第12話 同じ理由
――何をやっているんだろう。
そんな疑問ばかりが、ユーリの中に沸き上がってくる。
放っておけば、リンスレットは死ぬはずだった。
それでいい、彼女は騎士として吸血鬼に戦いを挑み――死ぬ。
理不尽と思うかもしれないが、吸血鬼に勝てる人間は本当に限られている。だから、リンスレットはあそこで死ぬべき人間だった。
それなのに、ユーリはリンスレットを助けた。
……初めに彼女を森で見かけたとき、魔物と戦っていた。
騎士の正装で、一人で戦う彼女は紛れもなく《調停騎士団》の《正騎士》であり、ユーリが目指したものであった。
《従騎士》のままで終わってしまったユーリが、未来永劫なれないもの。
そんな騎士である彼女を、あの村に連れていったのは利用するためだ。クライン・ディヴァリスに警戒され、逃げられる前に尻尾を掴んで始末する――動けなくなったリンスレットは、まさに餌としては最高の素材であった。
クラインという男が、自らが支配できる《吸血鬼》を作ろうとしていたのだから。
……今のユーリは、それと変わらないことをしようとしている。
リンスレットを吸血鬼とするならば、これからユーリはリンスレットに血を与える。
(できれば、そうはならないでほしいわ)
とても、勝手な願いだった。
生きたいというリンスレットを生かしておいて、助かってしまった彼女には、できれば死を選んでほしい。
そんな矛盾の中に、ユーリはいる。
――リンスレットが吸血鬼に立ち向かう姿を見て、ユーリは自分の姿と重ねた。
いや、彼女の方が、きっと上だろう。
あの状況で、ユーリが人間のままであったのなら、きっと吸血鬼を利用して逃げ出す。
他の誰かに、吸血鬼と戦うことができる《剣姫》のような存在にすべてを任せて、ユーリなら逃げ出してしまったかもしれない。
(バカね、わたしは……)
だから、ユーリは自嘲気味に笑う。
そんな程度の理由でリンスレットを生かして、悩んでいるのだから。
『敵』である吸血鬼を増やして、本当にどうしようもない『正義の味方』なのだ、と。
ユーリは、しばらくしてからリンスレットの下へと戻っていく。
使われなくなった廃屋を森の中で見つけたのだ。
結果的に生き返ってしまった彼女を見て、ユーリは後悔しながらも、今は期待して部屋に戻る。
そこで、果てているリンスレットがいればいい、と。
ギィと扉を開く音が部屋に響き、
「あ……」
ユーリは声を漏らす。
真っ赤に染まったベッドと、倒れ伏すリンスレット。
ユーリの期待通りに、彼女は自ら死を選んだのだ、と。
一歩、ユーリはリンスレットの下へと近寄ると、
「いたた、本当に簡単には死ねないんですね」
「……っ!?」
リンスレットが、むくりと起き上がる。
血濡れた彼女は自らの鮮血で身体を汚しながら、ユーリの方をちらりと見た。
「何を、しているのよ」
「いえ、その……吸血鬼になっても、痛いのかなって思いまして……」
「……結果は?」
「痛かったです。もっと優しくやればよかったです……」
「あなた、バカでしょ」
くすりと笑ってユーリは言う。それに合わせて、リンスレットも笑った。
ユーリにとっては、望まぬ結果になってしまったが。
「すみません、せっかくのチャンスなので……私はまだ死ねません」
「生きる理由があるってこと? 吸血鬼になったとしても」
「はい」
「それは、なに?」
「……私も、色んな人を救える――『正義の味方』に憧れているんです。……それこそ、あなたみたいな」
リンスレットの答えを聞いて、ユーリは呆れたようにため息をついた。
生きる理由が、ユーリと同じであったからだ。
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