第2話 生かされた少女

「……え?」


 間の抜けた声を漏らしながら、ユーリは目を覚ます。白く清潔な部屋の中、ベッドの上にユーリはいた。


「なん、で……?」


 すぐに状況は理解できなかった。

 先ほど、突然吸血鬼に襲われて、ユーリは左足と右腕を失った。

 もしかして夢だったのだろうか――そんなことを思いながら視線を向けると、包帯の巻かれた右肘が目に入る。……腕は、そこにはなかった。

 足の感覚も、片方しか残されていない。

 下着姿で眠らされていた――あの状況で助かるなんてことはあるのだろうか。

 そう思った時、ユーリは自分が助かったわけではないことに気が付く。


「うふふっ、目が覚めた?」


 ユーリは部屋の片隅で本を読む、女性の姿に気付いた。

 先ほど、ユーリの仲間達を全員殺し、ユーリの手足を奪った存在に。


「あ、なたは……!」

「あら、まだそんな顔ができたのね。ふふっ、とっても可愛いわ」


 敵意をむき出したユーリに対して、女性はそんな風に言い放つ。

 燃え上がった怒りも、すぐにユーリの心の中にある恐怖によって埋め尽くされてしまう。

 ……目の前に吸血鬼の女性がいて、ユーリは生きている。生かされているのだという事実を、理解してしまったのだから。


「な、なんで、わたしを……」

「殺さなかったのか、って言いたいの? うふふっ、私ね……女の子の生き血が大好きなの。それも、魔力の強い子のね。貴女、素質がありそうだから思わず手を出しちゃった」


 いたずらっぽい笑みを浮かべて、女性はそんなことを言う。

 思わず手を出した――そんなことで、ユーリは仲間達を殺されて、傷つけられたのだから。

 だが、女性の言葉でユーリはただの食事のために連れて来られたということを知る。

 ……生き血を吸うために、ユーリはここに連れて来られたのだ。

 その事実に、身体が恐怖で震える。


「心配しなくても大丈夫よぉ。私は別に飽きっぽいわけじゃないから……貴女みたいな可愛い子、簡単に殺したりなんてしないわ。毎日毎日毎日毎日毎日毎日――ゆっくりと、血を吸って、可愛がってあげるから、ね?」

「ひ、やだ……や、やめ、て……」


 赤く光る視線に、ユーリは怯えてそんな拒絶の言葉を漏らす。

 何とか逃げ出そうとしてベッドから下りようとするが、片方ずつ手足のなくなった身体は不自由だった。

 這い寄るようにしてベッドの上に上がってきた女性は、逃げようとするユーリの身体を無理やり押さえつける。


「もう、そんな風に怖がられると……襲いたくなっちゃうでしょ。魔物を倒している時の貴女……とても凛々しく見えたのに、今は私に怯えて煽情的な表情を浮かべて、とっても可愛らしいわぁ。ねえ、どこまで私を喜ばせてくれるのかしら? ああ、もう、とっても素敵で――我慢できないわ」

「ひあっ、や、やだっ! やめ――ああああああっ!」


 ユーリの悲痛な声が部屋の中に響き渡る。

 鋭い女性の、吸血鬼の牙がユーリの首元に突き立てられた。

 ぞくりと、首筋から痺れるような感覚が広がっていく。


「あっ、うあっ」


 漏らすつもりはなくても、声が勝手に出てしまう。

 感じたこともない刺激に恐怖しながら、ユーリは女性に押し倒されて、ただ生き血を啜られ続ける。


「うふふっ、これからずっと、ずっとよ。ずぅーっと、可愛がってあげるからね……ユーリちゃん」


 ――その日から、確かにユーリの人生は終わりを告げた。

 吸血鬼の食事として、ただ生かされるだけの存在になってしまったのだから。

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