第23話 エピローグ 英雄の帰還

 テセウスの迷宮の出口がある危険区のヴィダール森林に、第一王子ブラムが率いる軍団が駐屯していた。かなりの戦力を引っ張ってきたとはいえ、魔物が大量発生する危険区ということもあって留まるのは大変だった。


 それでも通常の危険区探索よりも大分順調に進んでいた。王子が率いる第一師団に加えてローゼンエッタ侯爵家の保有戦力とヒュラッセイン公爵家の雇う護衛団。更にはヒュラッセイン公爵家の最強姉妹にエルフの国の規格外二人の分身がいたのだ。


 そこに、誰もが聞いたことのある霊鳥フェニクスも加わる。魔物でも知っているその存在は本来の大きさに戻って魔物を一蹴していた。リリアーヌの肩にいるポッチャリ鳥がフェニクスだと聞いていた者もいたが、今回ようやくそれを認識した者も多かった。


 エルフの国の提供した出口の地図も詳細に描かれていたので、そこへ一直線に向かうことで簡易駐屯地を作成することに成功。着いてからは交代制で休憩を取りつつ発見した扉を監視していた。


 野営を始めて一日ほど、その場所を維持していた。いくら精鋭が揃っているとはいえ、危険区の名の通り数多くの魔物が彼らを襲ってきた。負傷者も出たが、幸いなことは死者が出なかったことか。


 その理由の大きな要因はイーユの分身だ。彼女の使う治癒魔法のおかげで重傷には至らなかった。彼女も本体から分け与えられているマナを使い切らないように注意しながら魔法を使っていたが、そもそもの保有量が多いイーユだ。半分も潜在マナを受け取っていれば行軍中の治療はどうとでもなった。


 そして一夜が明けた頃。迷宮の石の扉がある洞窟から監視を頼んでいた一人の兵士が走って天幕に入ってきた。


「殿下!例の扉から紋様の光が消えました!情報が正しければまもなく扉が開かれるかと!」


「すぐ行く!」


 一睡もしていなかったブラムは一応装備を整えて走る。リリアーヌとアリアリーゼも仮眠をもらっていたところを起こされて扉へ向かう。ローゼンエッタ侯爵も同じく扉へ向かった。


 兵士たちが警戒する石の扉。青色の線で描かれた幾何学模様は初めて見た時と打って変わって光っていなかった。これはギルフォードが試練を突破して出口に近付いた証拠だ。


 本当は三時間以上前にミノタウロスは倒していたのだが、気絶から立ち直るのにそれだけの時間を要した。試練を突破した時点で光が消えなかったのはまだ脱出の意思がなかったから。


 最奥から出口までは歩いてすぐだが、迷宮を突破したご褒美もある。それを受け取って出口に向かって初めて、踏破した証拠に紋様の光が消えるのだ。


 光が消えて多くの者が集結して一分ほど。


 石扉が重そうに内側から開く。出てきたのは当然ながらたった一人。服が相応に汚れてところどころ破れている上に、露出している肌にもいくつもの裂傷があった。


 本人は数日ぶりに陽の光を見たために伸ばした前髪の奥で瞳を細めた。そして出迎えの人の多さを見て困惑する。


 中でイーユから聞いていたとはいえ、いくら何でも多すぎた。


 そのイーユとルサールカは姿を隠しながらこっそりと分身と入れ替わっていた。それが確認できたのはギルフォードだけだろう。


「ギル!」


 本人確認をするまでもなく、いの一番にブラムがギルフォードを抱きとめた。最初に駆け寄ろうと思っていたリリアーヌの腕が中途半端に伸びて、それはゆっくりと降ろされてしまった。隣でその様子を見ていた姉のアリアリーゼはブラムに後で説教をすることを決める。


 ギルフォードは眩しかったのもあるが、体力的な限界も近かったのも事実。そんな中筋肉質のブラムが抱きとめてくれたのは正直助かった。


 それでもいつもの調子で、謙ってしまうが。


「殿下……。お召し物が、汚れてしまいますよ?」


「バカヤロウ!今のオレは王子である前にお前の親友トモだ!服のことなんて気にするな!」


「……変わらないなぁ、ブラムは。あと、ちょっとボリューム下げて。結構傷に響く」


「む、それはすまん。待ってろ、すぐに衛生兵のところへ連れて行く」


 ブラムは肩を回してギルフォードを救護用の天幕へ運んでいった。そこで待機していた衛生兵とイズミャーユ教の従軍治癒師による簡易ベッドに寝かされたギルフォードの診察が始まる。


 診察の結果左腕の骨折と肋骨の数本に罅が入り。裂傷は数えられないほど。打撲と打ち身から絶対安静にしたまま運ばれることになった。


 治療師が回復魔法を使おうとしたが、それを止める者がいた。ローゼンエッタ侯爵だ。ギルフォードの事情はある程度全員に通達されているので止めた理由を悪く判断する者もいたが、よく理解しているブラムがそれを許可した。


「それくらいは私にやらせていただく。これでも近年は敬虔なイズミャーユ教なんだ。『神の奇跡の一欠片をここに──キュアメディスン』」


 ローゼンエッタ侯爵は発言通り、上級魔法の回復魔法を発動させてギルフォードの裂傷を治し始めた。骨折や罅は一度の魔法では治せないが、結合速度を速める効果はある。


 傷を全快させるには超級魔法の行使が必要だ。そんな物を使える人間はこの国にはいなかった。


 ローゼンエッタ侯爵がイズミャーユ教徒だったなんてギルフォードも知らなかったことだ。母がそうだったことは知っていても、父までそうだとは思わなかった。


 ローゼンエッタ家でまともな扱いを受けず、顔を合わせることも少なかった。それで父とはいえどこまでその人のなりを把握できるか。ギルフォードが持つ父の情報のほとんどは母からの惚気話だけだ。


 それだって母という色眼鏡を通しているので全部を信じているわけではない。


 魔法の行使が終わった後、すぐに撤退準備を始めていた。危険区に留まっている理由はなくなった。後は首都に帰るだけだ。首都からはそこまで離れていないので危険区さえ抜けてしまえば半日と掛からず帰れる。


 だが問題は怪我人のギルフォードを運ぶ手段だ。馬車は用意してあるが、森林地帯を抜けるために確実に揺れる。それで身体を揺らして怪我が悪化しても困る。


 これは想定していたこととはいえどうするかとブラムが考えていたところに、ここぞとばかりにリリアーヌが手を挙げた。


「あの、殿下!わたくしとフェニクスでギルフォードを首都まで送り届けます!空から向かえばギルフォードの心身に掛かる負担は少ないと進言いたしますわ」


「なるほど。あの大きさなら人間二人くらい運べるか。それにフェニクスを襲う魔物もいないだろう。よし、義妹よ任せた」


「お任せください!」


 そういう話になった。


 ギルフォードは運ばれる前に、ブラムにある物を懐から出して手渡す。それは糸玉のようだった。


「ギル。これは何だ?」


「あの迷宮で手に入れた、宝物かな?糸で繋がった人同士は絶対に巡り会える迷宮攻略に必須なアーティファクト『アリアドネの糸』。もう俺は迷宮なんて懲り懲りだから、ブラムが王家で保管して」


「お前の戦利品だろうに……。わかった。これはオレが預かっておく。要らないのなら何か代わりの物を褒賞として送ろう」


「どうでもいいや。ぶっちゃけ疲れた」


「うむ。ゆっくり休むといい」


 迷宮で唯一手にした物さえ手放してしまうギルフォードにブラムは苦笑する。アーティファクトなんて現存していることが少ない国宝級の品だ。しかもこの『アリアドネの糸』は持っているだけで効果があり、糸はどこまでも伸びるし絶対に切れないという破格の品。


 そんな正当な報酬をどうでもいいと言ってしまうギルフォードに昔の面影を見たブラムは撤退の指示に移る。


 ギルフォードは大きくなったフェニクスの背に乗せられ、魔法で落ちないように固定される。リリアーヌも乗って二人だけで先に帰ることになった。


 その前に、ギルフォードは最低限のお礼を述べる。


「俺なんかのために、ここまでしてくださってありがとうございました。このご恩は忘れません」


「謙遜が過ぎるってもんですぜ?なにせ今の時代でこの迷宮を唯一踏破した英雄様だ。その救出の一助になれたなんて、むしろ酒場で自慢話にできる」


「そうですよ。坊ちゃんなんて王子たちの政争に巻き込まれたようなもんですし。それにこの危険区もほぼほぼ制圧できたとなればブラム殿下の名声にも繋がります。悪いことなんて何にもなかったですよ」


「と、いうことだ。ギル、オレたちはお前に感謝と懺悔こそすれど、お前が謝る理由は一つもない。こっちこそ悪かったな。オレの別荘を貸し与えるからそこで養生しておけ。後で見舞いにも行く」


 第三師団の者やブラムの言葉に、あまりの好意的解釈にギルフォードは笑みしかでなかった。フェニクスがもう十分だと判断したのか、一気に上空へ上昇した。


 そのまま首都へ進路を向ける。


「ギルフォード。生きていてくれてありがとう。心配いたしましたわ」


「すみません、リリアーヌさん。まさかそこまで恨まれているとは思わなくて……」


「第二王子の派閥は、支持してくれる家の数が変動している不安定な派閥です。今回は『聖女降臨の儀』でまた支持層を増やしました。そんな上り調子の時に聖女を奪われるという醜聞なんて支持層に聴かせられないから処理に走ったのだと思いますわ」


「聖女なんてどうでもいいのになぁ……。別に彼女だって俺のことを物珍しいと思っているだけで、懸想しているわけでもないのに」


 異世界の、聖女にとっての故郷にたくさんいる黒髪を見かけたから興味を持っただけ。ギルフォードはそう思っている。


 自分なんかを好くような物好きな女性はいないと決めつけているからこその答えだった。


 実際聖女リナは狂った感性でギルフォードのこと恋愛的な意味で狙っている上に、そのリナの言動と表情を見れば鈍くない学園の女生徒はその感情を正確に把握していた。


 リリアーヌもリナの想いを察していたために不貞腐れながら説明する。


「周りの者はそう思わないのです。第二王子よりも優先する、妾の子。それだけで周りは悪感情を宿しますわ。それが第二王子の側近なら尚更です。そして側仕えを任されている者は私刑を許可されていますので、今回のようなことが起こったのかと」


「学校だと、どんな感じ?」


「ローゼンエッタ侯爵が家に呼び戻したことになっているので、学校での扱いは公欠になっています。ですがやはり悪目立ちしていて実家に呼び戻されたことになっているので、おそらく聖女の件で注意を受けているのだろうと学生の間では噂されています。で、でもですね?それを覆す策をイーユさんとブラム殿下が考えているのです」


「どんな策ですか?」


 あまりブラムに頼りたくなかったギルフォードは、イーユも加わっている事実に嫌な予感がしてくる。


 イーユは魔王である以前におっちょこちょいだとこの数日ですごくわかったために。


「テセウスの迷宮について公表して、そこをたった一人で攻略した英雄として国の後ろ盾を作ると……」


「絶対に嫌だ……!何で日陰者が英雄なんて呼ばれないといけないんだ……!」


「でも、我が国としては本当に快挙なことなんですよ?あの迷宮は我が国で踏破した者がいないから封印されたので」


「……第二王子には牽制になる上に、ブラム派閥は英雄を擁すると宣伝できる。ローゼンエッタ家も繁栄が約束されるようなもので、国としても諸外国に対する戦争の抑止力になる。俺が困る以外のデメリットが存在しない……!」


「その、諦めた方が楽ですわよ?」


「……まあ、このままなら大変になるのは俺だけじゃないからいいか。リリアーヌさんもこれから大変だろうから」


「え?わたくしも?どうしてです?」


 そんな雑談をしている間に、早いもので首都へ辿り着いた。そのまま首都の上空を通って郊外にあるブラムの別荘に向かった。


 首都上空を飛ぶとても大きな赤い鳥。最初はすわ魔物の襲来かと住民は警戒したがフェニクスは何もしないまま通り過ぎる。


 だがその姿をたまたま見たイズミャーユ教の司祭が、その姿を見て瀑布のごとく涙を零して神へ感謝をし始めた。一目でわかったのだ。それが神も認める霊鳥フェニクスだと。


 その話は瞬く間に広がり、しかも帰ってきたブラムがフェニクスを召喚した者がいると公表。我が国の前人未踏たる迷宮を制覇した者を迎えに行った、神の使いだと大々的に宣伝された。


 迷宮踏破の英雄と、神の恩寵を受けしフェニクスを喚び出したさる高貴なる少女。


 その二人の噂は一両日中に国の至る所に広がり、それを報告しにきたイーユに揶揄われたことでギルフォードとリリアーヌは顔を真っ赤にした。


 その日は英雄と洗礼者の現れた日として祝日になった。

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代替《スペア》公爵令嬢と道化《ピエロ》侯爵の夢物語〜第二王子も聖女も邪魔をさせません〜 @sakura-nene

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