第28話 褒めてあげる
リンスレットは、半ば反射的に動いていた。
神父のすぐ近くには子供達がいる。
まだ、何が起こったのか気付いていないだろう。
腰に下げた剣を抜いて、神父へと斬りかかった。
神父は掴んだ老婆をそのまま、リンスレットに向かって投げる。
「っ!」
ぶつかるような形になって、リンスレットはバランスを崩した。
だが、すぐに態勢を立て直す。
すでに、老婆の息はない。リンスレットは子供達に向かって叫ぶ。
「走って! 逃げて!」
子供達は動揺した様子であったが、老婆が投げられる姿を見て、すぐに逃げ出した。
神父はリンスレットのことを見据えて、静かに笑みを浮かべる。
「なんだ、まだ吸血鬼にもなり切っていない小娘ではないですか。どうしたのです? こんなところに迷い込んだのですか? 仕方のない子ですね」
言葉は優しく、態度もどこか人を安心させる――けれど、やはり根本的に『何か』が違う。
気付けるようになったのは、リンスレットも吸血鬼になっているからだろうか。
リンスレットは努めて冷静に、神父に向かって言う。
「……何故、彼女を殺したのですか?」
「……? それを聞いてどうするのです?」
「いいから答えなさい!」
「別に、単純な話ですよ。僕のテリトリーで、臭いを垂れ流す吸血鬼がいるから、実に不快だった――さっさと始末したかったのですが、中々この方が話を切り上げてくれなかったのでね。面倒だから、殺してしまっただけです」
「……っ、外道……!」
「ほう、その表情……僕と戦うつもりですか? 吸血鬼が吸血鬼と戦う――それはすなわち、テリトリーの奪い合いということですが、実に先走ったことをする。あなたの飼い主はどこにいるのです? この僕と殺し合うことを望んでいるのですか?」
「……はい、その通りです。私達は、そのために来たんですから!」
リンスレットは剣を上に掲げると、魔力を放出した。
光の玉が空へと上がり、爆発して周囲を照らす。
神父はそれを静かに見据えて、
「今のはなんです? まさか、遊びに来たわけではないでしょう?」
「直に分かりますよ。でも、その前に私があなたを――」
次の瞬間、神父を見失った。
気付いた時には自分の胸元から赤色に染まった『腕』が生えていて、何が起こったのか、リンスレットには理解できなかった。
「『私があなたを』、なんです?」
「かっ、ふっ」
口から溢れ出るのは血液だけで、声が出ない。痛いというよりも、凄まじい熱さが胸元から広がっていくのを感じる。
「あまりに弱い。その程度で、まさか僕を殺すつもりだったのですか? あなたの飼い主は、どうやら相当に愚か者のようだ……。この程度の者を僕に差し向けて、それでここを支配下に?」
「――一つ訂正しておくわ。別に、わたしはここを支配下にするつもりはない。ただ、あなたを殺しにきただけ」
神父の言葉に答えたのは、少女の声。
不意に、リンスレットの身体がふわりと宙に浮かぶ。
そうして、抱えてくれたのはユーリだった。
まだ腕は突き刺さったままだが、横目で確認すると、神父の片腕が切断されていることに気付く。――ユーリがやったのだろう。
だが、致命傷にも近い攻撃を受けて、リンスレットは話すことすらできない。
「いいわ、何も言わなくて。ちゃんと、わたしの言うことが聞けたのね? そこは褒めてあげる」
ユーリの言葉は、優しかった。
どこか安心してしまうくらいに。敵は、リンスレットでは全く歯が立たないくらいに強かったというのに――ユーリならば、きっと大丈夫だと、そう思ってしまう。
「君は……まさか、君がついに僕のところにやってきたのか」
「わたしを知っているのなら、話が早いわね。初めまして――やっぱり、思った通りの『クソ野郎』みたいね」
ユーリと神父は、そうして対峙した。
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