第17話 彼女との違い
王都に向かう途中に、小さな町がある。
《サイハラ》と呼ばれるその町は、人口は千人にも満たないほどであったが、王都の途中にある町ということで、訪れる人間はそれなりにいる。
ユーリは町に入ったあと、すぐに服屋で適当に見繕ってもらった服を、町の外で待つリンスレットに手渡した。
「やっと人間らしい気持ちを取り戻した気がします……」
服を手にしたリンスレットの最初の言葉が『それ』である。
皮肉でも言っているつもりかと思ったが、どうやら彼女は素で言っているらしい。
「着替えたらさっさと行くわよ」
「町には寄らないんですか?」
「町に入ってどうするのよ」
「休憩、とか?」
「あなた……本当に能天気ね。それでも騎士だったの?」
「うっ、騎士にも休息はありますからっ。王都までずっと歩くんですか? ここからでも、日をまたぐことになりますよ?」
「それが?」
「それがって……ユーリさん、まだ怪我も治っていないですよね?」
リンスレットの問いかけに、ユーリは眉を顰める。
彼女が休みたいから言っているのではない。――単純に、ユーリのことを心配しているらしい。
「この包帯のこと? それなら、もう平気よ」
まだ身体の一部に巻いていた包帯を取る。
すでに、そこには怪我の痕すらない。
リンスレットに血を与えるために噛み切った指先程度なら、ものの数分で完治する。
肉体を削られるレベルのダメージを負ったとして――ユーリの身体は死に至ることはない。
超人的な再生能力……吸血鬼ならば、ほとんどの者が保持している。
その再生こそが、吸血鬼を『不死』と言わしめるものであり、首だけになっても生存する個体も存在する。
それこそ、昨日倒した『出来損ないの吸血鬼』ですら、あれほどの再生能力を見せたのだ。
ユーリ自身も、戦闘の際に自らの腕を引きちぎり――血液を武器としている。
リンスレットが驚きの表情でユーリを見る。
「あんな怪我でもすぐに……」
「バカね。あなたも同じよ。致命傷を負ったはずなのに、もう動けているじゃない」
「っ! た、確かにそうですね」
「吸血鬼の力が馴染めば――失った肉体すらも戻すことができる。今後、手足が無くなったくらいで騒がないことね。ま、あなたの場合はまだ再生するほどの力はないかもしれないけれど」
「こ、怖いこと言わないでくださいっ。治るって言っても、痛いじゃないですか……」
リンスレットも、一度は致命傷を負った身だ。
その『痛み』については、よく理解しているのだろう。
再生すると言っても、痛みはそのまま感じる。
肉体を削られる痛み。切断される痛み。焼かれる痛み。磨り潰される痛み――それらを加味した上で、ユーリは淡々とした口調で答える。
「『慣れ』よ。痛みに構って動きが遅れたら、それは死に繋がるわ。必要なら、慣れさせてあげてもいいけど」
「……っ」
ユーリはリンスレットの前に立ち、彼女の胸元に触れる。
『痛みに対する耐性』は、吸血鬼にとって必要なものだ。
人間であれば避けなければならない攻撃も、吸血鬼はそれを受けながら戦うことができる。
そういう選択肢があるからこそ、吸血鬼は最強と呼ばれるのだ。
痛みを恐れない――それはやがて、自らの能力を理解し、死を恐れぬ存在へと変わる。
それが、吸血鬼として生きるのに必要なことだ。
「わ、私には、必要ありません。怪我をして治るのは人間も同じです。吸血鬼も治るからといって、無駄に怪我をする必要だってないじゃないですか」
「『無駄』じゃないわ。相手を殺すために『必要』な怪我よ。そう言うのなら別にいいわ。実際の戦いの中で学びなさい――死なない程度に、ね。ほら、さっさと着替える」
「痛いっ!?」
ペチン、とリンスレットの素肌を叩く。
どこまでも甘い考えを持つリンスレットは、吸血鬼としての自覚が足りていない。
――それは、仕方のないことではある。
ユーリとは、吸血鬼になった経緯があまりにも違いすぎる。
人としての尊厳もなく、ただの食事として飼われ、吸血鬼になる以外に生きる道のなかった――《騎士》に憧れた少女。
ユーリはそんな風に吸血鬼になったからこそ、同じようなことはしない。
ユーリを吸血鬼にした――エウリアと同じようなことは。
それが数少ない、吸血鬼になったユーリに残る人間性でもあった。
(ほんと、バカらしい……)
リンスレットに背を向けて、ユーリは自嘲気味に笑みを浮かべた。
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