代替《スペア》公爵令嬢と道化《ピエロ》侯爵の夢物語〜第二王子も聖女も邪魔をさせません〜

@sakura-nene

第1話 プロローグ 出会い

 貴族はみな、魔法が使える。


 もちろん庶民の中でも魔法の才能がある人間はいるが、数は少ない。しかし貴族であれば九割以上の人間が魔法を発現させた。魔物が現れるこの世界では強者こそを必要とされ、貴族位を冠する者は魔法が使える者か、武名を馳せた者ばかり。ごく一部内政官や大商人も貴族になっているが、数は本当に少ない。


 そして、魔法が使えない魔法系統の貴族の子は捨てられる。貴族の名を冠せなくなるが、それはそれで救いだろう。適性もないのに騎士学校にでも入れられたら悲惨だ。庶民としての当たり前の生活ができれば十分だろう。


 世界屈指の大国クリフォト。そこは人口が多いこともあって他国に比べて貴族も多かった。


 そんな国の王都、セフィロトには貴族のみが通う魔法学校があった。魔法は極めれば大軍すら屠れる、一個の軍にも匹敵する可能性があるものだ。そして貴族はそういった力が求められ、王国でも一番の魔法学校ともなれば有名貴族の子息が通う場所になっていた。


 国の将来を担うこの学校は、生徒ももちろん使用人も通っていた。貴族ともなれば供をつけるのが当然で、それがステータスだった。それは王族も通うこのアドラメラク魔法学校でも変わりない。


 王族も通う超一流校ということで、校舎も敷地もバカみたいな広さを誇った。敷地内に寮も完備されており、本当に近くに住んでいる貴族以外は基本寮に住み、しかもその寮もランク付けがされていた。


 今、第三校舎を歩いている一人の少女がいた。その少女は大貴族の名に恥じず後ろに使用人たるメイドを侍らせていた。


 少女は綺麗に整えられた亜麻色のストレートな髪を背中の中程まで伸ばし、綺麗な翡翠の瞳を持ち、きめ細やかな誰にも汚されたことのない、汚すことを許されない白磁の肌が遠目からでもわかる、誰もが認める美少女だった。


 だが、その少女の表情は優れない。


 貴族たるもの優雅たれと教育され貞淑であることを叩き込まれるが、そんな大貴族の少女は廊下を早足で駆けていた。


 走るなど貴族の行いではないが、それを使用人たるメイドも咎めない。主人が間違っていれば咎めるのも仕事の内だが、ここが第三校舎だからこそ忠言はしなかった。


 この第三校舎。貴族として位の低い下級貴族や、貴族ではない者が使う、学校での厄介者が使用を許可されている隔離所だったために、大貴族の彼女が粗相をしても誰も告げ口などできなかった。


 告げ口などしようものなら、大貴族と呼ばれる家でなければその家が消し飛ぶ。そうでなくても信じられないだろう。


 なにせ相手はこの国唯一の公爵家。王族と血縁たる大貴族の次女、リリアーヌ・ケイン・ヌ・ヒュラッセインだったために。


 唯一の公爵家ということで貴族としてはトップの家系。そこの次女ともなれば逆らうバカもいないだろう。魔法の腕も国トップ。権力も王族を除けばトップ。国への貢献度も名に違わず、魔物の大軍を何度も打ち払ったことか。


 この学校に通っている人間はよほどのバカではない限り、彼女の顔と名前を知らないことなんてありえない。様々なパーティーに出席している上に、公爵家を背負っているのだ。手を出したらマズイことくらいすぐにわかる。


 そのリリアーヌが。思い詰めた表情で第三校舎の空いている教室を探している。


 彼女を見て「ヒィ!」と小さな悲鳴を上げて道を譲る者から、ここにいた教師が目を何度も瞬かせて現実かどうか確認したりしていたが、彼女はそんな有象無象を気にしない。メイドのレインも顔を覚えることもしない。


 リリアーヌは人目のない場所で魔法を使いたかった。実験をしたかった。だが、彼女は誰にでも知られる有名人だ。


 そのため、本来使うべき第一・第二校舎は使用できなかった。


 放課後だからか、勉強熱心な生徒や教師はまだ残っている。それでも空き教室くらいはあるだろうと、リリアーヌは教室の使用状況も調べずに歩いていた。


 五階建ての三階を歩いている内に、リリアーヌの耳にとある旋律が届く。悲しいような寂しい旋律なのに、どこか美しい。儚さもある綺麗な音だった。


 ゆっくりとしたテンポで聞こえてくるメロディ。だが、それはおかしい。ここはあくまで魔法の実験用の校舎で、ダンスパーティーをやるような講堂や寮のリラクゼーションルームではないので、音楽を奏でるような楽器が置いてあるはずがない。


 このおかしな状況に、リリアーヌは足を止めて唯一話のできるレインに尋ねる。


「レイン。このメロディ、聞き覚えあって?」


「いいえ、お嬢様。ダンスに使われる曲ではないと推察します。かといって、宮廷楽長が演奏なさった曲にもこのようなメロディはなかったかと記憶します」


「……音楽家の子息でもいるということ?それにしたってどうして校舎で演奏を?」


「わかりません」


 リリアーヌが知らないことをメイドのレインが知らなくても仕方がないと思っていた。メイドとしての教育と貴族としての教養は別だ。公爵家のメイドなので他家のメイドやそこらの貴族よりもよっぽど知識があるが、それでもわからないことはわからないのだ。


 そして動機ともなれば余計に不明。魔法を使うか研究するための場所で音楽が聞こえる理由など、考えたってわからない。


 リリアーヌは歩みを再開する。そのメロディに釣られるように、音がする方へ進む。


 そのメロディが聞こえてきたのは三階の角部屋。空き教室の一室だ。その中から音がする。


 レインがリリアーヌの前に立って、ドアを三回ノックする。そんなことを令嬢のリリアーヌにさせるわけにはいかない。


 ノックの音が聞こえたのか、中から声が返ってきた。


「どうぞ」


 声は男のもの。リリアーヌは訝しんだが、レインが開いた先へ、堂々と入った。


「失礼いたしますわ」


 リリアーヌがまず目にしたのはなんてことのない空き教室の内装。四脚しかない椅子に、大きなテーブルが一つだけ。他の校舎と比べたら内装は飾り気などなく質素なものだった。部屋自体も間取りは小さい。


 彼女が次に目にしたのは、椅子の一つに座る男。人間はこの中に一人しかいなかったので返事をしたのが彼だとわかった。彼はリリアーヌの姿を見て誰だかわかったのか、椅子から立ち上がって恭しくお辞儀をする。


 闇を連想させるような濡羽色の髪。前髪を伸ばして目が何色かどころか、輪郭すら把握できなかった。その髪は整えられているもののきちんと散髪していないのか髪の長さが曖昧だ。


 男にしては珍しく肩の先まで髪を伸ばしている。


 目の見えない男。リリアーヌが知らない男だった。


「これはこれは。ヒュラッセイン公爵家のリリアーヌ様。このような場所へどうされましたか?恐れながら、ここはあなた様のような清廉なる血族の方が踏み入れるような場所ではありませんが」


「詮索しないでいただけるかしら。……このメロディは、どこから?」


「ああ、失礼。私のオルゴールからです」


 窓際に置いてあった木箱。それを操作して音を止める。知らないけれど綺麗な音が止められてしまってリリアーヌは少し残念に思ったが、じゃあと質問してみる。


「わたくしが知らないメロディでしたけど、何て名前の曲なのかしら?」


「名前はありません。私の作った曲ですから、ご存知ないのは当然かと」


「あなたが作った?音楽家の子息なのかしら?」


「これは失礼いたしました。名乗りもせずに。私はギルフォード・ムゥ・ローゼンエッタ。ローゼンエッタ家の三男です」


「あのローゼンエッタの?」


 リリアーヌでも知っている貴族だ。位は侯爵で、公爵の次の位に就く大貴族だ。これまた魔法の名門だったが、それはおかしいと考える。


 なにせそんな大貴族なのに、リリアーヌは知らない。三男とはいえ、社交界に出ているはずだ。貴族の成人は十五歳。この学校は十五歳から通えるのだから、ここにいる貴族とは社交界デビューしているはず。


 ローゼンエッタの子息が社交界デビューしたのなら、リリアーヌも参加しているはずだ。年齢も近く、婚約話などが出てもおかしくはない相手だったために知らないなどあり得ないと思っていた。


 だが貴族の名を騙ることほどの重罪がわからないはずがない。


 そのことから目の前の人間が偽名を名乗っているわけではないと考えた。


「私を知らないのもこれまた当然かと。なにせ私は社交界デビューをしておりません。妾の子であるために」


「……なるほど。そういうことですか」


 貴族の中には側室を持つ家もある。王族にだって側室はいる。リリアーヌの兄にもいる。


 だが、妾は家に認知されていない愛人だ。その子供となれば血は確かに引いていても、本家の子供からすれば汚い血筋となる。


 大貴族の、妾の子で三男。ともなれば社交界デビューをしていなくてもおかしくはない。


「あなたの事情はわかりましたわ。大貴族の名を冠しながらもこのような場所にいる理由も」


「それは僥倖。して、姫。私はここで歓待などできませんが、部屋を出ていけばよろしいですか?」


「いいえ。そんなことはしないでちょうだい。……あなたは放課後にここに残って、魔法の勉強でもしているのかしら?」


「そうですね。寮でじっとしているのも嫌いですし。魔法学校に入った以上、成果を出さなければ家で居場所がなくなります」


 その言葉にリリアーヌはハッとする。リリアーヌは寮で暮らしていないので寮暮らしというのは全くわからないが、彼の言葉に共感するところがあった。


 成果を出さなければ居場所がなくなる。


 これはリリアーヌにも当てはまることだった。


 表情険しくここへ移動していた理由もそれ。


 まだ入学して二日だが、既に一学年で噂が流れていた。今年の主席入学者はヒュラッセイン公爵家の令嬢ではなかったと。公爵家以上の家名を持つ家などおらず、彼女こそが首席入学者だとこの学校の者は疑っていなかった。


 だが、リリアーヌは入学試験主席ではない。家柄の関係で入学者代表挨拶を行なったが、二日目にして入学試験の成績が漏れ出た。リリアーヌ自身、自分の成績を知らなかったが、主席ではないことだけは知っていた。


 なにせ、彼女の魔法の実力は貴族の中で平凡の域を超えるかどうかというところ。産まれついて魔法を何不自由なく使えたわけではなく、長年かけた修練の結果ようやくその域に達しただけ。


 自分の実力はわかっていても、陰口の声が予想以上に大きかった。そこそこの位を持つ貴族の子息ならば、名前だけの女だと蔑むのだ。そしてリリアーヌの噂に釣られて公爵家を見下すような生徒も多くなった。上の貴族ともなればリリアーヌの状況を知っていてもおかしくはない。そこから入試の情報も漏れたと考えている。


 リリアーヌは悔しかった。


 自分のせいで家が見下されることが。たとえ家から期待をされていないとしても、家の悪評に繋がってしまう失態を働いたのは公爵家に連なる者として恥でしかなかった。


 生き方を決定されているとはいえ、せめて自分の役目くらいは全うしたかった。だから家の者に会わない練習場所を求めて彷徨っていたのだ。


「もし姫がここで魔法の訓練をするとなれば、私は退きましょう。家ごとの、個人の秘匿魔法もあるでしょう?私は口が固いとは言えないので魔法の訓練であれば退出します」


「結構ですわ。わたくしは家の秘匿魔法も、わたくし自身の固有魔法も使えませんから」


「……姫。それが事実だとしても、軽々しく口にすることではないかと」


 ギルフォードが諌める。後ろに控えていたレインもその事実をリリアーヌが口にしたことを驚いていた。だがそれは内心だけで表情には出さない。教育されたメイドとして完璧だったがゆえに。


 大貴族ともなると、その家が産み出した秘匿魔法というものが存在する。それが使えるようになって一人前とする家もあれば、戦争などの一大事以外では使うことがなかったり、外部には一切漏らさなかったり。


 家だけではなく、魔法使いであれば自分で開発した魔法はいざという時以外に使わないことが多い。手数は強さだ。情報は武器だ。


 だから魔法使いは教師以外にあまり魔法を見せない。身内以外には基礎となるありふれた魔法を見せる程度だ。


 ギルフォードはそういった事情と、家の格と自身の立場を鑑みて譲ることを進言したわけだが、あまりのぶっちゃけに表情筋が凍り付いていた。


「あら。では試してみますか?あなたにも負けるかもしれませんよ。わたくしの魔法なんて」


「申し訳ありません。非公式の場とはいえ、公爵家の方と模擬戦をしたとなれば私の身が危ないので、遠慮させていただきます」


「やっぱり自分の身が大事?」


「それが母との約束なので」


 ギルフォードは自分に誓いを立てていた。どのような状況になっても生き残ることを。それが母と最期に交わした約束だったために。


 リリアーヌも自分の立場をわかっている。公爵家というのはそれだけ影響力があるのだ。軽々に模擬戦を挑むのは間違っていて、自分が負けても相手を負かしても何かしら問題が起きるとわかっている。


 だからため息一つ零すだけで、自分の言葉を撤回する。


「申し訳ありません。ワガママを言いました」


「いえ。いいえ。良いのです、姫。あなたは公爵家としての責務を全うしておられる。私のような家督も継げぬ放蕩貴族など、顎で使って当然ですから」


「……わたくしだって。これほどまでに魔法の才能がなければ、もしかしたら公爵家の娘ではないのかもしれません。公爵家を名乗るのが烏滸がましい、ちっぽけな小娘です」


「お嬢様……」


 レインは否定したかった。リリアーヌのかんばせは母君にそっくりだ。髪の色も瞳の色も、公爵家と一致する。


 取り替え子のような自虐は、聞き入れたくなかった。


「魔法の才能?はて、姫。何をおっしゃる?あなたほど魔法の才能に溢れた者など見たことがありませんが……?」


「……嫌味ですか?」


 心底不思議そうなギルフォードの言葉に、リリアーヌはコメカミがピクリと動く。世辞、ではないだろうがそんなことを言われたのは初めてだった。


 誰がどう見ても才能のない劣等児。それがリリアーヌに下された評価だ。


 貴族全体で見れば真ん中には来られるだろうが、大貴族で考えると、そして公爵家であることを考えると、リリアーヌは非才の少女だ。


 だから、魔法も頑張ったが他のことでもケチを言われぬように礼儀作法や芸術にも精を出した。


 陰口を言われることもあったが、それを不屈の精神で耐え抜いてきた。


 ギルフォードが社交界デビューもしておらず、まともに他者を見ていないからこその発言だと思った。井の中の蛙は、おそらく家でもまともに教育をされていないのだと。


 だからリリアーヌ程度の力を一番だと思い込んでしまったのだと。


「……姫に魔法の才能がない?それを周囲も本人も、認めている?そんなバカな。何故……?こうもマナ・・を纏っている方を見たことがないのに……」


「……お待ちなさい。あなた、今なんておっしゃいました?マナ?マナと言いましたわよね⁉︎」


「え?はい、姫。あなたほど輝くマナをお持ちの方を私は見たことがありませんが?」


「マナが、見えるのですか⁉︎」


 無作法だとわかっていても、リリアーヌはギルフォードの胸倉を掴んでいた。それだけあり得ないことを目の前の男は言ったのだ。


 分厚い髪に隠れて、ギルフォードの目は見えない。だがリリアーヌは彼の目を見るように睨んでいた。


 マナ。


 魔法を使う際に消費しているとされる・・・万物の要素。空気中にあると仮説が立てられている「不可視の構成体」。これのおかげで魔法が使えるという学説が最近支持され始めた、摩訶不思議な代物。


 研究者が魔法を使った後の空気の成分からこのマナがあると実証したものの、誰も感じ取れず目にも見えないものだ。


 それを、ギルフォードはあると言った。


「ギルフォード・ムゥ・ローゼンエッタ。その瞳を見せなさい」


「……拒否します。あなたの気分を害したくない」


「気分を害す?何故?」


「私が、目を隠す理由があるからです」


「欠損しているわけではないでしょう?顔に大きな傷があるわけでも」


「それと変わらぬものが、私の目にはあります」


 頑なに隠そうとするギルフォード。リリアーヌとしても公爵家の名を使って彼が隠そうとする秘密を暴くのは違うと感じて、引き下がる。


 それでも、彼の言葉を確かめなければならない。


「では、どうしてあなたが見ているものがマナだと確信しているのですか?そもそも、体内にマナがあると?」


「わかった理由は、魔法を使うたびにそれが還元されていくからです。あの学者の言葉を借りただけですが。もちろん空気中だけではなく、魔法使いの体内にもあります。空気中のマナと体内のマナを合わせて、魔法は行使されます。体内からマナがなくなれば、回復するまで魔法は使えません。魔法の使いすぎには気を付けろとは初めに教わると思います。そして、各々の限界も見極める」


 リリアーヌも昔、魔法を数多く使って限界を調べたことがある。魔法の先生に言われて使ったことがあるが、他の者のように息切れなどを起こしたことがない。


 だから限界がどこかわからないまま、こっそりと魔法を練習し続けた。だがやれどもやれども、初級魔法ですらもたつく。一番簡単な術式ですらまともに使えないため、中級魔法もあまり試さず、上級魔法なんて手も出していない。


 そんな中級魔法も、平凡でしかない。


 だから才能があるだの、マナが見えるだの言われても信じられないわけだ。


「マナはそんな消費を見たから知覚しているだけで、これ以上説明ができないのですが……」


「そう。それでわたくしの体内にはマナがあると?メイドのレインもこの学校に生徒として入学できるほどの魔法使いなのだけど、わたくしとどれほど差がありますの?」


 ギルフォードは二人を見比べる。そして自分も見て、その問いに答える。


「彼女を一、自分を三として。姫は六から七ほどのマナを保有しています」


「六から七?」


 それが事実なら桁違いと言える。


 それはつまり、レインの六倍から七倍の量の魔法を使ってようやく疲れるということ。レインだってメイドでありながらその実力は十分。護衛も兼ねているのだからそこら辺の魔法使いよりもよっぽど有能だ。


 そんなレインの、六倍以上。


「わたくし、中級魔法は平凡で、初級魔法に至っては使えないことすらありますのよ……?」


「姫。魔法を使う際にいつでも全力で魔法を行使していませんか?」


「……?何を当たり前なことを……?」


「魔法ごとにマナの適量があります。初級・中級・上級などの枠組みは一部おかしなものもありますが、概ね籠められるマナの量が少ないものが初級魔法です。優秀な魔法使いの数倍もマナを持っている姫が、全力でマナを籠めては過剰マナによって発動が遅れます。魔法は決められた上限値以上の威力には絶対なりませんし、マナを籠め過ぎれば危険行為としてセーフティーが発動して威力が余計に落ちます。籠めた量によっては失敗という結果も起こるでしょう」


 初めて聞く話だった。初級魔法は大体中級魔法で代用が効き、歳を取るごとに使わなくなる。優秀な魔法使いはどんどん上のグレードの魔法を使うようになる。


 初級魔法はそれこそ、魔法使いの入門となる魔法。これがしっかり使えてから中級魔法に移るのが普通の教育だ。時たま幼い時から中級魔法がまともに使えて天才と呼ばれることもあり、貴族の中で有名になる。


 リリアーヌもこの例に洩れず、幼少期は天才と持て囃された。だが初級魔法を失敗してばかりでリリアーヌはまず初級魔法を完璧にしようとした。そうしている内にいつまで経っても初級魔法に拘り、中級魔法も平凡の域を出ないとされて評判は落ちていった。


 神童がただの子どもに変わっていた。


 初級・中級・上級とランク付けされているために、上に進むには下から順番に習得しないといけないとリリアーヌは躍起になった。公爵家の名を背負ったいたことも一因だろう。そうして努力をしていき、レイン以外にその努力は認められず、公爵家の人間にはあるまじき劣等児の烙印を押された。


 だが、ギルフォードの言葉が全て本当なら。


「姫。今夜お時間をいただけませんか?あなたは今宵、最強の魔法を世に放つでしょう。タネも仕掛けもある、ありふれた奇跡マジックを」


「最強の魔法って……」


「周りに被害が出ぬよう、召喚魔法が良いかと。喚びたい最高ランクの相手を、今夜までに考えてきていただきたい。日付が変わる頃、迎えに参ります」


「公爵家の場所は知っているのね?わたくしの場所もわかるの?」


「我が眼なら、あなた様を間違えるはずがありません。それほどのマナを宿している方を見付けるのは容易いことです」


 目は見えないのに、真剣にこちらを見つめているような視線をリリアーヌは感じていた。その真摯な声に、言葉に。


 期待してもいいと、思った。


「レイン。聞いての通りよ。今夜屋敷を抜け出すわ。その用意をしておいて」


「かしこまりました。お嬢様」


「ギルフォード。わたくしを失望させないでね?」


「もちろんです、姫。もし御身を不快にさせたのならば、この首を献上いたします」


「要らないわ。母君との約束にも反するのではなくて?それに、その姫というのも不快だわ。わたくしはあくまで公爵家の次女よ?王子殿下と婚約をしているわけでもありません」


「ではヒュラッセイン様」


「姉がここの三学年にいます」


「……どのようにお呼びすれば?」


「自分で考えなさい」


 そう言ってリリアーヌは出ていく。レインも一礼してから扉を閉めて出ていった。


 リリアーヌの表情は、レインでも今まで見たことがないほど喜色ばんでいた。レインはもしあの男がお嬢様の願いを叶えられなかったら、たとえ格上の魔法使いでも確実に殺そうと決心する。


 リリアーヌの足取りは軽い。ここに来る時のことが嘘のようだ。


 鼻唄まで奏でる始末。その旋律は、あの教室に辿り着くまで聞こえてきたメロディだった。

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