第5話 1−3 噂話

 お互いの自己紹介が終わって、従者は立ったまま、主人は座ってお茶会をしている。俺だけ従者もいなくて男だから気まずい。


 リリアーヌ嬢はイーユが王族だと知っているのだろうか。


「リリアーヌ様はエルフの国についてどこまでご存知ですか?」


「申し訳ありません。浅学の身で、遥か過去から森の奥深くにある大国。森や自然との共存を優先し、人間の国との交流はほとんど残っていないくらいですわ」


「いえいえ。それぐらいしかわからないのも当然かと。エルフが人間の国に顔を出すのは久方振りと、わたしも聞いています。交流が必要なかったので国から出る意味もなかったのです」


「必要がない、ですか」


 エルフは基本的に菜食主義と聞く。手先も器用で、森と精霊、神への信仰を主にするので娯楽をそこまで求めず、自給自足の生活で十分なのだとか。


 エルフの国の所在も大まかな位置しか人間の国には伝えられておらず、しかも周りには何故か強力な魔物が多いために人間が攻め込む意義が薄い。今の人間の生活とは様式がかなり異なっているようで、エルフの国を支配下においても工業が発展するわけでもない。


 魔物が強いため維持も大変で、勝っても果物や野菜などが手に入る程度。


 旨味がなさすぎる。


 それにエルフは人間より魔法の扱いが上手い。エルフの総数は全くわからないのに勝てないだろうという意見が多い。


 寿命も長くて、団結力も高いのだとか。


 そもそも存在も怪しまれていたのに、戦おうとする考えすらなかっただろう。


「エルフは生活基盤を確立させているのです。なので変化を求めなかった。自分たちの森の維持だけを考える。それで良かったので、他文化を学ぼうなんて考えなかったのです」


「ではこの度はどうして我が国に……?」


「わたしが変わり者だっただけでしょう。それに人間の方々とは違って、わたしたちにとって数年はあっという間の、刹那の猶予期間です。一千年を越す寿命の間の、ちょっとした青春を経験したいと思って羽を伸ばしに来た。それだけです」


 人間との在り方の違いに、リリアーヌ嬢はどうしたものかと考えているようだ。


 人間は精々六十年ちょっとしか生きない。だけどエルフは何百年生きるのが当たり前。悠久の時を生きる相手に、たった数年の旅行に来ましたと言われて人間はどう思うか。


 人間にとって数年は大きい。身体の変化も大きく、精神も大分変質するだろう。六十年というのはよく生きた方で、病気や戦場での怪我などを考えれば寿命はもっと短く、五十年しか生きられなかったらこの学校に通っている五年間は人生の十分の一。


 かなりの割合を占める長さだ。


 エルフや、目の前のイーユからすれば本当にちょっとした休憩と変わらないのだろうけど。


「他の国ではなくこの国を選んだ理由はやはり世界最大の大国だということもありますね。特に工業はエルフの国とは無縁なので見ていて楽しいです。列車や車は素晴らしいですね」


「イーユ様。エルフの国に持って帰りますか?」


「要りませんよー。国では燃料を用意できませんから。それに動物に乗る方が好きです。工業は見るから楽しいだけですよ」


「失礼しました」


「ルサールカは気になった物、ありますか?」


「──その不死鳥が。まさか公爵家とはいえ、人間が詠び出すなんて思えませんでした」


 ルサールカの鋭い目線の先には机の上に乗って微動だにしなかった不死鳥。


 エルフと同じく、人間の国では伝説の存在だった神秘。それが目の前にいれば、工業などよりも注目するのも仕方がない。


『ん。まあ、リリアーヌのマナは美味しいからな。存外居心地は良い』


「美味しい⁉︎マナに味はあるのですか?」


『ああ。濃厚で甘い。──お前のマナも美味しそうだ』


「鳥風情が──ッ!イーユ様のマナを食したいだと?身の程を弁えろ!」


「ルサールカ、抑えなさい。不死鳥も高位の霊鳥です。イズミャーユ教が定めているでしょう?あなたの忠誠も嬉しいけど、何でもわたしを優先しないように」


「……失礼しました」


 イーユの言葉にルサールカは九十度頭を下げるが、不死鳥に対して本気で怒ってたな。


 この場では抑えているけど、イーユのマナを食べたいというのは彼女にとって不敬が過ぎるということだろう。


 彼女の前でイーユを下げるような発言はしないように気を付けないと命が危ない。


 そんなバカはこの学校にいないだろうけど。いないよな?


 マナに味があるというこれまでの常識が崩れたというのに、それ以上の圧を従者が放ったことでこの部屋の空気がピリピリとしてしまった。


 しょうがない。音楽を流そう。


 こういう時、音楽の力は偉大だ。


 オルゴールの中のネジを回して、いつもの曲を流す。ループするとはいえ、三十分以上流れ続けるオルゴールの優しい音色に、空気も和らぐ。


「ギルフォード。ありがとうございます」


「いいえ。これくらいしかできませんから」


「ギルフォードは多彩ですね。音楽は誰かに教わったのですか?」


「いいえ、独学ですよイーユ様」


「ふふ。音楽の才も魔法の才も、まるでエルフのようですね。誰かに祝福されたかのよう。ギルフォードは信心深いイズミャーユ教だったりします?」


「生憎信仰心はそこまででは。母が信心深かったのは覚えていますが」


「なるほど。良い母君をお持ちになったようです」


 イーユの目が、時々怖い。俺を通して全てを見透かしていそうで。


 この二人、隠す気はあるんだろうか。


「……ギルフォード。大分イーユ様と仲がよろしいのね?」


「同じクラスだからでしょう。休み時間の度に話しかけていただいていますから」


 ヒュラッセイン公爵家令嬢ともあろう方が頬を露骨に膨らませるのはどうなんだろうか。その様子を見てイーユはクスクスと上品に笑ってるし。


「すみません、リリアーヌ様。エルフ以外で魔法に詳しい方は珍しくて答え合わせがしたかったのです。ギルフォードの知識と細かい技量だけで言えばこの学校のトップでしょう。国ではどのくらいか、まではわかりませんが」


「そうですよね!ギルフォードの知識がとても凄くて!フェニちゃんを詠び出せたのもギルフォードのおかげなのです!」


「まあ。詳しく」


 仲が悪いのかと思ったらいきなり意気投合し始める。


 女性は、よくわからない。


 俺が禍罪の子ということは話さなかったけど、マナが見えたり、リリアーヌ嬢の実力を一目で見抜いたことをバラされた。隠し通せるものでもないので良いけど。


 今日は授業の真似事をしなくて済みそうで、カバンからバインダーと白楽譜を出す。また他の曲でも考えよう。


 女性同士のお茶会を邪魔する趣味もない。たまにそういう趣味の貴族がいるけど、側から見守り愛でる方が楽しいと思うけどな。


 そうして話がどこかへ終着するようだった。


「そうそう、イーユ様。今度第二王子がなさる儀式をご存知ですか?」


「いいえ。聞き及んでおりません。何かなさるのですか?」


「はい。古の秘術を再現するのだとか。何でも次元を超える大魔法、異世界より聖女を呼び出す儀式だそうです」


 その言葉にイーユとルサールカは目を輝かせて。


 俺は逆に目を伏せた。

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