第9話 2−4 聖女降臨

 あたしは至って平凡だった。そこそこの学力、そこそこの運動神経。容姿も学年やクラスで一番ってわけじゃないけど愛嬌のある人気者くらい。


 スクールカーストも中堅で収めて、部活には入らないまま平々凡々な毎日を過ごす。


 家に帰って宿題をして、食事を作ってお風呂に入りながらタブレットで映画を見て、お風呂から出たらネットの海に溺れて。


 家族がいないこと以外は、普通だ。


 両親が事故死して、引き取ってくれる親戚に宛がなくて。遺産だけで生活は問題ないから悠々自適に過ごしている。


 一人での生活も四年が経った。もう慣れたものだ。


 一軒家を使うのは広くて寂しいけど、今の生活が嫌とは思えない。好きな物は好きに買えるし、金銭面だけで言えば恵まれている。


 ただちょっと、運がないだけ。


「あーあ。学校行きたくないなあ」


 学校というコミニュティは家族がいないというだけで様々な視線を向けてくる。憐憫、慈愛、義憤、蔑み、欲情。


 まだ子供なのに、高校生なのに可哀想にと。


 お金があって羨ましいなと。一人暮らしとか快適そうだよなと。


 女が一人でいるんだから、家に入り込んじまえばこっちの揉んだと下卑た思考を平然とするバカもいて。


 性欲が恋愛だと勘違いするバカ女子にモテると目の敵にされ。


 はっきり言ってめんどくさい。


 今では通信教育と通信学校も増えたので、そっちに切り替えたいくらいだ。


 暇潰しに読み始めたネット小説を見る。溢れかえった異世界転生・異世界転移。自分を知る人がいない場所で華々しい活躍をして、恋をして。


 鼻で笑いたくなる。


「異世界に行けて、恋ができたら苦労しないわ」


 億が一。異世界に行けたとして。その異世界に行ったらまるで主人公のように活躍できるか。恋愛ができるか。


 あたしっていうどうしようもない厭世家えいせいかなんだから、世界が変わったとしてもそう変われるとは思えない。


 こういう異世界に行った人って、送られる際に異世界に適応されるように脳を書き換えられてるんじゃないだろうか。


「あー、酷い。妄想も末期だ」


「そんな思考に陥ってしまうのも仕方がないことです。それほどあなたの人生は、悲しい」


「誰⁉︎」


 物音がしなかったのに、いきなり男の人の声がした。鍵もしっかりかけていたはずなのに。声の方向へ振り向くと、そこには現実離れした存在がいた。


 まず、浮いてる。超美少年。


 それでもって、純白の羽が、背中から生えている。


「オレの名前は天使ソール。君の人生に嘆き、悲しみ。君の奥底の本音に応えた者だ」


「て、天使……」


「『誰も知らない場所で、乙女ゲームのような恋をしたい』。この願いは受諾された。そして君の閲覧履歴から聖女に憧れているようだ。聖女の力が使えるようにしてあげよう」


「え、ちょ、はい⁉︎」


 混乱している内に足元に魔法陣のようなものが現れる。


 その何もかも現実的ではない光景に、むしろ冷静になった。


 この天使、本物だ。


 魔法陣が光をあげてあたしを包む。その光の先は、オーロラのように幾重もの色が重なった空間。そこに飛ばされたあたしは、天使と相対する。


「これから君を魔物のいる世界に飛ばす。そこで恋愛をするもよし、与える力で世界を救うもよし。君のような運がない人は、新しい世界で生きて欲しい」


 頭に入り込んでくる情報。あちらの世界の常識、言語が頭に上書きされていく感覚。あっちの世界に飛ばされても対応できるようにという天使の優しさ。






 ──あなたに加護が付与されました。


 ──これより世界の知識をダウンロードします。


 ──Error


 ──単独による世界移動により、正しい知識を付与できませんでした。


 ──人命を最優先、正しい場所へ転移するために、身体の最適化を施します。


 ──生命活動維持のため、魂の損傷。削られた魂の修復のため、データベース参照。


 ──ソールの用いた加護を参照します。人類の情報の海、インターネットを根源として魂の修復に成功。


 ──Rina Naruseの誕生を祝福いたします。


 ──この情報は天界へ送られます。神の資格を得た者は天界にてこの情報を閲覧できます。






 あたしが『選んだ』能力の詳細も確認して、この空間の奥、一段と光る先へ飛ばされていく。トンネルの出口のようだ。


 その光の先に出た瞬間。突風に吹かれたような強い何かのせいで腕を使って顔を守る。風が止んだ後目を開けると、そこはドレスや燕尾服を着た人たちがたくさんいる場所で、その人たちが拍手をしている。


 その拍手を向けている相手は──あたし。


 天使の姿は、確認できなかった。


「素晴らしい!本当に人が現れた!」


「第二王子は素晴らしい!いや、だが。これでは王位継承問題が……」


「聖女とのことだったが、確かに女性が現れた。いやしかし、若すぎないか?」


 様々な声が聞こえる。少し離れた場所から何かしら話している人たち。


 周りを見てみると、あたしが自宅で見た魔法陣と似たようなものが地面に描かれている。いかにも魔法使いですと主張するようなローブを着込んでいる人たちがその場で倒れていたが治療しなくていいんだろうか。


 言語は問題なく聞こえる。日本語に聞こえるように何かあったのか、日本語を実際に話しているのか。外人の見た目なのに日本語にしか聞こえないというのは不思議だ。


 そんなことを気にしていると、一人の少年が近付いてくる。うん、あたしと同い年かちょっと下の男の子。銀の髪に濃い碧の瞳をした、凄い装飾をした服を着た線の細いイケメン。


 うーん、王子様っぽい。


「私の名前はガルシャ・ソウム・メッサー・クルヒューム=クリフォト。この国の第二王子だ。あなたは異世界からやって来た聖女に相違ないか?」


 うっわ。本当に王子様だった。


 なんというテンプレ。


 しかも能力まで把握されている。いや、そういう指定をして呼んだのか、さっきの天使と繋がりがあるのか。


 その辺りは後で確認をしておこう。今は王子様の言葉に返さないと不敬とか言われそうだ。


「はい。地球という星の、日本という場所から来ました。成瀬理奈なるせりなです。広域回復魔法と広域守護結界魔法、それにポーション造りができます」


「ナルセ・リナ……。ニホン……。どちらも聞き覚えのない響きだ。これでも博識を自称させてもらっているが、エルフの国以外で知らないことはないと自負している。となると儀式は成功だな」


 確認が取れたからか、あたしに差し伸べられる手。王子様の手を取るのは不敬ではないだろうか。いや、拒絶する方が問題か。


 今までは身元不詳の不審者だったわけで、そんなどこぞの人間に身体を触らせるのは問題だったとしても、異世界の客人なら尻餅を付いているのも問題になると考えてその御手をこちらへ向けてくれたのだろう。


 身分証明になる物を何一つ提示していないけど、良いんだろうか。


 間近で見ると本当にイケメン。


 このイケメンと恋しちゃったり?そういう生活が待ってるのかも?


 そんな期待をしちゃって、彼の手を取る。


「皆の者!今日は踊ろう!ナルセが我が国へ来た、歓迎の宴だ!」


 王子様がそう言うと、音楽団が曲を奏でる。あまり聞いたことないけど、ワルツのような壮大で耽美な調べだ。


 王子様に手を引かれて、ただ王子様に引かれるまま踊る。踊りなんてキャンプファイヤーとかマイム・マイムくらいしか知らないし、そんなものが異世界にあるとも思えない。だからステップをされたらステップをして、腕を伸ばされたらクルクルと回って。


 それだけの踊り。


 なのに、お姫様になれたかのような高揚感があたしを支配した。王子様はイケメンで微笑んでくれて、あたしは誰もが注目する存在。舞踏会の華になった気分。


 周りでも釣られるように踊り始めて、相手がいない女たちは壁の花。美しいからといって舞踏会の主役にはなれない。哀れね。














『 逃 サ ナ イ ゾ 』












「ッ⁉︎」


 いきなり頭に響いた男の冷たく暗い低い声。背筋が凍る声とはこのことだろう。


 踊りの最中だというのに、今の声の主を探してしまう。多分男。そして王子様に聞こえていない様子から魔法か何かで伝えられたんだと思う。


 近くにいるのは女ばかり。エルフ耳で可愛い人もいるけど、絶対違う。その隣の栗色の髪をした女も、その二人の後ろに控えているメイドも違う。


 若い男どもは女を誘おうとしている。壮年の男たちはこちらを見つつも談笑している。


 誰だか、さっぱりわからない。けれど誰かに目を付けられたということ。


 王子様との敵対派閥?


 それとも魔物?


 相手がわからない恐怖を感じながら、転移してすぐ不安を覚えてしまう。


 使える力は確認しておきましょう。


────


「アユ様から連絡が入った。最優先監視対象はそのままに、もう一人対象を増やす」


「例の、テンイシャか?」


「そうだ。なんと今回は相手方の能力もある程度判明している。アユ様が天使から能力を読み取ったようだ。うん、厄介程度な上にたかが一人だ。ただし、慢心はするなよ?」


「わかっている。んー、戦争か?ならオレたちが焼き尽くすだけで炙り出せるぞ?強力な能力者ならすぐにわかるだろ?」


「戦争は必要ないよ。ドラゴン部隊は目立ち過ぎる。暴れるなら溶岩魔神のところへ行くように。人間の統制は取れている。殺しすぎたら世界という『箱庭』が崩れる。やれやれ、『楽園』の維持も憂慮することが多い」


「ま、平和なのはオレも賛成だけどよー。そっかー。戦争にはならねえか。一番楽しかったのは勇者との戦いだな。もう一回戦いたかったなー」


「……アユ様への援軍は良いのか?護衛はたくさんいるが、天使と戦うのなら軍があった方が良いのでは?」


「クリフォト近辺に潜伏させる程度でいい。もちろん、アユ様の号令一つで動かせるようにな。天使からも謝罪文が来ている。だから天界には突っ込んでくるなと」


「……まあ、天使の総意ではないということか。アユ様に反感を抱く者はいても、全面戦争に踏み切るバカはいないということか」


「天使たちはアユ様に全てを放り投げて遊んでいるだけの愚者だ。わざわざこちらに降りて来ず、下で戦争にはならないだろう。人間を煽ってまで味方するほど、人間に価値がない。天使もそれがわかっているからテンイシャなど送るのだろう。……勇者は、別格だったな」


「勇者のような存在がまた現れたのなら天使も活気付くだろうが。……天使そのものがアユ様に反旗を翻すことはしないだろう。奴らは我が身可愛さと享楽が何よりだ。アユ様には逆らえない」


 そうして闇は胎動する。


 ひっそりと気付かれないまま、世界へその影を伸ばしてきた。


 さて。


 闇やら、影やら。何やら暗いイメージが付きまとう言葉だが。


 果たして彼らは『悪』だろうか?


 天使やら聖女やら、明るいイメージが連想される言葉だが。








 果たして彼らは『正義』だろうか?







 もしそのイメージを抱いたままであれば。


 世界はとうに、一色に染まっている。


 唯一神はこの世界を見て、言うだろう。


 たまには真っ暗な世界があってもいいじゃない、と。

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