第8話 2−3 聖女降臨

 リリアーヌ嬢とイーユからの情報で、というか第三校舎の部屋でお茶をしながら平然と話していたせいで。聖女降臨の儀とやらの詳細を知っていた。


 全く気にならなかったというのに、天使あくま様がどうしても会場に行きたいと五月蝿かった。だからしょうがなく会場にこっそり侵入することになった。今は会場の警備状況を知るために飛行魔法で空から眺めているところだ。


「本当に興味なかった?次元を超えた先から人間を呼び出す魔法なんてトチ狂っててキミ好みだと思ったけど?」


「そんな、まるで神様が用意した魔法に興味はないよ。クンティス。人類が使う魔法なら興味があるけど、人間による再現性がない魔法なんて欠片も興味ない」


 俺の隣でにこやかに笑う、純白の天使。白い羽を生やした子供のような見た目の美少年。母上が亡くなった時期から現れるようになった、天使と思われる存在。


 イズミャーユ教において天使の絵姿は描かれていない。女神は宗教画としていくつかあるのに、その神の使いとされる天使は名前と概要こそ文字として残っているのに宗教画としては一切描かれない。


 だから天使っぽい見た目で、自称天使だから天使とは呼んでいる。


 俺以外の人間には見えないらしい。声も聞こえないのだとか。


 母上が亡くなった後の話し相手にはなってくれたけど、いつでもいるわけじゃないし友達とは思えない。


「何で再現性がないって思うんだい?」


「クンティスが教えてくれたんだろ?この世の魔法大全とかいう本をくれて。だっていうのに、異世界に繋がる魔法なんて存在しなかった」


「ボクのことを信じてくれたんだね?いやー、嬉しいなあ!ボクが見える人間ってボクのことあまり信じてくれないんだよね」


「ま、胡散臭いからね」


「おや、辛辣」


 事実話す内容は天使というより悪魔だ。悪魔は魔物として存在するから実感しやすい。


 俺のありのままを愛するからって、どんだけ苦労してたって助けてくれなかった。実体がこの場にあるわけじゃないからとか言われたけど、見ているくせに助けてくれなかったから神様を信じなくなった。


 というか。こんな天使が使えている神様も碌でもないんだなと思うと腑に落ちる。


「おっと。ボクのせいで主神が風評被害を受けてる。これは怒られるぞー」


「心を読まないでくれる?そういうところだから。……クンティスが使えてる神様ってイズミャーユ様なの?」


「そうさ。可愛い女の子だよ。この世界のことを想ってバランス調整している。そのバランスを、異世界からの訪問者は崩しかねない。だからボクはこうして様子を見に来たのさ」


「一応仕事してたんだ」


 時折フラッとやってくるだけで仕事内容とかも聞かされたことはなかったから、仕事をしてるってだけで驚く。俺の隣にいる時は雑談してるか、フワフワ浮いてるだけだし。


 それとイズミャーユ様、見た目女の子なのか。女神像などは綺麗な女性として造られているから少女だとは知らなかった。


 こうして話してみると、クンティスのこと禄に知らないな。


「で?聖女降臨の魔法ってクンティスも知らない魔法なの?実在するわけ?」


「うん。まあキミになら教えても良いか。ボクはそんな魔法を知らない。けど、そういうことを実行できる方法は知っている。──天使の遊びだね」


「魔法とは違う、天使特有の力ってこと?」


「理解が早くて助かる。人間の魔法なんかで再現できるはずがないんだ。イズミャーユはこれを使うことを拒絶してるし、第二王子とやらは古い書物を参考にしたんだろ?そんな書物があることがおかしいのさ」


 情報源は二人の女性なので、俺にも詳細はわからない。父上は今回の儀式に出席するらしいが、入学以来家に帰っていないので情報も集めていない。


 第二王子のこともあまり知らなければ、王城に近付いたこともない。王城に附属している図書館に寄贈されていた書物だったら俺も確認はできない。


 クンティスがわざわざ忍び込んで調べるとも思えないしなあ。


「書物が偽物か、誰かが──天使が仕組んだとでも?」


「そんなところだろうね。誰かの妄想ノートか、ボク以外の、イズミャーユに忠誠を誓っていない天使がやらかしたってところかな」


「そんな天使がいるわけ?」


「そりゃいるさ。生き物だから派閥や趣味嗜好がある。イズミャーユに反発する天使もいるさ。まあ、三百年振りくらいだから天使も我慢した方だよ」


 やらかすのが三百年振りというのは長く我慢した方なんだろうか。五十年ちょっとしか生きれない人間感覚だと、とても長い時間だと思える。


 クンティスの話を聞いている内に、警備の薄い場所がわかった。裏手のテラス席。中で儀式をやる関係でテラス席に出ている人間はいなかった。魔物もあまり警戒していないのか、空はガラ空き。


 空から襲撃してくる存在なんて魔物だけだという考えがあるから警戒も薄いのだろう。飛行魔法で忍び込む相手なんて想定していない。


 会場に近付く前に光の屈折魔法で俺たちの姿が見えなくする。視覚をズラしているだけなので魔法で風でも起こされたら気付かれる。高位の魔法使いにも違和感を持たれてバレるだろう。


 けど、そんな相手がいなければ忍び込むにはうってつけの魔法。足音や匂いまでは誤魔化せないので侵入するには少し魔法の数が足りないけど、警備が手薄なのでこれくらいで良い。帰りも飛行魔法で帰るからマナを温存しておきたい。


「あ、気を付けてね。イーユにはキミもボクもバレるだろうから」


「……やっぱり?」


「そりゃあ彼女は特別だから。彼女もこの会場に来てるんだろう?」


「国賓だから、確実に」


「ああ、嫌だ嫌だ。ボクと彼女は同じ目的で動いてるはずなのに、別行動のせいでスパイみたいじゃないか」


 クンティスが平然と声を出して話しかけてくるので周囲を警戒しながら歩くものの、誰も上層階は警戒していないようだ。ホールの入り口と内部だけ警備しておけばよっぽどのことはないと判断しているんだろう。


 空を飛べる魔物もそんなに多くないし、効率の良い警備態勢ではあるんだけど。一大プロジェクトならもしものことまで警戒すべきだと思う。


 それほどこの国が抜けているのか。第二王子が期待されていないのか。


 どっちにしろ、侵入している俺からすれば楽なことに越したことはない。


「クンティスっていつもはイーユの側にいるの?」


「んー?たまに遊びに行くくらい?まあ、知り合いではあるよ。今回のことはどっちも止めたいって考えてる。けどイーユはゲストだろう?表立って動けないと思ってさ。だからキミと一緒に来た」


「なるほど。俺は儀式を止めた方がいいの?」


「いや?真実を調べてくれれば良い。これで何十人も異世界の人間が来たら魔王が人類に戦争を仕掛けるかもしれないけど、一人なら誤差だ」


「……なんて?」


 クンティスが爆弾発言をしたせいで、思わず首をグルンと向けてまで聞き返してしまった。クンティスはそんな俺の顔を見て、ああと納得したように手をポンと叩いていた。


「そういえば今の人類は知らないんだっけ?魔王は生きてるし、魔王軍も残ってるよ?人類と戦争をする理由がなくなったから、表立って動いてないだけ。理由があればいつだって動くよ。イズミャーユもいつまでだって抑えられるわけじゃないし」


「……昔、三百年前に勇者が魔王を倒したっていうのは?」


「倒したんじゃなくて休戦条約を締結しただけなんだよなー。いや、その勇者は歴代最強だったんだけどね?流石に個の力で魔王軍には敵わなかったのさ。それでも魔王の間まで自力で辿り着いた猛者だったんだけど。魔王は律儀にその勇者との約束を守って侵略をやめたってわけさ」


 そんな歴史の裏側、知りたくなかった。ということは、俺という禍罪の存在がいる前にこの世界は薄氷の上で成り立ってたわけだ。


 魔王が寛大だったから人類は生存圏を拡大できて、人類同士で戦争ができたわけか。なんというかなあ。


「魔物がそこら辺闊歩してるのは?」


「それはほとんどが野良の魔物。禍罪の子の周りに魔物が増えるっていうのは偶然じゃないんだけど、ほとんどは魔王軍と関係ない本能で動いてるだけだね」


「やっぱり俺のせいでもあるんじゃないか……」


「何せその眼は特別だからね。先祖返りなんだろうけど、魔王も警戒するさ。その実力もあってキミは勇者候補なんだから」


「魔王を倒そうなんて思わないなあ。俺は生きていたいだけだし」


 でも、今日ここに来られて良かったと思う。クンティスの言葉が事実なら俺がこれから生きていくための大きな分岐点になる。


 それだけ異世界の人間は、魔王も無視できない存在らしい。


「魔王はどうして異世界の人間を警戒するわけ?聖女降臨って言うぐらいだし、特別な力を持ってるとか?」


 聖女なんて言葉、イズミャーユ教の熱心な信者でも使わない。治癒術に長けただけの人を聖女とは呼ばない。何をしたら聖女なのだろうか。


 勇者や英雄と同じくらい、廃れた言葉だ。


「予想の通り、異世界人は特別な力を持ってこちらの世界にやってくる。というか、その力を与えるのは天使だ」


「は?じゃあ、何?天使たちの内輪揉めってこと?」


「だから天使のせいかもって警戒してるのさ。天使は『この世界つまんないからちょっと力ある存在を送って世界の変化を楽しもう』みたいな思考を平然とする。それはするなって、世界のバランスが崩れるってイズミャーユが禁止したんだけどねえ」


 な、なんと傍迷惑な。神がするなって厳命してるのに、その下に就く天使が暴走するなんて。


 しかも世界のバランスを崩せるような力を平然と渡せるって、神の使いに恥じない能力は持ってるらしい。この結末を確認しようとするクンティスは確かにイズミャーユの臣下らしい行動だ。天使の中でも穏健派なのかもしれない。


「もし。何人もやってきそうだったら俺がそいつをボコっても良いわけ?」


「おや、それは助かる。そうだねえ、再起不能にしてくれれば魔王も動かないだろう。キミも生き残るために必死だね?」


「母上と誓ったからな」


 話している内に儀式の中心を覗き込める場所へ出た。中は天井がある以外は吹き抜けになっていて、二階席から十分下の様子を伺えた。


 厳かな演奏が楽器隊によって演奏されているので、クンティスとの会話や足音などは下の階に届いていないみたいだ。


 イーユは目立つのですぐ分かり、すぐ側にリリアーヌ嬢もいることを確認。


 そして儀式が始まる直前だったのか、王族の証である銀に光る髪をした見目麗しい少年、第二王子のガルシャ・ソウム・メッサー・クルヒューム=クリフォトが前に出て注目を集めている。


 そして床に描かれた幾何学模様の魔法陣の上に立っているロープを被った魔法使いたちがマナを集めていた。


 儀式が始まる。


「ウゲェ。ギルフォード、ヤバイよ。アレ本物だ」


「異世界人を呼べるってこと?」


「そう。書物を用意して古く見せかけたのは天使だ。アレは天使しか知らないものだし、マナなんて必要ない。……あーあ、アユ怒ってるよ」


「マナが必要ないって言うなら、何かしら暴発が起こるんじゃ?」


「それは大丈夫。大きな光の柱が現れるだけの、演出にマナは消費される。この派手好きはソールだな?」


 魔法陣が光り始める。魔法が発動するらしいと感じ取った観客がおおっと歓声を挙げる。


 飛行魔法を唱えてすぐにでも飛び出せるように準備する。どう止めるかと逡巡していると、魔法陣の真ん中に純白の天使が降り立った。


 クンティスによく似た白い背中の羽。誰もが美少年と讃えるであろう美しい顔。


 クンティスを知っているからこそ、アレが天使だと認識できた。


「やっぱりソールか。最初に『幸運持ち』を選出して負けたんだから、鬱憤が溜まってるんだろうけど」


「クンティス、どうすれば良い?」


「まだ様子見でいい。一人目が来て、二人目以降も呼び出そうとしたらソールを拘束してほしい。遠慮は無しで大丈夫。一人目なら退屈凌ぎで見逃そう。けど二人以上は盟約違反だ」


「わかった。……あのソールって天使、他の人たちには見えてないわけ?」


「天使を視認できるのは特別な人間だけさ。キミとイーユがおかしいだけ」


「そっか」


 クンティスの言うように、儀式を見守る。ソールという天使が魔法陣の上で力の行使をしたのか、魔法陣が光って一人の人影が光から現れる。


 まず一人目。この時点でもう飛び出せるように飛び降り防止用の手すりに足をかけていた。なにせソールはそれでもまだ魔法陣を光らせて何かをしようとしているからだ。


 クンティスを横目で見ると、小さく頷いた。俺は飛び出そうと宙に飛び出て。


 その直後。


 人間の何十倍もある黒い影が突風を巻き起こしながら駆け、おそらく口にソールを含んで会場から消えていた。と言うか、会場の外からかっ飛んで来て、そのまま外へ消えていったらしい。


 とんでもない巨体が一瞬だけ見えたけど、どうやら壁をすり抜ける力でもあるようで、それがソールを攫っていった。


 多分、三つ首の犬だったと思う。


 ソールという力の行使者がいなくなったからか、魔法陣の光が消える。


 魔法陣の中心に残ったのは一人の少女。暗い茶色の髪に同じような茶色い瞳をした、俺と年端の変わらぬ少女。


「えーっと。クンティス?どういうこと?」


「魔王が介入した。あーあ、ソールの奴跡形もなく消えてるね。まあ、ボクたちの目的は達したし逃げようか」


 ソールを攫うために巻き起こった突風は、どうやら儀式の演出の一部と思われたようで観客たちが儀式の成功に拍手を送っている。


 なんだかなあという思いを抱えながらも、バレない内に寮の部屋へ帰ることにした。

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