第8話 治療
ユーリは一人、村の中を歩いて回っていた。
特に大きく変わった様子はない、普通の村だ。ただ、外からやってきたユーリとリンスレットに話しかけてくれたのはイリナという少女だけであったが。
「こんなところで何してるんです?」
不意に声をかけてきたのは、またしてもイリナであった。
小さなカゴを片手に持って、怪訝そうな表情でユーリを見ている。
「別に、ちょっと観光」
「観光って、わざわざこんなところにですか?」
「そう、わざわざこんなところに。あなたは何してるの?」
「……畑で栽培している薬草を取りに行くんです。あなたが連れてきてくださった騎士様の治療に必要なので」
どうやら例の医者の指示のようだ――身体が麻痺して動けなくなった騎士の少女、リンスレット。ここに来る途中でたまたま見つけて拾い上げることになってしまったが、騎士の身でありながら森の中で動けなくなってしまうとは何とも滑稽な話である。
「あなたは騎士様とお友達ではないんです?」
「違うわ、拾っただけ」
「拾っただけって……もう少し言い方どうにかなりません?」
「事実だもの」
「……おかしな人。でも、見ず知らずの人を助けたんですし、あなたはきっと良い人ですね」
イリナがようやく笑顔を見せて、そんなことを言う。
外から来た人間に排他的な村というのは少なからず存在している。ここも、雰囲気で言えばそんな感じではあった。
「薬草、早く採ってきなよ」
「そうでした……! あ、あなたが拾ったんですから、お見舞いくらい来てくださいね?」
「お見舞い、ね。拾っただけだからいいでしょ」
「またそんなこと……」
「それより一つ聞きたいことがあるんだけど」
「……? 何です?」
「『《フレンマの村》の奇跡』って知ってる?」
「――フレンマの……?」
ユーリの問いかけに、イリナが首を傾げた。
こくりと頷いて、ユーリは話を続ける。
「そう、何でも治せるって噂の魔導師がいて、いつしかそう呼ばれるようになったのよ。病気や怪我で動けなくなった人も、みんな動けるようになったって」
「……噂って、広まるのは早いですよね。確かに、先生はその奇跡を体現してくれました。私も、その奇跡を体験した一人ですから」
にこりと笑みを浮かべてイリナが言うと、頭を下げてユーリの下から去っていく。
離れていく彼女の背を見送りながら、
「奇跡を体験した、ね」
嘆息しながら、そう呟くように言ったのだった。
***
「ん……」
ガチャガチャと近くで鳴り響く音に、リンスレットは目を覚ました。
相変わらず身体に残る痺れは不快感があったが、どうやらベッドの上で眠ってしまったらしい。
慌てて身体を起こそうとして、それができないことに気付く。
「やあ、少し待たせてしまったね」
「あ、えっと……」
「クライン・ディヴァリス。この村で医者をやっているよ」
「クラインさん、ですね。私はリンスレット・フロイレインです」
「ははっ、その状態で畏まらなくても大丈夫だよ」
「は、はい――って、ええ!?」
リンスレットは思わず驚きの声を上げる。
気付けば、鎧も服も何も着ていない状態であったからだ。
けれど、麻痺した身体は上手く動かず、咄嗟に隠すこともできない。
「ああ、すまないね。身体のどこかに傷でもあるのかと思ったが、とても綺麗だった」
「あ……そ、そういうことですか。すみません、取り乱したりして……」
ただの医療行為の一貫であり、確認だ。眠っていたリンスレットから話が聞けないからと、確認することにしたのだろう。
それであれば起こしてくれたら答えたのに、と思わなくもないが。
「君は騎士なんだろう? 所属はどこかな?」
「あ、この前、《調停騎士団》の正騎士になったばかりで……」
「! 調停騎士団……ということは、《異端狩り》なんかも行っている組織じゃないか。若いのにすごいね」
「そ、そんなことないですよ。私なんてまだまだ若輩者で、1人任務も任されたのは難しいものではなくて……それでこう、ですから」
落ち込んだようにリンスレットは言う。
正義という立場で、本来はこのような醜態を晒すことは許されないことだ。
だが、動けるようになったら一先ず報告に戻らなければならない。
「ところで、君はこの付近に魔物を倒しに来ただけ、かな?」
「……? はい、そうですけど」
「他に仲間は?」
「今はいません。だからこんな風に……って、これ治療と関係あります!?」
自らの痴態について報告させられている気分になって、慌ててリンスレットが話を切り替えようとする。
クラインは笑いながら、リンスレットの下へとやってくると、
「はははっ、すまないね。こういう話でもした方が、少し気が紛れるかと思ってね。だが、運が良かった」
「た、確かに気は紛れるかもしれませんが――って、何ですか、それ?」
きょとんとした表情で、リンスレットはクラインの手に持っている物を見た。
解毒に使うのであれば針などで体内に直接、薬液を打つなどの方法がある。だが、クラインの手に持っている物は、よく手入れされた刃物だった。
「これかい? 心配しなくていい、消毒はきちんとしてあるから」
「え、え……? し、消毒って、私、その、言ってなかったですけど、《クレン》の実の毒にやられたんですよ! 触れると身体が痺れるあの実ですっ」
「あれにやられるとは随分と間抜けな騎士がいたものだね」
「そ、そうですよね! 私のことですけど……だ、だから刃物とかは別に必要ない――」
「いやいや、必要だよ。君はせっかくこんな村に来てくれた良質な素体なんだ。実に運がいいよ、私は。そういう意味では、君は運が悪いな。目覚めない方が、痛みも少なくて済んだかもしれない」
笑顔を浮かべて、クラインがそんなことを言い放つ。
少なくとも、クラインがリンスレットのことを治療するつもりがないことは、嫌でも理解できてしまった。
満足に動かない身体のまま、逃げ出そうとする。
「無理はしない方がいい。下手に動くと綺麗に切れないからね」
「き、切るって……何をするつもりですか……!?」
「ははっ、心配することはないよ。麻痺毒で動けないのと同じさ……本当に動けなくするだけだよ」
さらりとそんなことを言い放つクラインに、リンスレットは背筋が凍る感覚を覚える。
逃げなければ、そうは思っても身体が動かない。
気付けば、情けなく助けを求めてしまっていた。
「だ、誰か……!」
「誰も来ないさ。この村はね――」
「あなたのテリトリー、そういうことでしょ?」
「なに?」
クラインの声を遮ったのは、そんな少女の声。
ギイッと音を鳴らしながら、部屋の扉が開く。
そこに立っていたのは、リンスレットを助けてくれた少女、ユーリ。
「ユ、ユーリさ――え?」
ユーリを見て、リンスレットはまた驚きの表情を浮かべる。
真っ赤に染まった彼女の手や服――そして、少し長めの灰色の髪に深紅の瞳。特徴の全てが、とある人物と一致していたからだ。
そんなユーリに向かって、クラインが問いかける。
「何者だ……お前は」
「あなたの『敵』で、『正義の味方』。それ以上でもそれ以下でもないわ」
そう言い放った吸血鬼、ユーリ・オットーは、確かに今のリンスレットにとっては、正義の味方そのものであった。
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