第16話 衣服申し立て

「あ、あのぅ……」

「……」

「あのっ!」

「……何よ」


 リンスレットの声に、ユーリはようやく反応して足を止める。

 王都を目指して歩みを進めるユーリにとって、リンスレットは突然できた相方……もとい、お荷物であった。

 半人前の吸血鬼は、力も非常に安定しない。それは、ユーリもよく分かっていることだ。

 リンスレットは、やや不満そうな表情でユーリを見据える。


「いつまで、私はこの格好のまま、なんでしょうか……!?」


 リンスレットが訴えたのは、服装のこと。

 古びたローブを渡してあるが、血濡れた服については全て捨ててある。――すなわち、リンスレットは素っ裸にローブというスタイルで歩いていた。


「何か文句があるの?」

「文句も何も、文句しかないですよっ。い、いくら何でもこの薄着のままだと……その……」

「恥ずかしいって? 人前を歩くわけじゃないんだからいいじゃない。町中を行動するのだって、夜を心掛けるつもりよ。あなたが力を上手く制御できないと、目立つだけだもの」

「だ、だからって……このままと言うのはさすがにつらいですっ」

「不服の申し立ては受け付けてないわ」

「申し立てているのは衣服です!」

「……上手いこと言ったつもり?」


 リンスレットの言葉に、ユーリの視線は鋭くなる。


「と、とにかく……次の町で、服はほしい、です」


 ユーリの視線を受けても、リンスレットも引く気配はない。

 ユーリは小さくため息を吐く。


「……わたしからすれば、あなたの面倒を見るのだって手間なのよ?」

「そ、それは分かっているつもり、です。ご迷惑をお掛けしているのだって……」

「なら、少しくらい我慢できないの?」

「服については我慢の問題ではないと思うんで――んむっ!?」


 言葉を遮るように、ユーリがリンスレットの口の中に指を突っ込む。

 困惑するリンスレットに対し、


「朝食。興奮したから、目の色が変わってるわよ」

「っ!」


 指摘をされて、気付いたようだ。

 能力を行使するときだけではない――感情が昂ると、リンスレットの瞳は赤色に変化する。

 吸血鬼としての力を、全く制御しきれていない証拠だ。

 ユーリは指先から、リンスレットに自らの血液を分け与える。

 その血がリンスレットの身体を巡り、やがて吸血鬼として覚醒する。

 こうして動けている以上、彼女にはその素質がある。


「んっ……」


 まるで赤子のように、リンスレットはユーリの指先を舐める。

 非常に高い順応力がある――いや、ユーリに対する抵抗感が少ないからだろうか。

 吸血鬼になることを受け入れているからこそ、彼女はユーリの血液を口に含むと……それだけで従順になる。

 吸血鬼になる過程で与えられる血液は、甘美な味がするのだ。


(それも、わたしはよく分かっているってことね)


 リンスレットを黙らせるために、わざわざ血を与えたのだ。

 スッと、彼女の口元から指を引く。「あっ」と、やや名残惜しそうな声が耳に届いた。

 指先についた彼女の唾液を拭う。


「いいわ。次の町で服くらいは買ってあげる。ただし、それ以上の寄り道はしない――それでいいわね?」

「! あ、ありがとうございますっ」


 パァと明るい表情を見せるリンスレット。

甘くするつもりはない――ないのだが、どうにも頼み込まれると弱い。

そういう経験が、今のユーリにはあまりに少なかったのだ。

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