第15話 夢

 よく夢を見る。

 殺して、殺して、殺して――殺した先にあるものは、また同じ景色。

 真っ赤に染まった世界に、満たされない赤い血。そこから、人の手のようなものが伸びてくる。


(そう、まだ死に足りないの)


 それが誰の手かなど気にしない。

 ユーリは夢の中でもひたすらに殺し続ける――長い戦いの末に、彼女はいつものように最悪の目覚めを体験する。


「……」

「んん……」


 随分と圧力があると思えば、目覚めると早々にリンスレットの抱き枕にされていることに気付いた。

 結局、汚れたベッドのシーツを外して寝ることにしたのだが……彼女はどうやら寝相が悪いらしい。

 さすがに地面で寝かせるのは少し可哀そうだと思ったのが間違いだった。


「……起きて」

「んみゃ、まだ食べられます……」

「随分と平和な夢を見てるのね……」


 ユーリとはまるで違う。それはそうだ――彼女はまだ、心は騎士のままなのだろう。

 それを同じように吸血鬼にしてしまってよいものなのか……ユーリの心に迷いがまた生まれる。

 今のままなら、ユーリでも楽に殺せる。そっと、リンスレットの胸に触れる。

 このまま心臓を貫いて、潰して、そうすれば彼女は――


「ん……あっ、おはようございます、ユーリさん」

「……おはよう」

「その……ユーリさんは、そっちの趣味が?」

「違うわよ、バカ。いいから離しなさい」

「うぺっ!?」


 ゴンッとリンスレットの頭をグーで殴る。寝相の悪かった彼女への罰だ。

 ユーリは立ち上がると、すぐに着替えを始める。


「あなたも準備して。王都へ向かうわよ」

「え、もうですか……? まだ朝早いんじゃ……」

「朝のうちに移動して、夜に活動する――まさか、吸血鬼が朝に弱いと思ってないでしょうね?」

「……違うんですか?」

「夜の方が強い、それだけよ。朝は弱いわけじゃない。そんな欠陥生物なら、吸血鬼は最強とは呼ばれないわね」


 ユーリはそう言い切る。

 吸血鬼になる前は、ユーリもそう思っていたことがある。

 朝ならば、吸血鬼も弱体化する、と。実際には、朝でも吸血鬼の強さはほとんど変わらない。

 夜の方が、闇に紛れて行動できる《能力》を持つ吸血鬼が強くなるというだけだ。

 だから、朝日の中で行動する者ほど吸血鬼としては警戒されにくい。長年生きている吸血鬼は、王都の暮らしにも平気で溶け込んでいるのだ。

 ユーリが吸血鬼となってからまだ一年半しか経過していない。

 吸血鬼としては、非常に若い部類だ。

 それでも彼女は吸血鬼を殺してきた――血の匂いで吸血鬼を判別できるユーリは、ある意味同じ吸血鬼からも恐れられる存在だと言える。

 頭をさすっていたリンスレットがようやく起き上がると、ある事実に気付く。


「あれ、私の鎧は……?」

「ないわよ。あの村に置いてきた」

「ええ、この汚れた服だけですか……?」

「あなたが汚したんでしょう。はあ、ローブは貸してあげるから、それで隠しなさい。王都に付いたら服を買えばいいわ。ただし、顔は隠しなさい」

「顔……?」

「あなたはまだ吸血鬼になったと知られていないでしょうけれど、目に出てるわよ」

「!」


 リンスレットが指摘されて、気付く。

 ユーリも能力を行使する時、目の色が赤色に染まる。

 リンスレットはまだなり立ての状態ではあるが、ゆえに言えば一切の力の制御ができない状態だ。

 あまりに赤すぎる目は、吸血鬼として固有のものだとすぐ分かってしまう。

 だから、隠す必要があった。ユーリの場合は目の色を変えるくらいできるが、顔を知られているという理由が大きい。

 フードを目深に被ると、ユーリは早々に小屋を出た。

 慌てた様子のリンスレットを置いて、周囲の気配を探る。

 一先ず、誰かが近くにいる様子はなかった。


(さて……寄り道はあったけれど、ようやく目的を果たせそうね)


 ユーリは王都の方角を、真っすぐ見据える。

 そこにどんな相手がいたとしても、必ず相手を殺す――そんな意思だけが、そこにはあった。

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