第20話 4−4−2 悪意の暴発

 とにもかくにも、探索を再開し始めたギルフォードたち。結局はギルフォードだけで探索を進めていく。後ろの魔王軍は何もせずにニコニコと付いてくるだけ。閉じ込められたのがギルフォードで、魔王軍は救出というか覗き見に来ただけ。


 ギルフォードも一人で攻略できてしまっているので問題はなかった。


 今も中級魔法でグレムリンという悪魔種の魔物を倒したところでイーユがギルフォードに報告をする。


「ギルフォード。地上であなたを救出してくれる部隊が発足しそうですよ?地上にまた分身を送って、その手助けをしてきます」


「救出、部隊?俺を?誰が?」


「リリアーヌさんが動いたことで公爵家が。わたしも動いているので名目上エルフの国も。それと王族の一部。第一王子の派閥が秘密裏に、といったところですね」


「……リリアーヌさんはわかるけど、何でブラムが……」


「本当にギルフォードはブラム第一王子と深い仲なのですね。どうやって王族と知り合ったのですか?」


「戦場で。彼が特攻をしようとしてたから呆れて助けただけです」


 ギルフォードは懐かしそうに、そう告げる。その後も若干交流はあったが、彼が王族だと知ってからは交流を絶った。それがお互いのためだと思って。


 だというのに自分の危機だとわかったらすぐに動こうとしている。もう友とは呼べないと思っていたのに、向こうはそうではなかったらしい。


 禍罪のことも伝えた相手だったからこそ、嬉しさは一入だった。


「第一王子も親友だから助けると、豪語しているようですよ?国王を説得したようなので、おそらく迷宮の出口で待っているでしょう」


「へー。迷宮の出口なんて把握してるんだ?」


「ええ、エルフの国が。なのでこれから教えます。クリフォト国が知っているのは学校にある入り口だけですよ」


 イーユは簡単に地上の情報をペラペラと伝えてしまう。本来ギルフォードは知るはずのない情報なのだが、イーユが魔王軍を動かしてしまっているせいで閉じ込められている迷宮組が一番状況を把握していた。


 イーユがクリフォト国とギルフォードへ簡単に情報を流してしまうので、二者にとってはとてもありがたいが魔王軍としてはそれで良いのかと思ってしまったギルフォードが聞いてしまう。


「情報って大事じゃないの?そんなに話しちゃって大丈夫?」


「この程度の情報、流しても支障はありませんよ。この迷宮はそんな価値がありません。人間にとっては脅威でしょうけど、魔王軍にとっては興味もなく、ここに人間を入れないといけないというプロセスを踏まなければいけない面倒な場所です。誰かが攻略してもこちらに不都合はありません。あの入り口の扉だって、外からなら魔王軍は開けられますから」


「……ん?ってことはやっぱり二人って扉から入ってきたんだ?」


「いえいえ。入る時はギルフォードと一緒に。ただ、あの程度の封印は魔王軍にとってあってないようなものですから」


 イーユたちでさえも入り口から出て行くことはできないが、その入り口は開くことができる。そもそもあの程度の人間が施した封印は解析して解錠するくらい魔王軍の工作部隊ならすぐにできる。


 側仕えのルサールカや万能のイーユならその工作部隊の手も必要としない。


「あの扉について説明すると、あそこは二つの鍵と自分たちが作った魔法だけで開けることができるとクリフォト国は思っています。その鍵の持ち主は王族とヒュラッセイン公爵家だけ。つまりここを用いた私刑は王族と公爵家にしかできません」


「んー。そうなると今回のは第二王子の指示だったってこと?」


「いえ。それがあの従者の独断のようですね。従者の一族は秘密裏に王族の邪魔となる者を排除することに優越感を覚える人たちのようで。ギルフォードは聖女リナと関わる不届き者として刑に処されたようです」


「……禍罪って、バレた?」


「それはないかと。王族で知っているのは第一王子の派閥だけですよ」


 今回の原因を知って、禍罪とバレていないようでギルフォードは安心した。これで生きて戻ったとしても、第二王子の派閥に禍罪だとバレてしまったら同じことの繰り返しになる。


 そうすればクリフォト国にはいられないだろう。国を出て行くしかない。


「そういう情報って、魔王軍の諜報部隊か何かに調べさせてるの?」


「あら、鋭い。その通りです。各国の要職や市井に色々な魔物を紛れ込ませています。もちろんこのクリフォト国にも」


「じゃないとその精度の情報は知らないでしょ……」


「そうですね。では正解したご褒美です」


 イーユが柏手を一つ。


 するとギルフォードの影が蠢いて、悪魔のようなシルエットが浮かび上がっていた。


 その様子を見て、ギルフォードは得心がいく。今までは気付かなかったが悪魔のような影はマナを宿していた。


 こんなのが影に入り込んでいれば、情報は筒抜けなわけだ。


「シャドウ・クルムさん。任務ご苦労様でした。もうギルフォードに付かなくて良いですよ」


『宜しいのですか?』


「ギルフォードが魔王軍に仇なす存在じゃないとわかりましたから。それにわたしたちが直接確認すれば良いことですし」


『畏まりました』


 シャドウという魔物はイーユの影に入り込んでしまう。


 同じ魔物が各国の重要人物の影に入り込み、様々な情報を魔王軍に送っている。影にさえ入ってしまえば感知できず、ギルフォードにもマナが感じられないほど隠密に特化した魔物だった。


 そのせいで戦闘能力は皆無なので、今回は安全のためにイーユの中に入っている。


 任務満了のボーナスのようなものだ。それだけイーユの側にいることは魔王軍にとっても望外の報酬になっている。


「ああ、ご安心を。あなたの家族や第一王子の派閥、それにリリアーヌさんにはシャドウさんたちを忍び込ませていないので」


「それは言っちゃっていいの?」


「はい、大丈夫です。それに信用してもらうためには大切な人は安全ですよと示すことが大事ですから」


「イーユは嘘を言わないだろうし、その辺りは信じてるよ」


「ありがとうございます。ではもう一つ告白を。あなたの実力を調査するために魔物をけしかけるように命令を出したのはわたしです。ごめんなさい」


 告白と一緒にイーユは頭を下げる。ルサールカの手前もあってか、頭を下げるのは少しの時間だけだった。


「殺されるようなこともなかったし、凄い強い魔物がいたわけでもないし。別にいいよ。討伐依頼のおかげで生きてこられたし」


「そう言っていただけると助かります。未知の魔物、しかも心臓のない魔物なんて希少だったために報奨金は多かったでしょう?」


「魔王軍の特殊な魔物?」


「はい。わたしたちが作った身体にマナで動力とした非生物です。魔王軍の中で戦闘で死なせるわけにはいきませんから」


 それはイーユの矜持。戦闘などをすることはあっても、誰一人として味方に死者を出さない。そんな戦闘行為や戦争というものに喧嘩を売っているような矜持だが、何百年もそれを成してしまった。


 人類が倒している魔物は野良の魔物や非生物の魔物で、魔王軍の者は誰一人として戦闘における死者を出していなかった。


 だからこそ魔王軍はイーユを絶対の魔王として崇拝し、絶対の忠誠を誓っている。


 勇者候補がどれだけ来ようと撃滅し、この星のバランス取りをしてきた完璧な支配者。それがイーユに抱かれている支配者像。


 本人としてはそこまで完璧ではないつもりだ。失敗もするし、だらけもするために。


「じゃあ生き物だった魔物は、野良ってこと?」


「もしくは魔王軍を辞めた魔物ですね。わたしだって完璧ではありません。叛意を持たれることもあります。この三百年ほどは特に大きな戦争も、強者もいませんでしたから。若い魔物だとわたしを魔王と認めてくれないんですよ。ほら、見た目もこんなでしょう?小娘に従ってられるかーって魔王城を飛び出しちゃったりして。わたしの正体を人間にバラされても困るので、ギルフォードの当て馬にさせていただきました」


「ああ。あのクズどものことですか」


「……切り捨てる時は本当に容赦ないんだね」


 ギルフォードは絶対にイーユたちの秘密を話さないことを誓う。人間種にしか見えないが、紛れもなくイーユは魔王であったために。


 また半日ほど探索をして。ギルフォードは迷宮探索に慣れてきたのかもう最深部まで到着していた。


 このテセウスの迷宮はさほど広い迷宮だというわけではない。中を探索するくらいならばそう難しいダンジョンというわけでもない。


 では何が人類の踏破を阻んでいるのか。その答えは最深部にあった。


「凄いマナ……」


「ギルフォード。あれは一人で倒してください。わたしは一度倒していますし、ルサールカなら楽勝でしょう。……ヒントを出すと、あの魔法で呼び出される魔物は対峙する人によって強さが変わります。わたしは当時、簡単に勝てました」


「イーユが勝てたって、それヒント?」


「大ヒントです。実はわたしって、戦闘技術はからっきしの最弱魔王ラスボスなんですよ?」


 イーユがイタズラ成功、とでも言いたげな笑顔をギルフォードに向ける。マナが見える彼からすれば冗談にしか思えず、苦笑しかできなかった。


 大広間である最深部に一人で足を踏み入れる。床にあった魔法陣が壮起し、マナが実体を得て具現化していく。


 成人男性四・五人ほどの長身。筋骨隆々なその体型。茶色く毛深い体毛。牛を思わせる顔に、手にした巨大な斧。


 魔物図鑑には必ず載っている、有名すぎる魔物。


『ブモオオオオオオオオオオ!』


 ミノタウロスが、そこにいた。

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