第21話 4−4−3 悪意の暴走

 地上に視点は戻る。


 イーユはギルフォードの攻略速度を見て即日分身をクリフォトに送り込んでいた。リリアーヌに文書を見付けてきたと手紙を出して第一王子との面会の場を要求するとその日の内に会える手筈が整っていた。


 この迅速さに、イーユはクリフォト国を見直した。


 案内された場所は第一王子の離宮。つまり王城の敷地内だった。イーユは勝手がわからなかったが、リリアーヌと一緒に向かうとリリアーヌの姉であるアリアリーゼが離宮へ案内してくれた。


 第一王子はイーユがこの国に初めて来た時に面通しを済ませているので、イーユのことを知らないということはなかった。


 離宮でも広い会議室のような場所へ案内され、その上でイーユは上座に案内された。待っていたブラム王子はイーユを見て、この場の主人であるにも関わらず頭を下げていた。


 それができて自分の立場をわきまえていたために、ルサールカもブラム王子への評価を一段上げた。


「ようこそお越しくださいました。イーユ陛下」


「陛下は要りませんよ。ブラム王子。この場は公式の場でもなければ、我が国と貴国の立場も現状不鮮明ですから。今優先すべきことは共通の友を救出する手立てのみ。それにこんな放蕩姫に陛下は仰々しいですよ?」


「ですが」


「王子がわたしを上座に座らせたいというなら、それに従いましょう。ですが、会議自体は襟元を開いて行いましょう。立場なんて気にしていては進む話も進みませんから」


「畏まりました。ご配慮、ありがとうございます」


 ここがブラム王子の領域であり、国の王子であってもイーユは一国の王。王位継承位を持っている相手ではなく、まさしく国を動かしている存在だ。エルフの国と国交ができたのは最近のこととはいえ、イーユとこの国で対等な人物はクリフォト国の国王陛下しかいない。


 上座にイーユが座り、その近くにブラム王子とアリアリーゼが。その反対側にリリアーヌが座る。


「イーユ陛下。エルフの国にはテセウスの迷宮についての資料が残っていたのですか?」


「また陛下って……。ブラムさん。あなたとギルフォードはそっくりです。さすが御友人ですね」


「それは嬉しいことを聞きましたな」


「……まあ、いいでしょう。テセウスの迷宮については、三百年前に勇者が攻略したとして資料が残っていました。三百年前であれば何名かが攻略したことのある迷宮のようです」


「三百年前……。我が国が建国してもいない頃ですな」


 イーユがそう言ってからルサールカに資料を配ってもらう。その資料はここにいる全員分を配っても余っていて、国を説得するために大目に用意しておいたものだ。


 ちなみに印刷作業から、この資料のでっち上げまで全て魔王軍でやったことだ。魔王軍からしてもテセウスの迷宮なんて重要視しておらず、もちろんエルフの国に資料なんて残っていなかった。


 当時攻略したイーユを含む数体の魔物が思い出しながら資料を作成。ついでにイーユとルサールカが現地で手にした情報と、魔王軍にとって都合のいい情報を載せたものを提出していた。


 間違いなく詐欺である。


「勇者……。イーユさん、それって魔王を倒したと言われるオズウェル・バークスキンのことですか?」


「リリアーヌ。いくらイーユ陛下が許可をくださったからと言って……」


「いいえ、アリアリーゼさん。リリアーヌさんとは学友ですから。今更陛下と呼ばれることは悲しくなります。アリアリーゼさんもさん付けで大丈夫ですよ?」


「……恐れ多いです」


 リリアーヌがいつもの調子で話したことでアリアリーゼが硬い口調で注意したが、イーユが無礼を許可してしまったのでそれ以上は言えなかった。


 リリアーヌとてこの場に他の者がいればちゃんとイーユのことを陛下または姫と呼んでいただろう。だがこういう形式に則るのは嫌だと宣言してたからいつも通りにしようと思っただけだ。


 それにリリアーヌがこうすることでブラム王子やアリアリーゼが同じようにできるだろうという配慮もあった。


 注意で話は逸れてしまったが、イーユはリリアーヌの質問に答える。


「リリアーヌさんの指摘通り。勇者オズウェルがかの迷宮を突破していましたよ。当人曰く簡単だったとか。最奥を除けば普通の迷宮だそうです」


「……我が国はあの迷宮について寡聞でして。イーユさん。この一度開き、中に閉じ込められた者がいる場合出入り口の扉が開かないというのは?」


「そのままの意味です。挑戦者がいる限り、迷宮は他の挑戦者を入れることはありません。それは貴国の用意した二つの鍵があっても、です。これは世界中にある迷宮に通づる仕掛けですね」


 この世界には天使が創り出した迷宮がたくさんある。この世界にやってくる勇者候補のために用意した遊び場だ。天使たちが勝手に考えた迷宮らしい迷宮というコンセプトなのか、超常の存在が作ったということもあって様々な制限があったり、いやらしい仕掛けが多数存在する。


 それでも魔王であるイーユや勇者オズウェルは片手間で攻略していたが。


「そもそも鍵二つが後付けで作られた物なので。あれは人間が施した封印であって、迷宮そのものの機能をどうこうした物ではありません。つまりギルフォードが中にいる限り、あの扉は開くことはありません」


「学園にある扉から再突入した場合、ギルが脱出しているか──」


「もしくは力尽きたか。ですので再突入をする意味はありません」


「それがわかっただけで取れる手段は出口でギルを出迎えるだけということか。で、学園以外の出口は……今で言うと危険区のヴィダール森林か」


 添付されていた地図からブラム王子は出口の現在地を把握する。


 イーユが危険区を知らなかったのでブラム王子がそのまま説明すると、簡単に言えば魔物の頻出区域。魔物の巣でもあるのかかなり大量の魔物が現れ危険なので、近隣住民の立ち入りを禁止した場所だ。


 イーユがその辺りに魔物を配置した覚えがなかったので、自然発生した野良の魔物が住み着いているだけだろうと判断した。


「学園の位置から考えても、迷宮そのものはさして大きくないでしょう。ギルフォードは今日明日にでも脱出できるかもしれません。勇者は一日で踏破したようですから」


「となるとすぐに軍を配備して向かわなければ、脱出したとしても危険区の魔物にやられかねん……。アリア。父上に第三師団を借りることを伝えてきてくれ」


「畏まりました」


 ブラム王子の言伝を預かってアリアリーゼは退出する。第三師団は第一王子であるブラムが唯一使える王族直轄の軍隊だ。ブラム王子と何度も同じ戦場を経験しているので、今回のわがままにも応えてくれる。


 王族に与えられている師団は第三師団と第四師団で、第四師団は第二王子ガルシャのものだ。第一・第二師団は国王陛下直轄部隊で、国王陛下でなければ動かせない。


「……ブラムさん。あなたに聞きたいことがあります。どうやってギルフォードと友達になったのですか?彼の秘密を、知っていますか?」


「知っていますとも。禍罪ということは。アリアも知っています。父上には伝えておりませんが」


「ではどのように?彼の境遇を考えると、王族の方と出会う場所がないと思うのですが」


「ギルと出会ったのは首都近郊の危険区だった場所です。私の初陣に、彼も傭兵としてその場にいまして」


 王族は十歳になると魔物の狩りに参加する。この狩りの護衛を務めたのが第三師団だ。


 本来王族は戦場の空気を知るだけでいいのだが。


「その頃の私は、無能と蔑まれていました。なにせ父上と母上には素晴らしい魔法の才能があったにも関わらず、私にできるのは不恰好な肉体強化の魔法だけ。いくら勉学や軍事学を頑張っても評価されなかったのです」


 今とは異なり、ブラム王子は幼少期の評価が国内でもよろしくなかった。第二王子のガルシャにはそれなりに魔法の才能があったことも比較されて無能という評価を下された。


 それでもブラムは第一王子なのだからと、王族としてやるべきことは全てやってきた上に、時間があれば魔法の勉強も身体を鍛えることもしてきた。実際勉学では同年代を突き放して大人たちに混ざって軍議なども行えるほどであり、剣を持てば騎士にも匹敵する強者だった。


 だが、この国は魔法を重視している。貴族が魔法偏重思考であるために、王族はガルムを擁護したが貴族連中がガルシャを担ぎ上げた。ガルムを擁護した貴族はヒュラッセイン公爵家とローゼンエッタ侯爵家くらいのものだ。


 そんなブラムは貴族からの信頼を得るために武功を求めた。本来初陣なんて形式的なもので師団に守られている中で魔法の一発も使って魔物を一体倒せばいいというもの。


 だがそんな魔法が使えないブラムは剣を持って魔物を何十体と討伐した。これには同行していたアリアリーゼも頭を抱えた。


 武勇を轟かせたブラムだったが、限界もあった。なまじ近接戦の才能があったがばかりに突出してしまったのだ。それに気付いたアリアリーゼも救出のために魔法を使って初陣を経験した。そして二人が危なくなった時に助けてくれたのが、当時傭兵として雇われていたギルフォードだった。


「ブラム王子とアリアお姉様の初陣にギルフォードが?それも傭兵って……」


「既に妾の子としてローゼンエッタ家から見放されたギルは、その年に母親を亡くしていて食べていくには魔法を用いた傭兵になるしかなかったそうだ。実際才能は今を見ても分かる通りアリアに負けず劣らず。魔物の討伐は国も支援金を出しているから、それで食事にありつけたそうだ」


 二人がマナを消費して魔法も使えなくなったところに助けてくれたのがギルフォード。そして当時のギルフォードはブラムを見てこう言った。


「魔法の使い方が気持ち悪い、と即座に私の魔法の歪さを指摘してきました。確かに今考えると私の肉体強化は歪に過ぎたのですが」


「ブラムさんが第一王子だと知らなかったのでしょうか?」


「知らなかったようですね。王族の顔など知る機会などなかったらしいですから」


 そう言われて、唯一使える魔法をバカにされたブラムは怒った。その時の自分は若かったとブラムは振り返る。


 だがギルフォードは、二人を戦場から撤退させた後ブラムに肉体強化の魔法について講義を始めた。


 ブラム自身魔法理論は勉強していたのだが、肉体強化を使う者が少なかったために理論もおざなりだった。


 ギルフォードは何故か肉体強化の魔法について深い造詣を持ち、徹底的にブラムへ肉体強化の魔法の真髄を叩き込んだ。漠然と魔法を使うのではなく、全身に神経を通してどれだけ魔法を肉体に注ぎ込むのかどうかというのを実践させまくった。


 そのおかげで今では瞬時に肉体強化を全身にくまなく掛けられるようになった。


「魔法を教わる際に、最初の一言もあって喧嘩続きで。気付いたら友になっていましたよ。最後は王子だとバラされたのと、ローゼンエッタ家に知られてしまってギルはそのまま侯爵家に引き取られてしまって。それっきりになってしまいました」


「ふふ。男の子の友情というのも良いものですね。随分と長い間離れていたのに、今でも友誼を感じているなんて。では必ず彼を助けましょう。ブラムさん。わたしたちはこのまま出口へ向かいたいと思います」


「我々も軍の編成が済み次第、出立いたします。それと、リリアーヌ。君にお願いしたいことがある」


「何でしょうか?」


「ローゼンエッタ侯爵へ、手持ちの軍勢の手配を。ギルフォードの状況を伝えれば動いてくれるはずだ」


「それは……」


「あの人も、親ということだよ」

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