第29話 馬鹿だけど
「クソ野郎、か。随分とひどい呼び方をしますね。僕にはきちんと、アルグレイ・オーソウルという名前があるのですが」
「あなたなんて、クソ野郎で十分なのよ。これから死ぬだけなんだし、覚えておく必要もないわ」
ユーリはそう答えて、リンスレットを地面に横たわらせる。受けたのは致命傷だ――人間であれば、とっくに息絶えていてもおかしくはない。
だが、リンスレットは吸血鬼であるが故に、まだ息がある。
それでも、放っておけばいずれは死んでしまうだろう。
ユーリはリンスレットの胸元に突き刺さったままの神父――アルグレイの腕を抜くと、血の刃で細かく切り刻んだ。
「……僕の腕を。高くつきますよ、『吸血殺し』」
「それはわたしの台詞。この子はね、一応はわたしのモノなの――馬鹿だけどね」
ユーリはそう言って、自らの右腕を切断する。
そして、切断した右腕をユーリの傷口付近に置き、
「抱えていなさい。自分の傷に血が流れるように。あとはわたしの方でやるわ」
「ユー、リ、さん」
ふり絞るように、リンスレットはユーリの名を呼ぶ。
その表情は、悔しさに満ちていた――何もできずに終わることが、腹立たしくて仕方ない、ということだろう。
ユーリから見て、リンスレットは正直、楽観的なタイプだと思っていた。
けれど、やはり彼女は真っ当に騎士なのだ。
吸血鬼になっても、『悪』を許すことができない、純粋な『正義』を信じている。
それも含めて『馬鹿』だとユーリは笑うが、決して無駄だとは思わない。
「わたしね、あなたを殺すために最近はずっと、この辺りをうろついていたの。だから、会えてすごく嬉しいわ」
「僕は君には会いたくなかったけれどね。吸血鬼の癖に、吸血鬼だけを狙って動くなど――あまりに愚かだ」
「そうかしら? あなただって、テリトリーに侵入したってだけで、この子を殺そうとしたわよね?」
「それは当然のことです。他人の家に土足であがり込んだ者を、生かしておく意味がありますか?」
「逆でしょう? 他人の家に土足で上がりこんでいるのは――あなた達の方」
ユーリは『血でできた腕』を作り出す。
それは、まるで魔物の腕のようであった。対する神父も、ユーリと同じように血液で腕を作り出す。
ほとんど、同時に動き出した。お互いにフェイントなどは一切なく、真正面からの殴り合い。
『自分の方が強い』と明確に示すための戦い方だ。
アルグレイは、隠れ潜んでいるが純粋な近距離戦闘を得意としているようで、ユーリの動きについてくるどころか、それを上回る火力で攻撃を繰り出してくる。
一発、当たるだけで身体の一部が吹き飛ぶほどだ。
だが、ユーリも全く怯むことなく、拳を繰り出す。
文字通り、身を削るような殴り合い――均衡が崩れたのは、わずか数秒後のことだ。
「……っ、馬鹿、な」
アルグレイの方が、わずかに後ろに下がった。純粋な力でユーリに押し負けているということが、信じられないという様子だ。
ユーリからしてみれば、別に驚くようなことではない。
「ねえ、知っている? 吸血鬼はね、他の吸血鬼の血を大量に取り込むと――どんどん強くなれるの」
「何を、言って――っ!」
「気付いた? わたしね、今までに……何人殺していると思う?」
「こ、の、小娘が……っ!」
先ほどまでの丁寧な口調が一変――牙を剥き出しにして、アルグレイが叫ぶ。
「僕は! 何年吸血鬼として生きていると思っている! ほんの少し前に名前が知れた程度の、お前のような吸血鬼に……! この、僕が殺されるなど……ッ! あっていいはずがない!」
アルグレイの身体から血液があふれ出し、自らの姿を変貌させる。
その姿は、まさに竜のようであったが――瞬間、その首をユーリが刎ねた。
「な、あ……?」
「馬鹿ね。身体を大きくして的を増やすなんて。人間の姿だったから、ギリギリでわたしの動きについて来られただけだったのに」
ボロボロと、アルグレイの身体が崩れ去っていく。全身を鮮血に染めながら、そこに立っていたのは――ユーリの方だ。
朽ちていく身体を、ユーリは自らの『血の腕』を巨大化させて、握り潰す。
「ぼ、僕が、僕が死ぬ、のか……? 何百年と、生きてきた、この僕、が……?」
「ええ、そうよ。それとあなた――今まで戦った吸血鬼の中でも、かなり弱い方だったわ。『無駄に長生きしたのね』」
「あ、あああああああああ――」
アルグレイの慟哭が響き、その頭部をユーリは指で貫いた。
その瞬間に声は止まり、周囲は静寂に包まれる。
ユーリはアルグレイの頭部を地面に投げ出すと、リンスレットの方へと歩いて近づいていく。
「終わったわ」
「みたい、ですね」
リンスレットは、ユーリの血液で少し回復しているようだった。
ひょっとしたら助からない可能性もあったが、彼女の生命力はかなり高いようで安心した。
(安心……? このわたしが……?)
そこで、ユーリは初めてそんな気持ちを抱いたことに気付く。
すでに情など捨てたはずなのに、ほんの少し一緒にいただけで、リンスレットにそんな感情を抱いてしまったのか、と驚いてしまう。
だが、すぐに小さく首を横に振って、ユーリはリンスレットを抱えた。
「これが、わたしの生き方よ。それで……あなたはこれでも、わたしと一緒に来る?」
ユーリが問いかけると、リンスレットは静かに頷いた。
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