第7話 拾われる騎士

「う、うぅ……」

「……耳元でうめき声ばかりあげないでくれる?」

「すみません、本当にすみません……、うぅ……」

「謝るくらいなら一人で歩いてよ」


 はあ、と少女がため息をつく。

 リンスレットも悪いと思いながらも、少しばかり反論をする。


「そ、それができたらとっくにしています! もう痺れて動けないんです……!」

「知ってる。助けたんだからちょっとくらい遊ばせてよ」

「ひ、ひどいです……」

「じゃあ、このまま置いて行こうか?」

「そ、それだけはご勘弁を……!」


 悔しさと、見ず知らずの少女に助けられる不甲斐なさに、リンスレットは半泣きになりながら近くの村まで連れて来られていた。

 村人達は、リンスレット達を見て少し動揺したような表情を見せる。

 それはそうだろう――騎士の姿をした少女が、支えられながらやってきたのだ。近くで何か異常事態でも発生しているのではないか、と思うのが普通だろう。

 リンスレットはすれ違う村人達に、「な、何でもないです。ちょっと毒にやられてしまっただけですから」と、自らの不甲斐なさを報告する羽目になり、さらに心に傷を負う。

 そんな状況で歩を進めること数分――


「だ、大丈夫ですか!?」


 一人の少女が、慌てた表情でリンスレットの下へとやってきた。黒い服にエプロンに身を包んだ、茶色の髪の少女だ。

 


「あ、だ、大丈夫です。ただ、毒にやられて――」

「そのことについてはさっき連絡があったので聞きましたっ。さ、こちらに!」

「え、えっと……失礼ですが、あなたは……?」

「私はこの村のお医者様であるクライン様の助手をしている、イリナと申します」

「お、お医者様の……なるほど。私はリンスレット・フロイレインと――」

「自己紹介は後にしなさいよ。さっさと行こう」

「あ、す、すみません……」

「……あなたは?」


 そこで、イリナがそんな疑問を口にする。

 リンスレットも思わず、隣で身体を支えてくれる少女を見た。……名前を聞いたわけでもなく、彼女がこの村の住人だと思い込んでいたのだ。

 だが、小さな村の中でイリナが知らないということは、少女は村人ではないのだろう。


「え、村人じゃなかったのですか?」

「……そんなこと一言も言ってないけど。あなたが苦しみながらずっと謝っていただけじゃない」

「うぐ、すみません……」

「と、とにかく、二人ともこちらに!」


 イリナの案内で、リンスレットと少女は村の奥の方にある建物へと向かう。

 他の建物に比べると少し古びているように見えるが、どうやら手入れはされているらしい。――教会が、そこには立っていた。

 イリナの案内で、リンスレットは少女に支えられて教会内へと入る。

 そこには、一人の男がいた。


「先生っ、急患です!」

「急患……? ああ、外の人かい」


 急患という言葉を聞いても、特に慌てる様子のない男。

 察するに、彼がこの村の医者なのだろう。丁度、村人の誰かを診察しているところのようだった。


「すぐに行くから、奥の部屋で待っていてもらいなさい」

「はい、すぐに準備しますっ」

「え、えっと……そこまで急患というわけでは――」

「そんなつらそうにして何を言っているんですかっ。早くこちらに!」


 魔物と戦っていて、麻痺毒効果のある果実を受けた……そんな事実を中々口にする機会がなく、リンスレットは言われるままに奥の部屋へと案内される。

 そこには、ガラス製のビンや自然界では見られないような色の液体があった。

 さらに、人体の構成や《魔力》の流れについての図面など――医者というよりも、《魔導師》と言われた方がしっくり来るような部屋だ。

 そこに、一つのベッドが配置してある。


「そこで休んでいてください。すぐに先生がきますから」

「は、はい……」


 リンスレットが頷くと、少女がゆっくりとリンスレットをベッドに横たわらせてくれる。

 見ず知らずの相手で、それも村人ではないという少女をここまで巻き込んでしまった――申し訳なさで、リンスレットはまた少女に謝罪をする。


「……本当に、申し訳ないです。こんな大事になってしまって……」

「別に、構わないわ。どのみち、わたしもここに用があったから」

「! ここに、ですか? えっと……そう言えば、まだお名前を聞いていませんでした。私は――」

「リンスレット、でしょ。さっき名乗っていた。わたしの名前なんてどうでもいいでしょ」

「ど、どうでもよくなんてありませんっ! ここまで助けてくれたあなたの名前を知らずにいるなんて……《騎士》の名が廃ります!」

「……騎士、ね。わたしは、ユーリっていう名前だけど」

「ユーリ――ユーリさん、ですか。ありがとうございます、助けていただいて」


 一瞬、リンスレットは驚きの表情を浮かべた。だが、すぐに表情を元に戻してそう答える。

《調停騎士団》に所属していれば、一度はその名前を聞くことになるだろう。

 ユーリ・オットー――かつて、《従騎士》の身で《吸血鬼》との戦闘に巻き込まれ、吸血鬼となった少女。情報では、そう伝えられている。

 ただ、同じ名前だけで大きく反応してしまうのはあまりに失礼だ。

 こんなところに吸血鬼であるユーリがいるはずもなく、ましてや騎士であるリンスレットを助けてくれるはずもない。

 一瞬でもそのことを考えた自分を恥じながら、リンスレットは満足に動かない身体で、少女――ユーリへと手を伸ばす。


「本当に、ありがとうございます、ユーリさん。この恩は必ず返しますから」

「別に期待していないわ。果実の毒にやられるような子はね」

「う、ぐっ!? そ、それを言われると――って、何でそれを……?」

「さあ、どうしてだと思う? じゃ、気を付けてね」

「あ、ちょっと――行ってしまいました……」


 ユーリはリンスレットの言葉を無視して、早々に立ち去ってしまう。

 けれど、ここまで連れて来てくれたのだから、リンスレットの感謝の気持ちは変わらない。……ひょっとしたら、どこか離れたところで見られていたのかもと思うと、恥ずかしい気持ちになってしまった。


「……また、後でしっかりお礼を言わないと」


 そう固い決意をして、リンスレットは脱力する。

 こうして、若い正騎士の少女はしばらく眠りにつくのだった。

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