りの事はさせてもらいますわ。我が家は第一王子擁立派ですので、第二王子が学園で好き勝手するのでしたら公爵家として介入いたします」
「……そこまでできるのですか?」
「できるのではなく、します。王族とはいえ、守らなければならない一線はありますから。目に余るようでしたら対立派閥として手を下しますわ」
「これが政争ですか……。エルフの国はそんなものがなくてよかったですね。ルサールカ」
「寿命の問題やシステムから、政争が起こりえない国ですので。エルフの国が特殊なだけかと」
エルフの国は選出性だから、しかも精霊の愛し子なんてシステムだから政争にはならないんだろうけど。ある意味完全な実力主義ってことだからな。
イーユも政争について煩わしそうにしているけど、もし何かあっても力で捩じ伏せそうだ。そんな怖さがある。
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