第30話 最後になるまで
その日はまた、夢を見た。
いつものように、殺しても殺したりないはずの夢――けれど、そこには知った顔があった。
「エウリア、久しぶり」
「ええ、久しぶりね――ユーリ。随分と、元気に殺し回っているようで安心したわ」
エウリアはくすりと笑う。
彼女は、ユーリの夢に出てくる幻覚に過ぎない。それはよく分かっている。
エウリアはユーリに対して優しく微笑んでも、決して優しくはなかった。
けれど、今の彼女はどこか、ユーリに対して穏やかな様子を見せている。
きっと、その姿が――ユーリがエウリアに対して望んだモノだったのだろう。
「わたしも、あなたと同じように……一人の眷属を作ったわ」
「みたいね。きっと、あの子の中にも私がいるわ」
「エウリアが……?」
「ええ、そうよ。だって、吸血鬼の血をいっぱい得たのだもの。ここに広がる、あなたを求めるような手は――全て、あなたが殺した吸血鬼が、あなたを求めている腕なのだから」
「じゃあ、また一本増えたのかしら」
「そうね。でも、あなたはまだ――殺すんでしょう?」
「もちろん。わたしの中に全ての吸血鬼を押し込んで、その上で――わたしが死ねば、全てが終わる」
「そう……。それで、その中に――リンスレットも含まれているの?」
「――」
エウリアの問いに答えようとしたところで、目が覚めた。
少し柔らかい感触があったのは、そこにちょうどリンスレットの胸があったからだ。
リンスレットはまだ眠りについていて、昨日は一緒のベッドで寝たことを思い出す。
あのあと、すぐに剣姫――アレクシアがやってきた。
アルグレイの首を引き渡し、ユーリはリンスレットを抱えてその場を去った。
その時、彼女に聞かれたことを思い出す。
「お前、その抱えている子は――人間ではないのか?」
「違うわ。この子も吸血鬼」
「ならば、それも引き渡せ。こちらで処理する」
「それは必要ないわ」
「……なんだと? どういう意味だ」
「この子はね――わたしのモノだから」
そう答えて、ユーリは王都を去った。
また、アレクシアとは会うこともあるだろう。
かつて憧れた彼女とは、いずれ殺し合い――そして、ユーリが殺されることになる。少し前まで、描いていた自分の結末だ。
けれど、今は少しだけ違う。
「リンスレット、起きなさい」
「んー、あと五分……」
「起きなさい」
「ひゃいっ!?」
バチンッ、と音が出るくらいに思いきり叩くと、リンスレットが目を覚ました。
少し涙目になりながらも、リンスレットは身体を起こす。
「も、もう、何なんですか……?」
「あなた、昨日わたしについてくると言ったわね?」
「え? は、はい。言いました、けど……?」
「じゃあ、もう一つ確認することがあるの。わたし、全ての吸血鬼を殺すから、そこにあなたも含まれるのね」
「はい――え、ええ!? じゃ、じゃあ今ここで殺しておこう、的な……!?」
「話は最後まで聞きなさい。わたしは全ての吸血鬼を殺す――あなたも、目的は同じでしょう? 自分の正義のために、吸血鬼を殺す」
「はい。まあ、そうなりますね」
「でも、あなたは弱いから、きっとわたしがいないと途中で死ぬわ」
「うっ、そ、それは……否定できない、です」
「だから――わたしはあなたを最後まで殺さない。あなたをこの世界で殺す、最後の吸血鬼とするわ」
「最後の、吸血鬼……?」
リンスレットはいまいち理解できていない、という様子だった。
「え、えっと、つまり、その……?」
「昨日のこと、悔しかったのなら――あなたも強くなりなさい。そして、最後にわたしとあなたで、殺し合うの」
「……! わ、私とユーリさんが、ですか?」
「当然でしょう? だって、わたし達は吸血鬼だもの。わたしはわたしも含めて、全ての吸血鬼を殺すのだから。けれど、あなたがわたしを殺せたのなら――その時は自由にしなさい。まあ、これは約束ではなく、命令なのだけれど」
「それって、拒否権がないってことじゃないですか……」
「ないわよ。生きたかったら、死ぬ気で強くなって、最後まで生き残りなさい。言いたかったことは、それだけ」
ユーリはそう言って、立ち上がる。
この付近にはもう吸血鬼はいないだろう――次の地に向かって、同じように吸血鬼を殺すだけだ。けれど、
「分かり、ました。私も強くなって見せます。そして、ユーリさん――あなたよりも、ずっとです」
「いい心がけね。わたしを殺したら、どうするの?」
「たぶん、わたしにはユーリさんは殺せません」
「……何を言っているの?」
「だって、ユーリさんは私にとって命の恩人ですから! だから、最後まで二人で生き残って、ユーリさんが納得するまで、一緒に戦いましょう!」
リンスレットは元気そうに言うが、やはりユーリの言っていることがいまいち理解できていないのでは、とそう感じざるを得なかった。
ユーリが絆されることはない。この世界に吸血鬼をなくすことが、ユーリの目的なのだから。
「やっぱり、あなたは馬鹿ね」
「な、そんなこと――んぶっ!?」
ユーリはそんなリンスレットの口の中に指を突っ込むと、いつものように血を与える。
すぐに、血を与えられて落ち着く姿はやはり、赤子のようであった。
「いいわ。あなたがそうしたいと言うのなら――やってみなさい」
「! ひゃいっ!」
指をくわえたまま答えるリンスレットの声はなんとも間の抜けたものであった。
けれど――やはり、ユーリはリンスレットを笑えない。
どこまでも理想を掲げるだけのリンスレットは、あまりに弱く、きっとどこかで死ぬことになるだろう。
そんな彼女と一緒にいるということを選んだのだから、少なくとも――ユーリは誰かと一緒にいることを望んでしまった。
孤独に生きる以外の道を、吸血鬼になって初めて選んでしまったのだ。
それでも、ユーリのやることは変わらない。
その日から――『吸血殺し』は二人となった。
ユーリ・オットーとリンスレット・フロイレイン――全ての吸血鬼を殺すまで、彼女達は共に戦い続ける。
『英雄』に憧れた少女は吸血鬼に堕ちても『英雄』を目指す 笹塔五郎 @sasacibe
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