第6話 2−1 聖女降臨の儀

 さる休日の夜。首都の少し外れにあるコンサートハウスには数多くの馬車が停められていた。どれも豪勢な装飾がされた馬車で、それを見るだけでその家の品位、格がわかるというもの。


 馬車の総数は百台を超えただろうか。会場に訪れている人数は余裕で収納できるほど大きなコンサートハウスだが、本来舞踏会や社交界を行うとしてもここまでの人数は集まらない。国中の貴族という名の貴族全員が集まる勢いで、王族の誕生パーティーでもここまで集まったことはない。


 王族のパーティーはそれこそ大貴族しか参加できないので、ここまで集まらないことも当たり前なのだが。


 今回ここまで貴族が集まった理由は、第二王子が全貴族に招待状を送ったため。大儀式を行うために、後学のために集まれと御触れを出したのだ。


 勅令に等しいその宣言に、田舎貴族は必死に首都入りして駆け付けた。よっぽどの理由がない限り今回の招集を断った貴族はおらず、跡取りも含めて家ごとに参加する人数も多かったので馬車の数がとんでもないことになっている。


 この期に第二王子に胡麻摺ろうという下級貴族も多い。これで顔を覚えてもらって取り立ててもらおうという欲が出てしまっている人間がチラホラ。


 これに参加しない貴族は、国防のために離れられない有力貴族。第二王子という王位継承位が低いからと参加する意義を感じなかった大物貴族。本当にどうしようもない理由があって参加できなかった貴族。そして、貴族扱いを受けていないなんちゃって貴族がこれに該当する。


 ギルフォードは、この最後に当てはまる。ローゼンエッタ家は侯爵家としてもちろん参加していたが、親から絶対に来るなと言われていた。


 一方リリアーヌはスペアとはいえれっきとした公爵家。レインを連れてすでに会場入りをしていた。今日は流石に不死鳥を連れていては不敬になるかもしれないということで家に置いてきた。


 なら普段の学校生活でも置いていけという話だが、それは断固として拒否したリリアーヌ。意外に意志が固い。


 リリアーヌはこれでもかと派手な真紅のドレスを身に纏って大儀式へ参加していた。それが下品に映ることなく、むしろ彼女の可憐さをこれでもかと見せつけていた。


 彼女はイーユに負けたと即感じ取っていたが、優秀な血筋ということもあって彼女も十分美しい少女だった。たとえ魔法においては落第の噂が貴族の間で流れていても、彼女の美貌に惹かれる者は多い。


 レインはいつものメイド服で彼女の後ろについてくる。


「ギルフォードならこっそり忍び込んでいるかもと思いましたが。流石にいませんわね」


「招待状の照合を行なっているのです。ギルフォード様がいらっしゃるはずがありません」


 レインは普段であればギルフォードを呼び捨てかあの男呼ばわりしていたが、ここでは人の目がありすぎるので一応様付けしている。本来、妾の子とはいえ侯爵家の三男を使用人風情が呼び捨てにすることが烏滸がましいのだが。


 この会場、第二王子が主催で国中の貴族が集まるために、警備は万全を期している。魔法の先鋭と騎士団の護衛を会場の中と外に配備。ここが今夜落とされたら国そのものが崩れる。それだけの人が集まってしまった。


 この情報が他国に知られて攻め込まれたら大惨事になる。だが第二王子の命令も逆らえない。賢い貴族もその立場ゆえに参加せざるを得なかった。


「一応他国の者の工作もあるかもしれないから、食事や飲み物は取らなくていいわ。むしろ気楽に立食パーティーを楽しんでいる人たちが信じられないのだけど……」


「警戒をしていないのでしょう。国を信じているのか、自分たちは大丈夫だと思っているのか。他国とこれといって戦争状態ではありませんが、もし誰かを蹴落とそうとしたら絶好の機会だというのに」


 ここで毒でも仕込んで大貴族が失脚すれば、国の建て直しのために下の階級の貴族から大貴族に抜擢される。そういうことを考える貴族もいるかもしれない。社交界とは華やかなイメージがあるかもしれないが、実態は誰かを蹴落とす材料を見付けようとする、貴族たちの負の貉だ。


 これほどの貴族が集まってしまえば犯人を探し出すだけで一苦労。政敵に罪を押し付けて失脚させるという一石二鳥も狙える格好の舞台。


 悪人がいればこの場を狙わないわけがない。


 そういうわけで、リリアーヌもレインも会場で出されている食事や飲み物に口を付けようと思わなかった。


 信頼できる貴族や自分の家が主催する社交界ならまだしも、王族が開いたとはいえ大きすぎる催しは人の影に隠れて何かをしやすい。その証拠に大貴族はやはり食事にありついていなかった。


 リリアーヌは今回、家の顔を守るために参加しただけ。聖女召喚の儀なんて欠片も興味がなかった。


「本当に大きな魔法陣を用意はしているけれど。レイン、何かを感じて?」


「いいえ、お嬢様。やはり私はマナを感じ取れないようでして」


「わたくしもよ。ギルフォードと、エルフが特別ということでしょう」


 会場の半分奥。そちら側は大きな魔法陣を石灰か何かで床に描いていて、それの維持を幾人かの魔法使いがしているようだ。奥側は関係者以外立入禁止となっていて、リリアーヌも遠目にしか様子を伺えない。


 第二王子である銀の髪に濃い碧の瞳をした十代半ばの少年、ガルシャ・ソウム・メッサー・クルヒューム=クリフォトが魔法使いたちに指示を出している。リリアーヌよりも一つ歳上の少年はこの儀式のために奔走しているらしい。


 その魔法陣を見ても、リリアーヌもレインもマナを感じ取れなかった。まだ呼び出す前だからマナが活性化していない可能性もあったが、次元をも超えるという大魔法。既にマナが活気付いていてもおかしくないと思ったのだが、どうやら感じ取れないらしい。


 ギルフォードが特別なのだと、よくわかる。彼は人間を見ればその人のマナの総量が見れるという。リリアーヌもすれ違う貴族の全身を見たりしているが、そんなものは見えなかった。


 エルフであるイーユはこのマナの総量を見られるらしい。ハーフエルフのルサールカはマナが見えるだけで、総量などはっきりしたことは見えないという。ただマナが近くにあると感じ取れるだけなのだとか。


「やはりマナを確認するなんて、先天性の素質なのかしら?」


「研究がまだ下火ですから、そう結論付けるのは早いかと。それを確認するためにギルフォード様とこれからも交流を続けるおつもりですか?」


「そうね。教諭の教えを受けるより、ギルフォードの話の方がためになるもの。あとイーユ様のお話も。視点というか、観点が異なるから新しい発見があるわ」


 今のリリアーヌは新しい玩具を受け取った幼児と変わらない。未知に目を輝かせて、それに没頭したいだけのお嬢様。視野が狭くなっているが、レインがいるために問題はない。


 少しギルフォードに執着しすぎだが、本当に不味ければレインがもっと口煩く言葉を尽くす。この程度のお小言で収まっている時点でレインも心を許している証拠だ。


 レインが本気で諌めればリリアーヌもギルフォードに会うのをやめる。それくらいにはレインを信じている。幼い時からの友情は確かに二人を繋げているのだ。


「おや。リリアーヌ嬢。そんな離れでどうしたのだ?」


「ローゼンエッタ侯爵。ご機嫌麗しゅう」


 話しかけてきた中年の男性、ローゼンエッタ侯爵にリリアーヌはカーテーシーを。メイドであるレインは頭を九十度下げて、両手を前で合わせて膝の前に置いてメイドらしいお辞儀をした。


 ローゼンエッタ侯爵。緑の髪に翡翠の目。見るからに上品な礼服を着てやはりメイドを後ろに控えさせた男性。


 その家名から分かる通り、ギルフォードの実の父親だ。


 家柄だけならリリアーヌの方が上だが、その家の当主と、家柄だけが上の子供では立場的に当主の方が上だ。よっぽど下の階級の貴族ではない限りリリアーヌは、当主に対しては頭を下げるだろう。


 リリアーヌがもしも公爵家を継ぐ跡取りであればここまで頭を下げる必要はない。公爵家として扱われるために。だが彼女は跡取りではなくスペア。しかも家の者と一緒にいない。となると彼女はこの場で、ただの貴族の子女と変わらなくなる。


「父や兄は挨拶回りをしておりますが、わたくしは不要だと言われました。ですので、此度の儀式はどういったものかと確認しておりましたの」


「そうか。君ほどの者が壁の花とは勿体無いと思っていて声をかけたのだが。良い相手はいなかったかね?」


「今日はそのような舞踏会ではありませんわ。侯爵様」


「ふむ。気付いていないか。此度は田舎から出てきた者も多い。君を初めて見た下位貴族は君に話しかけようと躍起になっていたが、わからなかったか?」


「そうですの?」


 侯爵に言われて周りを見渡すと、咄嗟に顔を背ける同年代の少年たちの姿が。一応着飾っているので貴族の子息なのだろうが、記憶力の良いリリアーヌですら見覚えのない顔ばかりだった。


 リリアーヌは家柄の関係で、クリフォト国の上層部と、国外の上層部とばかり交流してきたのでこの国の下位貴族などは当主であっても顔と名前が一致しないことが多い。


 これはリリアーヌがスペアで、公爵家にしてはあまりパーティーに出席していないことも大きい理由だ。コネクション作りが社交界に出向く理由で、スペアのリリアーヌはそれをあまり期待されていなかった。


 最低限上層部と顔合わせをしておけば良い。そしてその中の誰かと婚姻を結べば良い。そう考えた家の意向で国の下位貴族の顔がわからないのだ。


 レインは周りの男共がリリアーヌに対して下賤な目線を向けていることに気付いていたがそれをリリアーヌに伝えることはしなかった。そういった観察眼、気配察知を養うことも社交界では大事であるために。


「それだけ魅力的な君へ話しかけられない臆病者たちに代わって、私が歓談を、と思ってね」


「お手数をおかけして申し訳ありません……。良い殿方がいらっしゃれば是非にとわたくしも思っているのですが、話しかけてくださる紳士な方は侯爵様だけで」


「確かにアレらは紳士ではないな。まあ、私としてもリリアーヌ嬢と話したいことがあったから丁度良い」


 周りの有象無象を見渡してから、侯爵はそう切り出す。近付いてきたのはその話ありきだったようだ。


「ギルフォードと、会ったようだな」


「っ!……ここでよろしいのですか?」


「構わんさ。どうせ誰にも聞かれていない。私に近付く者ならギルフォードのことは知っている」


 一応レインに周囲を警戒してもらい、侯爵と話し合う。侯爵もどこに危険があるかわかっているようで、飲み物のグラスすら持っていない。そして侯爵の予想通り、侯爵ほどの立場がある相手が話しているところに入り込んでくる馬鹿はいなかった。


 他の大貴族も何かしらしているか、話し相手がいるようでこちらには来なかった。


 周囲は侯爵と話せるほどの立場があるのか、話題を提供できるのか、もしくはそれだけの美貌があるのだと理解してリリアーヌを認める目線を向けてくる。


 だからこそ欲しいと思ってしまう男の性も、それを隠せない醜さと若さが現れるのも、社交界の面白いところだろう。


「アレと同じ学年だからな。学校まで一緒となると、遭遇する可能性は高いと予想はしていた」


「あの。侯爵様はギルフォード様を息子と認めているのですか?」


「認めるわけがあるか。リリアーヌ嬢はアレが禍罪だと知っているか?」


「………………はい」


「なら話が早い。その上で、アレを息子とも、貴族とも認めると思うか?」


 リリアーヌとしては被せるように否定したかった。禍罪など何の根拠もないデマだと叫びたかった。


 だが、そんな大それたこと。


 リリアーヌにはできなかった。


 後先考えず何も考えず叫んだら、ヒュラッセイン公爵家に泥を塗る。もし家を継いで、好き勝手して良い立場だったら周りの目を気にせずリリアーヌは叫んでいただろう。


 しかしリリアーヌは公爵家の力などほぼ使えないただの女の子で。


 家も大事で、立場も理解している聡明な人間だったために、衝動的に行動できなかった。


 リリアーヌはギルフォードのことを、親ほど知らない。まだ出会って二週間。たったそれだけの時間でギルフォードの全てを理解しているという妄言を吐くつもりもない。些細なことすら知らないと、むしろ断言できるほど人と成りを理解できていない。


 好きな色も、好きな食べ物も、好きな音楽も知らない。彼の混み入った事情の全てを知らない。できるのは友人ヅラが精々で、理解者ヅラなんてできるほど顔の皮は厚くなかった。


 そして禍罪についても、噂程度でしか知らない。


 過去にどんなことを引き起こしてその名で呼ばれてしまったのか。どんな迫害を受けてきたのか。今になるまで伝わっている内容がどれだけ正確か。本当に災厄を運ぶ悪魔なのか。


 何も知らない。


 それで否定などできはしなかった。


「他家のことだ。アレに関わるなとは言わん。だが忠告だけはさせてもらう。不幸になる前に縁を切っておけ」


「侯爵様は不幸でしたか?」


「幸福ではなかったな。……この十年で魔物の行動が活発になった。そこに禍罪の関連性があるか調査していたが、アレがいる土地では年間三割、増加している。他の地方は例年通りであっても、アレのいる土地だけでだ」


「それは……」


 そんな偶然があるのだろうかと、リリアーヌは考える。おそらく偶然では片付けられないとリリアーヌの頭脳が判断を下した。公爵家としての知識が偶然では片付けられないと訴えかけてくる。


 魔物は人類の一番の敵だ。遥か太古から存在し、過去には魔王軍と呼ばれる組織を魔物が作り上げて人類に仇なしたという記録も残っている。


 本能的に動く知能の低い魔物もいれば、組織や集団を作る知能の高い魔物もいる。だからギルフォードがいる場所だけ魔物の数が増えたというのは、魔物が本能を刺激されたのか、意図的にギルフォードを襲っているかのどちらか。


 人類は魔物の調査をやめたことはない。そのためデータが改竄されている可能性は早々に切り捨てると、やはりギルフォードのせいで魔物が増えているという客観的事実しか残らなかった。


「学校側にも伝えてある。何か問題があればアレに全てをなすりつけるつもりだ」


「そんな……!それは横暴ではありませんか?」


「そういうものだと受け入れよ。この選択が、精神衛生上最も効率的だ」


 その哀しげな顔に、リリアーヌは心の内で苛立つ。目の前の侯爵が、どう見てもギルフォードの実父だとわかってしまうがために。


 目元も、顔の形も。ちょっとした仕草も話し方も。


 二週間で知ったギルフォードと瓜二つで。


 たとえ髪と瞳の色が異なろうとも、血の繋がりを感じてしまって。


 リリアーヌは言葉に詰まってしまう。


「学校にも介入して、君とアレを引き離した。名家の人間に何かあっては事だ。だから重要な人物は軒並み引き剝がさせてもらった。アレが首席式辞を担当するのも問題だと思って辞退させた。君の公爵家こそあの場は相応しかった」

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