第4話 1−2 邂逅
「なら、あなたが放課後にしている遊びというものに興味があります。どうせ放課後は寮の部屋に戻るだけですから」
お昼の会話の流れでそうなっていた。俺はこっそりと、訳のわからない二人組について溜息をついていた。
目を髪で隠していることに興味を持ったのか。彼女──イーユは入学してすぐに話しかけてきた。その途端、このクラスでの俺の立ち位置が決定した次第だ。
男女問わず、敵に回した。可愛らしい少女だということは認めるが、クラス全員が
イーユは楽しそうに話をする。無邪気な子どものように。それもあってか、彼女の会話を誰も邪魔をしようとしない。邪魔をしたら嫌われると本能で察知したかのように一定の距離を取って周りから様子を伺うだけ。
そして毎日のように話しかけてくるイーユを見て、話しかけるタイミングを逃し続けて。結果として俺が恨まれて。そのループだ。
初日からこのような事態に陥って、正直「またか」くらいにしか思わなかった。俺はどこでだって孤独に過ごすしかないらしい。
イーユとその従者ルサールカは引き離せなかった。だから授業が終わって放課後。そのまま第三校舎の角部屋へ向かう。
入学してすぐにこれからの学校生活を察した俺は、自由に使える部屋を探して放課後は入り浸っていた。その孤独も、たった一日で崩れ去ったけど。まさか公爵家のお嬢様に見付かるなんて思いもしなかった。
自分の実力を把握していなかったことも。
第三校舎に入ってすぐ。管理室でいつものように鍵を借りて三階へ。解錠して扉を開くと、イーユが何故か感嘆の声を上げた。
「わぁ。素敵な、これぞ学生の秘密基地って感じですね。お城と呼ぶべきでしょうか?」
「……ありきたりな空き教室だと思いますけど?」
「それが風情があって良いってことですよ。綺麗に整頓もされていますし」
「イーユ様が入って大丈夫なほど清潔に保たれている。及第点だな」
「それはどうも……」
イーユの奇妙な価値観と、尊大なルサールカさんの言葉に曖昧に答えながら窓を開けていつものように鞄から木箱を取り出して、蓋を開けて音を鳴らす。
自作のオルゴール。この音を鳴らさないと始まらない。
「素敵な音色。オルゴールはいつも持ち歩いているのですか?」
「ええ。音楽は気持ちを落ち着かせてくれますから。魔法を使う時も、ささくれた心のまま無理に使おうと思ったら暴発するでしょう?精神安定療法の一つです」
「あなたほど緻密な制御ができる方でもそんな心配をするのですか?」
「ええ。魔法に絶対はありませんから」
魔法は危ないものだ。魔物という人間よりも強靭な肉体を持つ化け物を触れることなく倒せる超常の力。初級魔法なら殺傷能力がないので小さな傷を負う程度だろうけど、それでも不安だから毎朝魔法を使ってみて自分の状態を確認している。
今日もこの身体と精神が自分のものだったと、確認しなくては一日を始められない。
怪我を負う、という意味でも危ないけど、権力に魅せられるという意味でも危ない力だ。貴族として成り上がるための一番の近道は魔物を魔法で倒すという存在価値の証明。大貴族になるために、その立場から追われないように、魔法の修練に命を懸ける。
そういう、魔の力。法に連なる礎。
だから「魔法」なのだ。
「ギルフォードさんは魔法に対してとても真摯なのですね。ここまで熱心に研究なさっている人間の方は初めて見ました」
「エルフの方々はそこまで研究熱心ではないのですか?」
「エルフは魔法を使えて当たり前なんです。自然に感謝し、神に感謝することで魔法の摂理を本能的に察知します。エルフの中では魔法は勉強することでも研鑽を積むことではなく、祈ることなのです」
「それはまた……」
種族が異なるとそこまで事情が異なるなんて。人間は祈ることで魔法は上達しない。変わるのは回復魔法と光魔法のみ。この二つは神に祈ることで精度が上がる。唯一神イズミャーユに祈りを捧げて祝福を受けて、その祈りに応じた魔法が使える。
だから人間でも回復魔法と光魔法の上級魔法を使えるのは敬虔なイズミャーユ信徒だけだったりする。
俺も、その二つは使えない。神様を信じていないというか。
神様がいれば、母上はあんな末路にならなかったと思うと。
「ふふ。エルフのことをもっと知りたければご教授いたしましょうか?」
「確かに知りたいですね。エルフのことは文献でしか知らないので」
「こちらにはどれくらいの情報がきているのですかねー。内側にいたのでこっちのことはあまりわからなくて」
んー、と考えるイーユ。
その姿は本当にただの少女のようで。
交流の途絶えたはずのエルフの神秘に触れている、なんて思いもしなかった。
ルサールカが上級魔法の空間収納魔法を使って、ティーセットを取り出す。この空間に入れておいた食べ物や飲み物は温度や味を保ったまま入れられる。従者に覚えさせたい魔法のランキングトップ。
そんな実力をポンと見せ付けられてちょっと笑うしかなかった。イーユはそうやって奉仕されるのが当たり前のようで、ティーカップに入れられた紅茶を優雅に飲んでいた。
その様子があまりにも完成されていて。まるで宗教画を切り取ったような風景に違和感を覚えなかった。それが不可解なはずなのに受け入れている俺はおかしい。
そんな不思議な空間に、俺の奏でるオルゴールの音に、一つの音が加わる。何てことのない、ドアをノックする音。
「失礼します」
ノックをしたレイン殿がドアを開けて、リリアーヌ嬢が入ってくる。本当にこれが日常になるだなんて。
「話し声がしたのでどなたかいらっしゃるとは思いましたが。初めまして、わたくしは公爵家の次女、リリアーヌ・ケイン・ヌ・ヒュラッセインと申します。ここにはギルフォードの教えを受けるために毎日訪れています」
「従者のレインと申します。よろしくお願いします」
二人してカーテーシーを行い、座っているイーユの頭まで全身を下げる。公爵家のご令嬢がここまで下手に出るのはこの国ではマズイことだと思うが、頭を下げている相手がエルフの国の交換留学生だからこそ。
この国を代表して礼節を示しているのだろう。
俺は代表にもなれないし、俺程度が礼節を見せても意味がないだろうから普段通りに接するけど。
「これはご丁寧に。エルフの国のイーユと申します。家名がないのはしきたりなので、気にしないでください」
「イーユ様の付き人のルサールカ・フォルボロスと申します。先に言っておきますが、私はハーフエルフです。エルフの国でも珍しくはありませんが、こちらでは珍しいと聞きます」
同じクラスの俺は知っていたが、リリアーヌ嬢はルサールカのことを知らなかったようで頭を上げて目を見開いていた。
さもありなん。
エルフの国との国交なんて名ばかりでほぼ閉ざされている。人間との交流なんて何百年、何千年閉ざされているかわかったものじゃない。
だというのに、人間とエルフの合いの子がいるというのは初耳だろう。いや、でも。耳の形で気付くだろうか。だとしたら何に驚いたんだろう。
今回二人の留学については、帝国に残っていた古い文書を引っ張り出してそういう盟約があったと確認して認めたほど。それほどエルフなんて御伽噺程度にしか認知されていない存在だったのだから。
「ギルフォードの立場は本人にそれとなく聞いていますが、公爵家の方と縁があったとは知りませんでした。それに肩に乗っている不死鳥、可愛らしいですね」
「え……?あの、イーユ様?あなたはこの子のことをご存知で……?」
「公爵家の方に様付けされるような身分ではありません。気軽に呼び捨てにしてください。それに不死鳥の本当の姿はエルフの国に残っていますよ。イズミャーユ教でも把握していたはずですが」
そう、何でもない常識のように語るイーユ。不死鳥も頷いている。
しかし、とんだ矛盾を口にしていることがわかっているのだろうか。仮にも侯爵家の俺のことは呼び捨てで、公爵家のリリアーヌ嬢には丁寧に応対する。リリアーヌ嬢がそうするのは位からしておかしくは映らない。
階級では確かに一つの差しかないが、その一つは大きい。侯爵家は貴族の中でもトップに位置するが、公爵家はまさしく王家に連なる家柄。だから王族一派として対応を変えたという見方もできる。俺が妾の子でなんちゃって貴族ということも加味して。
一番の要因は、イーユが
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