第24話 リンスレットの正義

 その日のうちに、ユーリはリンスレットを連れて町を出た。

 先ほどの少女の一件もあるため、町にそのまま滞在しているわけにもいかない。

 ここから街道を進んで行けば王都へと到着する――ユーリの狙うべき相手が、そこにいるのだ。

 町を出てから、ユーリとリンスレットはほとんど会話を交わしていない。

 吸血鬼になっても元気であったリンスレットは、先ほどの出来事もあってか、表情はどこか暗く見えた。

 そんなリンスレットのことを、ユーリはできる限り見ないようにしている。――そもそも、彼女を気に掛けること自体が間違いなのだ。

 ユーリの目的は、吸血鬼を始末すること。結果的にリンスレットがいたから、町にいた『吸血鬼の出来損ない』を始末することはできたが、ユーリから見てリンスレットはあまりに人間臭すぎる。

 吸血鬼になったというのに、どこまでも彼女は人に寄りそうつもりなのだ。

 仮に吸血鬼達にそういう気持ちがあったのであれば、きっと今のようにはなっていない。

 だが、多くの吸血鬼はリンスレットのような人間味を残すことはない。

 吸血鬼は自らの力を誇示し、同じく吸血鬼を作るのであれば――自らの支配下において絶対の服従を誓わせる、そういう奴らなのだ。


(だから、私もそういう人間臭さは捨てた)


 ユーリは人間を守るために吸血鬼と戦っているのではない。自らの考える『正義を為す』ために戦っている。

 自分をこんな風にした吸血鬼への復讐――しかし、それはすでに果たすことができない。

 それならば、吸血鬼という存在を殺し尽くすことが、ユーリにできる唯一の正義なのだ。

 吸血鬼に限らず、『悪人』であれば始末するのは、騎士であった頃の『名残り』と言えるだろう。


(そういう意味だと、やっぱりこの子は吸血鬼には向いてない――)


 ちらりと視線を後ろに向けた時、不意にリンスレットがバランスを崩し、膝を突く姿が目に入った。

 その『原因』をすぐに理解し、ユーリは小さく舌打ちをする。


「そう言えば、しばらく血を与えていなかったわね」

「……すみ、ません。我慢できると、思ったのですが……」

「我慢なんて、できるわけがないでしょう。下手に放置すれば、吸血鬼の血が馴染まずにあなたは――さっき見たように、化物になる可能性だってあるのよ?」

「っ、そうなったら、ユーリさんは――」

「殺すわ。わたしはあなたを迷わず殺す。あなただって、そうなったら殺してほしいと思わない?」

「……なってみないと、分からないです」


 リンスレットの答えは、そんな曖昧なものであった。

 ユーリは自らの指先を噛み切り、流れ出す血液をリンスレットへ与える。膝を突いた彼女は口を開き、ユーリの指先から垂れる血を少しずつ飲んで行く。


「なった時点で、そこにあなたの意思なんて存在しないの。あんな化物になってしまえば、人としては死んだも同然――だから、死にたくなければ、異変があるのならすぐにわたしに言いなさい」


 ユーリの言葉に、リンスレットは素直に頷いた。

 こうして従順でいるのなら、面倒事にならなくて済む。

 そう考えていたのだが、血を分け与えたところでリンスレットが口を開く。


「ユーリさんは、強いですね」

「何よ、突然」

「私、ずっと考えていたんです。吸血鬼になっても、私は私――生きていれば、きっとどうにかなるって」

「甘すぎる考えね」

「そう、ですよね。私はただ、ユーリさんについていっているだけなんです、生きるために。でも、それではダメなんだって、思いました」


 リンスレットは決意に満ちた表情で、立ち上がる。


「以前、私はあなたとお話をしてみたい――そう、言ったことがあることを覚えていますか?」

「あなたが死にかけた時ね」

「はい。あの時、私はあなたに『どうして吸血鬼になっても吸血鬼を殺すのか』、そう聞くつもりでした。あなたは、あなたの正義を為すために吸血鬼を殺しています」

「……ええ、そうね」

「私はもう『調停騎士団』ではありません。でも、私の為すべきことは一つです。――私も、私の正義のために、戦います」


 はっきりとした口調で、リンスレットが宣言した。

 ユーリにただついていくだけでなく、彼女も目的を持って行動する、ということだろう。


「そう。それで、あなたの正義というのは?」

「それは、今も昔も変わりません。私は人々のために戦います。そのために『調停騎士団』に入りました。だから――先ほどのような悲しい出来事を起こさせないために、私も吸血鬼と戦います」


 リンスレットの『正義』は、ユーリのそれとは少し異なるものだ。

 ユーリは人間のことを顧みないが、リンスレットは人々のために戦う、と言う。

 吸血鬼という存在自体が人間から恐怖の対象で見られ、畏怖されるというのに――彼女は果たして理解しているのだろうか。

 人間臭いどころか、青臭いとまで言える理想を掲げた彼女に――私はただ呆れて、


「いいんじゃない。あなたがそう決めたのなら」


 そう、一言だけ答えた。リンスレットの目指すものは、きっとユーリ以上につらい選択を迫られることがあるだろう。

 けれど、そんな理想は諦めろ――などと言うほどユーリは優しくはなく、そして否定できるほどユーリもまた、小さな理想を持っているわけはない。


(吸血鬼を全部殺すなんて『絵空事』みたいなことを、わたしも抱いているんだもの。そして、それが叶った先に――)


 その先のことを、ユーリは考えない。

 ただ、ユーリとリンスレットの目的は一致した。

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