第10話 3−1 編入者と変化
聖女降臨の儀式から二日後。わたくしは連休明けの教室で授業が始まる前のHRで驚きがあった。まさかと、教室のどこでもざわめきが起きている。
わたくしも知り合いがいれば話を振りたかった。レインも近くの席に座っているけど話せるわけもない。
教壇にいる四人の人物。一人は担任の先生なのでいつものこと。
問題は後二人。この学校は制服がないので自由な服装が許されている。装飾品も自由、いかに派手な格好をしていても学校側は何も言わない。むしろ彼がそういう格好をしているのは当たり前という空気が流れている。
なにせこの国の第二王子、ガルシャ・ソウム・メッサー・クルヒューム=クリフォト様がいらっしゃるのだから。
急な編入に、担任である男性教諭は緊張しっぱなしですわね。
「皆知っているとは思うが、ガルシャ・ソウム・メッサー・クルヒューム=クリフォトだ。この度この学園に編入することになった。突然のことで知らせも出さなかったから驚いていると思うが、諸君とは学友になりたいと思っている。よろしく頼む!」
全員唖然。
それはそうでしょう。本来ガルシャ様の年齢を考えれば一つ上の学年に編入されるはず。そして貴族に知らせを出さずに王族のこの暴挙。今では関係各所が大慌てのはずですわ。
我が家とか、学園の上層部とか。
ガルシャ様がこの一学年に編入なさったのは、隣の少女のためでしょう。
「リナ・ナルセです。異世界から来ました。魔法は使えますが、知識がないので皆さんと一緒に学んでいきたいと思っています。聖女であることなど気にせず話しかけてきてください」
薄いベージュ色のドレスを着た少女。初めて見た時は平民のような服を着ていましたが、今では王家より賜ったであろうドレスを身に付けています。あの儀式の後、そのまま王城に連れていかれたようですから。
彼女の人相は既にクリフォト国で流布されています。聖女の顔と名前を知らない人はいないでしょう。何ができるのか、聖女とは何か、ということについてはほとんどの人が知らないでしょうが。
わたくしも知りません。
それにしても、これは確定ですかね。
ガルシャ様とリナ様が婚約したのではないかという話は。
「王子殿下の護衛を務めるパーサー・フラングトンです。お気になさらず」
最後の男子、王家へ奉公に出ている人物でしょう。ワインレッドの髪をした少年。護衛というのは身辺警護だからか、肉体もがっしりしています。
王城で何回か見た覚えがある程度で、彼のことは詳しくありませんね。
「と、というわけでお三方がこのクラスに編入になりました。よろしくお願いします」
担任の先生は完全に恐縮していらっしゃる。周りの皆さんも彼らに萎縮している。
今まではお山の大将として大きな顔ができていた大貴族たちからすれば、それよりも上の絶対的存在が降臨してしまっただけ。
まあ、わたくしは大貴族とはいえスペアなので元々家の権力などかざしていなかったので全く関係ありませんけど。
お二人の席は窓際の両隣。なんというか、作為的ですわね。一応わたくしも第二王子の婚約者候補だったはずですけど。わたくしが魔法にのめり込んで成果を出せなくなった辺りで婚約を取り消されたのでしたっけ?
うわー。
これ見よがしに机をくっつけて、一緒に授業を受けるなんて。なんというか、うわぁ。
こんな空気感で、王位継承者とその人が認めた国賓相手に授業をやるだなんて。先生方も可哀想。いえ、ガーベラクラスも似たようなものですか。イーユ様というエルフの国の王族がいるのですから。
護衛のパーサーは更にその横。一応王子の横ですが、彼は席をくっつけないみたいですね。男同士で席をくっつけていたらちょっと
まあ、そんなこと教室でされても困るわけですが。
ガルシャ様は顔もそれなり、王族なので貴族の子女たちが玉の輿を狙っています。それで衆道王子だとわかったら国中の若い女の子が悲しむでしょうね。
できたら第一王子を狙うのでしょうけど、第一王子は既に婚約者がいる。わたくしの姉ですが。
だからこそ、現状空いている第二王子に夢見る子が多い。
あの泣き虫王子が、今では国で一番人気の男性ですか。当時は考えられませんでしたね。
始まった授業はやはりいつもと違ってグダグダで。王子様方は授業そっちのけでイチャついていて。
あなた方、編入した意味ありますの?
そんな午前中の授業も終わって、お昼休み。
イーユ様に第三校舎のことを知られてから、例の角部屋でお昼を食べてはどうかとギルフォードから提案があった。わたくしたちがお昼を食べる場所を探していることと、ギルフォードが教室でイーユ様という国賓を独占しているような状況が耐えられないということで提案された。
わたくしとしても場所を探す面倒を嫌っていたので渡りに船。すぐさま了承の返事をした。
だって中庭や食堂、カフェテリアやガーデンの近くでは学校生活に慣れた上級生たちが場所を確保していて、座れる場所を探すだけで一苦労なんですもの。公爵家の人間がうろついているのは評判がよろしくありませんし、見境のない男に口説かれるのも疲れます。
どうして貴族の男性は女性を口説くのが様式美のような風潮があるのでしょう。ギルフォードはそういう面倒がないので側にいて楽です。
そんなことを考えながら席を立とうとすると、まさかの人物に声をかけられました。
「リリアーヌ嬢。私たちに学園のことを案内してくれないか?」
……ガルシャ様。しかも平然と隣にいる聖女様。
王族の隣なんて、
ひとまず立ち上がって礼をした後に考える。何故わたくしなのかと。
──わたくしが公爵家で、一番位が高いから。それだけですわね。
旧知の仲だからとか、そういう理由ではないでしょう。
今日のお昼は断らなくてはいけませんね。
「かしこまりました。案内いたします。ですが、ガルシャ殿下。昼食のご予定は?」
「うん。食堂で食べたいと思う。だから食堂は最後にしてほしい」
「ではまず授業で使うことの多い実験室へ案内いたします」
わたくしを先頭に、ガルシャ殿下とリナ聖女が真後ろに。その後ろにパーサーが続いて最後尾にレインが。序列を考えればこういう並びになってしまうのは仕方がないこと。
正直心労という意味で辛いのでレインには側にいてほしいですが。そんなワガママは言えません。
国家の宝、王子を前にワガママなんて言えるはずがありませんから。
公爵家として、今は殿下を接待する従者の役割を全うしましょう。国外の方々をもてなしてきたわたくしにとって、立場が変わるくらいなんてことないのです。
スペアですし。
「リリアーヌ。学校はどうだい?」
「まだ始まったばかりですわ、殿下。ですが
「おや。神童の称号に返り咲くのかな?」
「殿下、お戯れを。わたくしは既に成人した身。童と呼ばれては情けなく思います」
「確かに。すまなかったね、
全く悪びれなく謝るガルシャ殿下。結婚もできる、同年代ではそれこそ既に嫁いだ子もいるのに、この人は未だにわたくしをリリアーヌとして扱っているのでしょう。
わたくしが殿下を心の内で泣き虫呼ばわりしていることと同じく。
「え?リリアーヌさんってまだ十代半ばくらいですよね?成人していらっしゃるって、結構歳上なんですか⁉︎」
こ、この聖女もどき……!たった二日ではわたくしたちの常識を学べなかったのね。オツムが弱いのかしら!
無邪気に聞いてくることが忌々しい。いくらわたくしが自分の家名を告げていないとはいえ、公爵家の人間にさん付け。公爵家を侮辱されたに等しい。
機微もよろしくないのね。ここは基本貴族の子女が集まる箱庭。庶民の方が圧倒的に少なく、その上ガルシャ殿下の知己というだけである程度わたくしの立場を推測できないのかしら。
学年と年齢の辻褄が合っていないのはむしろ殿下の方ですが?その方、一つ歳上ですから。聖女様の年齢は存じ上げませんが。
「わたくしは今年十六になります。リナ様」
「あ、じゃあ同い年?そっかー、あたしの世界じゃ成人は二十歳からだったから勘違いしちゃった。ごめんなさい」
「いえ。気にしておりません」
これでも今までは若く見られてきたのですが。
異世界からの来訪者。
こんな急に学園に入れ込まなくても良かったでしょうに。王城でしっかりと常識と教養を身に付けさせてからでも遅くはなかったでしょう。何を急いでいるのか。
殿下が粗暴な女を連れ回していると、王位継承争いで不利になるだけだと思います。評判を落として、婚約者候補の女性から愛想を尽かされて。第一王子が崩御なされた場合、国が滅びそうですが。
王位継承戦は二年後。それまでに今まで積み上げてきた信頼が崩れ去らなければいいのですが。
わたくしも公爵家も第二王子派閥ではないので、わざわざ苦言を呈することもしません。
廊下を歩いていると好奇の目線を向けられます。連れている人物はガルシャ殿下と今話題の聖女様。わたくしはいつも肩に赤い鳥を乗せた公爵家の落ちこぼれ次女。
注目されることは仕方がありません。
道行く生徒は多いですけれど、道を譲ってくれます。王子様という絶対権力は素晴らしいですね。今までは第一王子に見劣りしていましたが、今回前代未聞の偉業を成したということで支援する家が増えました。
今最も勢いがある王位派閥。そこに喧嘩を売るお馬鹿さんはいないということですね。
このまま理科室でも案内しようとしたところで、廊下の奥を歩いているギルフォードを見付けました。濡羽色の髪は珍しいので人混みの中でもわかりやすいです。
そのギルフォードはこちらへ歩き出すことなく、他の人と同じ様に廊下の隅へ移動しました。イーユ様の姿も見えず、一人みたいです。
今はガルシャ殿下の案内中なので視線を切ります。ギルフォードも注目されたくないでしょうから。
だから前を向いて視界を広めに持って歩いていると──突然リナ様が走り出してギルフォードの前へ行きました。
「あなた、その黒髪日本人ね!同郷の方がいるなんて思わなかったわ!」
「は……?」
その呟きは誰のものだったか。
リナ様は周りの注目なんて気にせず、ギルフォードの両手を掴んでいます。
……ハァ⁉︎
「ガルシャ様、あたしこの人と話してきます!」
「え?リナ?」
ガルシャ様の困惑も無視して。ギルフォードの焦った表情筋も目に入れず。
彼女は廊下を走ってギルフォードを連れていく。聖女として公表されているリナ様の申し出をギルフォードが断れるはずがなく、抵抗して怪我をさせようものなら王家と侯爵家から睨まれる。
二人の姿が消えていく。行き先は空き教室か中庭か、屋上でしょう。それくらいしか編入してきたばかりの彼女が行ける人混みのない場所なんてないのだから。
あの女。仮にも王家認定の国賓なのだから、廊下を走るような野蛮な真似を衆目の多い場所でしないでくれるかしら。わたくしも第三校舎では駆け足で場所を探していたけれど、貴族の目がない場所だったのでセーフです。
「……どうなさいますか?殿下」
「リナのことは後で考えよう。私だけでも案内を受けるよ。彼女に同郷の者なんていると思うかい?」
「いるはずがありませんわ。アレは殿下の成した偉業。王家の保持する書庫から見付かった書物を勝手に持ち出し儀式を行なって、その上で知られずに返すことなど不可能かと」
「だろうね。パーサー、リリアーヌ。彼に見覚えは?」
「申し訳ありません。オレは存じ上げません」
「……彼はローゼンエッタ侯爵家の三男。ギルフォードですわ」
「ローゼンエッタの?私は見覚えがないが……。ふむ」
ガルシャ様は顎に手を当てて考え込むが、わたくしはこれ以上口にしません。公爵家としての最低限はこなしているからです。
この後殿下を一通り案内して、食事を摂る時間を残して解放された。それまで聖女もどきは帰ってくることはなかった。
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