第3話 1−1 噂のあの人

「そういえばギルフォードのクラスを知らないわ」


 リリアーヌが放課後にギルフォードと過ごすようになって数日。昼休みにリリアーヌがポツリと呟いた。


 彼女が公爵家の人間であること。公爵家としてはありえないほどの凡才であるという噂の蔓延。肩に訳の分からない赤い鳥を乗せたまま生活を送っていること。


 このことから彼女は学校で孤立していた。かつてからの友達なども学校にはおらず、日中はずっとメイドのレインと一緒。放課後になれば第三校舎の空き教室に行ってギルフォードと魔法談義。


 その後は家に帰るだけ。交友関係なんて産まれる余地がなかった。


 社交界などで会ったことのある人間もいるが、そういう場で会ったりする人間は家柄上の関係であることが多いので友達になろうともしなかった。


 お昼などにお茶会にも誘われないので、リリアーヌはそういうものだと諦めていたが。


 だからこそ、唯一交友のあるギルフォードのことを知ろうとしたのだろう。


 この問いに答えられるのはリリアーヌの後ろから付いてきているメイドのレインしかいない。


「お昼をどうしているかまでは把握していませんが、クラスならガーベラですよ」


「ありがとう」


 なぜかこの学校、クラスに花の名前を冠していた。特進クラスや分野ごとの専属クラスなどがあるわけではなく、王侯貴族や極少数の庶民が平等に過ごせるようにという配慮でこのようになっているが。


 どこにも平等など存在しない。第三校舎という隔離所がある時点で察せるだろう。


 そんな学校の構造については思考の片隅に飛ばしてリリアーヌはギルフォードを探しに歩き出す。歩いている最中に感じる侮蔑の視線は全て無視。


 言葉にされなければ、家同士の確執にはならない。だから公爵家で変わっているリリアーヌへ向ける態度だけは悪い人間は多い。たとえその人物の家柄が比べられるわけもないほど低い家でも。


 この学校は一学年百二十人しかいない。クラスは六個。それが五学年と考えると、王侯貴族が通う学校にしては大きい方だ。


 そもそも諸侯の子息など、全員が学校に通うわけではない。家庭教師にずっと教わって学校に来ないというパターンもある。現に第二王子はリリアーヌの一つ上であるが、学校に通っていない。


 リリアーヌがガーベラクラスに辿り着いて中を覗いてみると、ギルフォードは教室にいた。自分の机でお弁当を食べているようだった。本来大貴族であるギルフォードはメイドの一人でも側仕えとして置いていてもおかしくないのだが、彼は一人だった。


 妾の子、禍罪の子ということが関係しているのだろう。


 ただし妾の子ということは知れ渡っていても、禍罪の子ということまでは知られていない様子だ。これはレインが秘密裏に調べた調査結果なのでリリアーヌも信用している。


 禍罪の子なんてことが知られたらもっと大騒ぎになっていて、彼の周りに人がいなくなっているはずだからである。


 ギルフォードはご飯を食べながら、とある女子と話をしていた。その少女もご飯を食べながら話をしていて、その少女から一歩引いて後ろの席に座った少女が二人を気にしながら食事をしている。


 その様子を見て、少女たちが主従だとわかった。リリアーヌとレインの食事風景と同じだからだ。


 ギルフォードと話している少女は青髪でとても肌が白く、女性のリリアーヌですら息を飲んでしまうほどの美少女だった。あんな完成された美の象徴など見たことがないと思うほどに女性として負けたと一瞬で思い知った。


 リリアーヌは公爵家として、様々な貴族の催しに参加してきた。外国のパーティーにも参加したことがあるが、それでもギルフォードと話している少女のような美しい少女を外国でも見たことがなかった。


 従者のような少女がいる時点で貴族か、そうでなくても名家の出であることが確定。しかもその従者まで美女なのだ。赤髪の女性とも呼んでいい大人びた従者は、周りを気にしながら食事を続ける。


 一瞬だけ、教室の外から眺めていたリリアーヌと視線が合った。


「レイン。あんな可愛い子に見覚えがないのだけれど、誰だかわかる?」


「……推測になりますが。例の少女かと。エルフの国から留学に来た少女。同じ学年になったと話は聞いていましたが、その人物であればあの美貌も納得できます」


「そういえば。そんな話もあったわね」


 今年になって告げられた内容。公爵家なのでリリアーヌも知っていた事柄だが、遙か遠方にある大森林の奥。そこにあるというエルフの国。


 そこから世情を知るために、やんごとない身分のエルフの少女が留学に来るという話だった。公爵家とはいえスペアであるリリアーヌはそのエルフの方と面通しをしたわけではないので容姿までは知らなかった。


 よく見れば青髪の少女は耳が尖っていて長く、赤髪の女性も尖ってはいなかったが耳が縦に長かった。赤髪の女性はハーフエルフの特徴をしていた。


「となるとあの方はイーユ様、ということかしら?ギルフォードを探しに来て、まさかの人物に会ってしまったわ」


「お嬢様。会ってもなければ、会話もしておりません」


「ギルフォードも彼の方に請われたらそのまま接待をせねばなりませんもの。わたくしたちは中庭で食べましょうか」


『ホント、リリアーヌは良い性格をしているね』


 学校の中では滅多に話さないフェニクスがわざわざ口にしてまで苦言を零した。リリアーヌの立場を鑑みればそれは正しい行動なのだが、それがどうしようもない言い訳がましくて思わず零さずにいられなかったのだろう。


 リリアーヌが去ろうとした際、もう一度従者の女性が視線をリリアーヌに向ける。その視線に気付いたのはフェニクスだけ。一瞬にも満たない時間で確認の視線を送っただけであり、ただの人間には気付けなかった。


 ギルフォードはイーユと会話を続ける。従者の女性も、不敬な発言がないかと耳を主人の会話へと移した。


「本当にギルフォードさんは魔法について詳しいのですね。魔法の祖とも呼ばれる森妖精エルフとしては、自分の浅学さを恥じるばかりです」


「いえいえ、私もまだまだ勉学中の身です。それに、イーユ様は学びのために国を出て来られたのでしょう?これから、ですよ」


 表向きにこやかな会話。周りの人間もイーユという美少女と楽しそうに話しているギルフォードへ嫉妬の目線を向ける者もいる。それは男女問わずで、イーユの魅力は性別問わず全てを魅了していた。


 そのため教室の外からも二人へ視線を向けられる。イーユの従者、ルサールカはそんな増える目線に苛立ちを覚えながらも努めて冷静であろうとする。主人が好機の目線で見られるのが不敬だと感じて腹の奥底が燃え上がるようだったが、学校とはそういう場所であるために我慢していた。


 先ほどは思わず不死鳥・・・を見付けて視線を向けてしまったが、その様子はイーユに夢中だった周りは一切気付かず、不死鳥にしか気付かれなかった。


(まさかアレを喚び出す人間がいるだなんて……。お父様に報告しなければ。しかし大国クリフォトの有力貴族の子息が集まる学校でも、この程度か。魔法が大事というわけではなく、自身の家柄と権力、そして欲望に素直すぎる。そこは人間だからこそであり、気色悪いとしか思わないが)


 ルサールカは心の中でそう侮辱する。人間たちはどれもこれも下等だと。魔法学校と銘打っている割には魔法を研究しようとしている者は極少数。それも知的好奇心からともなると更に数を減らし、家の出世などを考えている者ばかり。


 あとは貴族としての生活をしているだけ。ただの猶予期間モラトリアムとして遊んでいるような輩ばかり。


 鵺の正体見たり、ではないが、わざわざ出向いた結果としては残念極まりない。


 唯一の成果は、先程の不死鳥と、イーユと話している目の前の男。


(不死鳥の召喚など、当座の間ありえなかったはずだ。エルフでもそこまでの実力者は自然発生しておらず、まして人間が召喚するなど。イーユ様のような特殊な眼は我々にないので人間の才能の可視化など不可能。それでも不死鳥は規格外に過ぎる。人間が召喚した例など過去のアレ・・を除いて存在したか……?)


 そう逡巡するルサールカ。不死鳥がいれば魔物を一千体は滅ぼせるという規格外の召喚獣で、これを召喚できたのは遥か過去にたった一人だけ。他にも召喚した存在はいたが、人間はその一人だけだった。


 だが今になって、その例外が現れた。


(あの少女のことも気になるが。この目の前の男は何だ?魔法の知識量はイーユ様と同等。そして調べてみたところ人間の中で冷遇されているようだが……。冷遇されているからこそ、この知識量はあり得るのか?何者かに教えを請いたのだろうが、人間が知り得る限りの限界を超えている。人間の研究や理解度を超えた埒外の存在……。必ずその秘密を暴いてやる)


 ルサールカが知っていて当たり前の知識を、人間如きが知り得ている。それはあり得ないことだ。人間の魔法への理解度はエルフに劣り、そのくせギルフォードは魔法の使い方が巧い。誰もがまともに使わず、修練用として切って捨てている初級魔法で手品のように様々なことをする。


 人間ではないと言われた方が納得するが、彼がこうも特異な理由はわかっている。


(やはり禍罪の子は誰もがどこかおかしい。今もイーユ様と歓談しているように見せて、我々への警戒を止めていない。我々のどこかにおかしな部分でもあったか?底が見えない……というか!イーユ様と会話ができているのだからもっと心から笑え‼︎瀑布のごとく涙を流して感涙の湖を作り上げろ!我々ならそうなるッ‼︎)


 そんな嫉妬も混ざった目線を後ろの席から向けるルサールカだが、だからこそギルフォードは警戒してしまう。時々漏れる怖い顔が、ルサールカを避けさせていた。


 情報収集をするルサールカ。警戒するギルフォード。何を考えているのかにこやかに話をするイーユ。その様子を見て憤慨している周り。


 ガーベラクラスの昼休みは、まさしくカオスが支配していた。

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