『英雄』に憧れた少女は吸血鬼に堕ちても『英雄』を目指す
笹塔五郎
第1話 プロローグ
「何者だ……お前は」
男が少女を見て、呟くように言う。
少女はにやりと笑みを浮かべて、自分の手にこびりついた『赤い血』を舐め取った。
「あなたの敵で、『正義の味方』。それ以上でもそれ以下でもないわ」
少女はそうはっきりと宣言し、男との敵対をはっきりと宣言する。
―
(そうだ、わたしはわたしの、正義を貫く)
少女の心の中には、はっきりとその意思がある。それは作られたものでも何でもない――自分でこの道を選んで、生きると決めたのだから。
だから、『敵』になるものは殺す。殺して殺して殺して殺して――全て殺して尽くす。
その先にあるものがきっと、少女の求めるものなのだと、信じる他なかったからだ。
***
ユーリ・オットーは《正騎士》に憧れる少女であった。
かつて《魔物》に襲われた村で、唯一彼女が生き残れたのは騎士が駆け付けてくれたからだ。……だから、彼女は騎士になった。
《アルメシア大陸》の北方――《旧帝国領》と呼ばれる場所に、ユーリの姿はあった。
かつては栄華を極めたという帝国の跡地には、未だに壊されていない建物が多く存在している。
一応は、隣接する王国が管理していることになっているが。
そんな場所に、ユーリは仲間達と共にやってきていた。
「この辺りの魔物は粗方片付いたか。さすがだな、ユーリ」
「あ、ありがとうございますっ」
自分を褒めてくれる言葉に嬉しそうな声で、ユーリは答える。
「この調子なら、従騎士から正騎士になるのも時間の問題だな」
ユーリを褒めてくれたのは、現在共に行動している小隊の隊長――レーガス・オルゾフ。
剣の腕のみで一部隊を任されるほどになった男で、よくユーリの剣の稽古もしてくれた。
「いやー、ユーリがそうなってくれるとお守りしなくて助かるぜぇ」
そう続けるのは、ボウガンを構える青年。
ポリポリと頭をかきながら、にやりと笑ってユーリの方を見る。
「むっ……わたし、別にベインさんのお世話になったことはないですけど」
「お、言うねえ。この小娘は。聞いたかよ、ガロン」
「ん」
青年――ガロンに話しかけられて寡黙に頷いたのは、大きな盾を持つ大男。
騎士は基本的には複数人で行動する――今回の小隊は、レーガスとユーリが前衛で攻撃を。ガロンが守備の役割を持ち、ベインがボウガンで後方から援護する組み合わせだ。
《調停騎士団》は一つの国に属することなく、各地に配置されたメンバーによって様々な任務をこなす。そんな組織に、ユーリは籍を置いている。
騎士には正騎士と従騎士が存在し、ユーリは現在従騎士だ。単独での任務を与えられることはなく、常に正騎士と共に行動するのが原則。ユーリ以外の男達は皆、正騎士という立場にあった。
「だが、ユーリは十分に強い」
「えへへ、ガロンさんも褒めてくれるなんて、嬉しいですっ」
「ん」
「けどあれだろ、お前は《剣姫》に憧れて騎士になったんだろ? そのレベルにはまだまだ程遠いなぁ?」
「べ、別にいいじゃないですか! いつか、《剣姫》みたいに誰でも救える人になりたいんですっ」
ユーリはベインの言葉に反論するように答える。――ユーリには憧れの存在がいた。
《調停騎士団》には、正騎士の中でも《二つ名》を持つ上位騎士達が存在する。
その中で剣において卓越した技術を持ち、数多の災厄を退けてきたという女性がいた。
ユーリを助けてくれた人が、その《剣姫》本人なのである。だから、ユーリはずっと憧れているのだ。
「ベイン、ユーリをからかうのはやめろ。誰かを尊敬して目指す……それは人をさらなる高みへと上げてくれる。お前だって、昔は憧れている人がいただろう?」
「え、そうなんですか?」
レーガスの言葉を聞いて、少し驚いた表情でユーリはベインを見る。
およそそんなタイプの青年には思えなかったが、ベインはバツが悪そうな表情をして、
「やめろって! 俺はもうそういう青臭いのは卒業したんだよ。この小娘と違ってな」
「あ、また馬鹿にして……!」
「こら、ユーリも挑発には乗るな。今は仮にも仕事中――むしろ、お前が正騎士になれるかどうかをテストする場でもあるんだ。気を引き締めろ」
「あ、ごめんなさい……」
「……だが、先ほども言った通りだ。今のままなら正騎士になれるだろう。もっと励めよ」
「は、はいっ!」
「それでは、今回の任務はこれで終了とする。この近辺の魔物の一掃は完了した。予定よりも一週間は早く終わったな」
「そういや、魔物の数が少なかったな。聞いていたよりも」
レーガスの言葉に、ベインがそんなことを言う。
今、やってきているのは大きな教会のある廃村であった。
ここの近くを通った《行商人》の報告によれば、かなりの数の魔物が廃村内を徘徊しているという話だった。
それにしては確かに数が少ない……ユーリも疑問には思っている。
(けれど、魔物も同じ場所にいつまでもいるわけじゃないし……)
それほど気に留めるほどのことではない、とユーリは考えていた。
――それがミスだったと気付くのは、すぐのことだった。
ズチャリ、という奇妙な音が耳に届いて、ユーリはそちらに視線を送る。
あまりに非現実的な光景を目の当たりにして、ユーリは起きた現象をそのまま口にした。
「え……ベインさん。腕、落ちてますけど……」
「あぁ――あ?」
ベインも言われて、その事実に気付く。
レーガスとガロンは驚きに目を見開いて、即座に武器を構えた。
続いて聞こえたのはベインの叫び声――ではなく、またしてもズチャリという、奇妙な音。
それは、ベインの首が地面へと落下した音だった。
「あ……いやあああああああっ!」
叫び声を上げたのは、ユーリだった。突然のことで理解が追い付かない。
だが、そんなユーリの身体を揺らしてすぐに正気に戻してくれる人がいた。
「ユーリ、落ち着け」
「あ、ガロン、さん……」
「敵がいる。近づかれても気付けなかった」
常に寡黙で冷静な表情をしているガロンから焦りの表情が見えた。
先ほどまで話していた仲間の一人、ベインが死んでしまったという事実を受け入れる前に、状況は刻々と変化している。
すでに、レーガスが剣を抜いて《敵》と対峙していた。
「女の、人……?」
ちらりと見えたのは、赤いドレスに身を包んだ女性の姿だった。
髪の色も赤くて、瞳の色も真紅――どこまでも赤色で、そんな赤がよく似合う女性の姿。
妖艶な笑みを浮かべて、ユーリの方を見ているのが分かった。視線が合うと、ゾクリと寒気がする。
「まさか、こんなところで《吸血鬼》に出くわすとはな」
「吸、血鬼……!?」
レーガスの言葉に、ユーリは驚きで目を見開く。
吸血鬼――それは、数は少ないがこの世を支配できる力を持つと言われる種族の一つ。
人間社会にも溶け込む個体もいて、調停騎士団では殲滅対象に該当する。
……そんな吸血鬼が、ユーリ達の前に現れたのだ。
「うふふっ、ここを寝床にしていて正解だったわぁ。まさか、こんな可愛い娘が自分からやってきてくれるなんて」
「ひっ……」
ユーリはびくりと身体を震わせる。
女性が見ているのはユーリだけだ――他の二人にはまるで興味を示していない。
だから、何の迷いもなくベインを殺せたのだろう。
レーガスとガロンも、正騎士としての実力は上位に位置している。そんな二人が気付くのが遅れた時点で、目の前にいる女性の実力が二人を上回っていることは簡単に想像できた。
「ユーリ、ここは俺達が食い止める。お前はすぐに戻ってこのことを報告しろ」
「え、あ……わ、私も戦いますっ」
「ダメだ」
「な、何で――」
「三人死ぬことになる」
「っ!」
レーガスに続いて、ひどく冷静な声でガロンが言い放つ。
すでに迷っている状況にない――今は、ユーリが加勢したところでどうしようもない状態にあるのだと理解させられた。
迷えば迷うだけ、ユーリが助かる可能性は低くなる。
今の自分にできることは、戻って吸血鬼のことを知らせることだ。
悔しさでいっぱいになっても、ユーリはすぐに行動しようと地面を蹴って、
「ダメよ、貴女は逃げたら」
「……え?」
ぐらりとその場に倒れ伏した。
何が起こったのか分からない。踏み出した左足の感覚が、いきなり消えたのだ。
ユーリはゆっくりと視線を下ろすと――すでに自分の身体から離れた左足が転がっているのが見えた。
「う、そ……」
痛みがやってくるのも、ゆっくりだった。
「ユーリッ!」
「貴方は余所見している暇、あるのかしら?」
「……ッ!」
レーガスが女性の言葉に反応して、剣を構える。
その両腕は、気付いた時には地面に落下していた。
ユーリにも、その攻撃がようやく見えた。とても細い、赤い色の糸のようなものが、周囲を奔っていることに。
それが、ガロンの首も簡単に吹き飛ばしたことに。
「ガ、ロン……さん」
「――」
ぱくぱくと、ガロンの口が動いて、その場に倒れ伏す。
ごろんとユーリの下に首が転がってきて、恐怖で身体が震えた。
目の前ではさらに、レーガスが心臓を貫かれて、摘出されている光景が広がっている。
まるで夢でも見ているかのようだった。
けれど、痛みがすぐに現実に引き戻してくれる。
どうするべきか、どうすれば助かるのか――少なくとも、ユーリが助かる道はない。
(わ、たし、は――)
思考はすぐに切り替わる。助かることがないのなら、どうするべきか。
ユーリは従騎士だ。正騎士ではなくても、これから騎士として戦うことになる運命にあった。……こんな形で終わりたくない。そんな意思が、ユーリを動かした。
「あああああああああっ!」
なくなった足のことも気にせずに、もう片方の足で地面を蹴って、腰に下げた剣を抜き取る。
女性が少し驚いた表情でユーリを見た。
まさか、反撃に転じてくることは思わなかったのだろう。
――にやりと笑みを浮かべて、次の瞬間にはユーリの右腕が吹き飛ばされていた。
「うふふっ、とても威勢がいい子ね。貴女みたいな子の血は、とっても美味しいのよ」
「――」
最後に耳に届いたのは、そんな女性の声。
ユーリ・オットーという少女の人生は、そこで呆気なく幕を閉じた。
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