第11話 3−2 編入者と変化

 異世界転移して王城に案内されて。


 変な男の声も気にはなるけど、それ以上に異世界ということがあたしを楽にさせた。誰も知らない未知の土地。約束された生活。


 日本ではあり得なかった魔法という超常の力。これが使える全能感。


 それがあたしを狂わせる。


 何だか変だなと思いながらも、二日間を楽しむ。


 これまでで入ったことのない大きなお風呂。天蓋付きのベッドに、王城での生活。食べたことのない美味しい食べ物に、魔法の知識。


 実際に使った魔法は強大で、死にかけだった人を全快させた。それを何人もの人間を。


 そして作り上げた結界魔法は超級魔法と呼ばれる、使い手が片手に収まるほどしかいない馬鹿げた威力の魔法をいくつか受けてもビクともしない四方系の箱庭。


 そう、それは誰もあたしを傷付けられない絶対防御。そして回復魔法がある今、あたしは死なない。


 目の前で、誰も死なせない。


 その事実を把握して、ガルシャさんの小難しい話をうんうんと頷いていたらいつの間にか学校に通うことになっていた。この世界の常識を知るには、教育機関に通うのが手っ取り早いだろうとのこと。


 貴族たちの通う学園だそうで、毎日ドレスで通うことになった。王城から馬車で送迎してもらってガルシャさんとパーサーさんと一緒に編入することになった。魔法のこととか勉強するには学校が便利だということ。


 王城でただのんびりと過ごすよりは学校に通っている方が精神的にもありがたかった。国賓という名の引きこもりになるつもりはなかったから。


 王城で甘やかされるのも悪くはないんだけどね。


 そんなこんなで行った学校は、日本語で会話も聞こえるし、文字も何故か日本語に見えるから問題なし。勉強は正直楽しくなかった。


 そしてお昼休み。ガルシャさんの知り合いのリリアーヌさんに学校内を案内してもらえることになって。廊下の隅にいる男の子を見付けた。


 この異世界で、黒髪と濃い茶髪は絶滅危惧種はおろか、黒髪に至っては存在を認知されていないほど。つまり、異世界転移という奇跡の所業があるのであれば、絶滅危惧種たる黒髪がいる理由は。


 あたしと同じ、日本から転移してきた人だ。


 ガルシャさんに一言伝えて男の子の手を取って屋上へ向かう。彼は困惑しているようだけど何でかな?


 屋上に着いてすぐ、あたしは彼に振り向く。


「良かった、日本人が他にもいて!知り合いはいてほしくないけど、日本人はいてほしいってこの気持ち、わかる⁉︎ねえ、教えて。ここって乙女ゲームの世界?それとも小説?漫画?知ってたら教えてほしいな」


「あの、聖女様。人違いでは……?ニホン人?ではなくクリフォト人ですし、あなたのような異世界から来たわけではありません」


「え、嘘?」


 少年の言葉に、疑問を浮かべてしまう。こんな異世界で、黒髪が絶滅したっていうのに、こうまで綺麗な黒髪の人がいるなら日本人っていう証じゃないの?


 前髪を随分と伸ばしていて、瞳が見えない。こういうメカクレキャラも確かに乙女ゲーだったら珍しくもないかも?


「それ、地毛?」


「生まれつきですね」


「……何で目を隠しているの?」


「一身上の都合で」


 なんか、攻略対象っぽい。三周目くらいから攻略できる感じの。


 絶対メインパッケージにはガルシャさんがいて、その隣はパーサーくんで。あとはこの国にもう一人で、他の攻略対象は他国っぽい。エルフがいるならエルフも一人くらいいるはず。


 絶滅危惧種なはずの黒髪でメカクレって、いかにも事情持ちっぽいし。


「……ごめんなさい。勘違いだったみたい」


「いえ、気にしません。聖女様、戻られた方がよろしいかと。第二王子がお待ちのはずです」


「後で謝っておくから大丈夫。それよりあなたのこと教えてくれない?せっかくこうして出会ったんだし」


 好感度上げのチャンス!これを逃す手はないわ。乙女ゲーの鉄則、会ったら情報を集めろってね。


「出会ったというか、攫われたというか」


「いいからいいから。名前は?」


「……ギルフォードです。聖女様」


「ギルフォードね、覚えたわ。それと二人っきりの時は聖女様って呼ぶの禁止。理奈って呼んで」


「またこのパターン……。それでは、リナ様と」


「様も要らないわ。王城で生活しているとはいえ、あたしは平民よ?」


「国賓という立場から、ここが妥協ラインです。名前でお呼びすることさえ恐れ多いというのに」


 そういうもの?この国ってもしかしてものすごく厳格?それともこの学校が?


 もしくは、ギルフォードが?


「聖女も国賓もそうだけど、あたしはあたし。立場とか関係ないあたしを見てほしいのよ」


「……」


「ギルフォード、あなたって一年生?」


「ええ。ガーベラクラスです」


「そう。それじゃあこれからも接点があるでしょうから仲良くしましょ。今日はガルシャさんの場所に戻るけど、今度ゆっくり話しましょ」


「……はい。時間が合えば、その時に」


「約束よ!じゃあね!」


 気分が良いまま屋上を出る。ガルシャさんと別れた場所に戻ってもガルシャさんはそこにおらず、仕方なく近くにいた人に食堂の場所を聞いて食堂でご飯を食べた。


 教室に戻るとガルシャさんに心配されて、リリアーヌさんには睨まれた。


 もしかしてリリアーヌさんってガルシャさんのこと好きなのかな?あ、彼女がよくいる悪役令嬢ってやつ⁈


 身分も高そうだし、きっとそう!やっぱりここって乙女ゲームの世界なんじゃないかな。


────


「アハハハハハっ⁉︎いや、ダメだって!アレはダメだって⁉︎なに、あのぶっ壊れっぷり!天界で送られてくる前の彼女を調べてきたけど、酷すぎる!」


「クンティス……。笑いすぎ」


 いきなりのことで驚いていると、イーユの目がないからってクンティスが側で大爆笑していた。


 話してる最中にお腹抱えながら笑わないでほしい。鉄面皮を繕うこっちの身にもなってくれ。


「あ、そう言えば彼女はクンティスの姿見えないわけ?」


「見えないよ?だからキミとイーユが特別なんだって。……くっ。クハハハハ!あーあ、酷いったらありゃしない。思考がメチャクチャになってる」


「さっきから笑ってるけど、何が酷いのさ?」


「彼女の思考回路が。あんな恋愛脳じゃなかったんだ。だけど、ソーラに送られたことで、しかも送ったソーラが死んだことで彼女の存在はあやふやになってしまった。天使があっちの世界とこっちの世界を繋ぎ止める礎だったのに、それがいなくなって彼女は与えられた能力とその能力の源泉たる知識に侵食された。成瀬理奈なんていなくなって、ここにいるのはリナ・ナルセっていう別人さ!」


 クンティスが笑いながら説明してくれる。それが面白おかしくて笑いが止まらないらしい。


 えっと。掻い摘んで纏めると。


「あの天使が死んだせいで聖女様はおかしくなったってこと?」


「そう!成瀬理奈っていう人間の記憶だけ持って、魂はあの聖女の力の元になった、売り物にもならない娯楽小説の登場人物に塗り潰された!いやいや憐れだ。抱腹絶倒ものの喜劇だね!あの聖女様とやらは自分を成瀬理奈だと思い込んでいる空想上のキャラクター名無しなのさ!ああ、迷える子羊は天使として導くべきか?イズミャーユに全部押し付けようそうしよう」


 清々しいほどのクズっぷり。


 しかもそれ、笑えることじゃない。やっぱりクンティスは天使の皮を被った悪魔じゃないか?


 一人の人間が死んだも同然で。それを喜劇と嗤うなんて。


「いや、ちょっと待て?そんなことになるのに、俺に天使を殺させようとしたわけ?」


「本来はそんなことにならないはずだったんだ。異世界人を送った天使が死んだことは前もあったけど、残された異世界人がおかしくなったことは一度もなかった。今回の原因はソーラにある。渡すべき力の源を娯楽小説なんてあやふやなものにした。しかもあっちの世界のものだ。楔たるソーラが消えて、想定通りの状況になるはずがない」


 ああ、なるほど。クンティスも想定していない事態だから笑ってるのか。本当に天使って種族は碌でもないな。ソールもこんなことを引き起こしてるんだから、個人がアレなんじゃなくて天使そのものが害悪なんだろう。


「本来天使が与える力は、天界で厳選したものだけだ。武具だったり魔法の力だったりちょっと運が良くなったり。決して天使が利己的に与える力ではないんだよ。イズミャーユがこの世界のバランスを取るために頑張っている。もうそれを邪魔しようと考える天使はほぼいなくなった」


「……そもそも、何で娯楽小説の力なわけ?」


「ソールの調査不足だ。上っ面だけ調べて不幸だった少女に手を差し伸べようとしたあいつの偽善。軽率な行動。それだけさ。他の天使たちは今回の一件で命惜しさにしばらくは大人しくなるよ。魔王に喧嘩を売ったら消えるってわかったわけだし」


 消えることは天使でも怖いらしい。死ぬのとどう違うのかわからないけど。


「さて、ギルフォード。キミはあの憐れな少女を助けるかい?」


何で・・?」


「……ああ、素晴らしい。ボクの思う通りの回答をありがとう。その回答が疑問のために紡がれた言葉じゃないことはわかる。キミはそれでいい」


「そう?」


「ああ。だって、キミがやる必要性も理由もない。キミは勇者候補だが、勇者とは世界を救う者でも、一人の哀れな少女を救う者でもない。自分の信念のままに大切な人を守る者だ」


 初めて聞いた勇者理論だ。


 勇者なんて三百年前に現れて以降、人類の中で現れていない。一応英雄と呼ばれる人間はいた。人域の逸脱者とも呼ばれた英雄はいた。魔物の大軍を退け、民衆に支持された者は多くいた。


 今もそう呼ばれる傑物はいる。けど、勇者はいない。


 魔王を倒した勇者を讃えてその称号は特別扱いで辞退したのか。それとも意図的に使用を控えたのか。


 ……魔王が認めなかったとか、天使たちが許さなかったとか理由がありそうだ。


「ん。クンティス、そろそろ行っていいかい?」


「ああ、イーユも待っているようだから行った方が良いよ。あの姫君、めんどくさくはないけど寂しがりだから」


「……寂しがり、なのか」


 それは知らなかった。彼女そういう面もあるのか。いや、まだ会って一週間ちょっと。知らないことの方が多い。


 リナ聖女のことは頭の片隅に弾いて、第三校舎へ急ぐ。


 空き教室で優雅に食事をしていたイーユに謝りながら、一緒に食事を摂る。


 寂しがりというのも本当かもしれない。イーユは俺が部屋に入ると花を咲かせたような笑顔を向けられた。クンティスの言葉は半信半疑だった──だいぶ疑っていた──けど、寂しがりという情報は信じて良いかなと思えた。

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